第49話 武闘国家の洗練と、女皇帝からの招待状
覇帝国ガレリアの国境関所は、アルカディア王国のそれとは比べ物にならないほど厳重で、重苦しい空気に包まれていた。
高くそびえる黒曜石の城壁。そして、鋼の鎧に身を包んだ屈強な国境警備隊の兵士たちが、入国を待つ商人たちに鋭い視線を向けている。
俺たちの乗るタロウのキャンピングカーが関所に差し掛かると、案の定、数人の帝国兵が槍を交差させて道を塞いだ。
「止まれ。アルカディア王国側からの入国だな。馬車から降りて身分証を提示しろ」
「ああ、わかった」
俺が御者台から降りると、兵士の一人が俺の服装を見て、鼻で笑うように口の端を歪めた。
「ふん、最近は王国の冒険者も随分と貧相になったものだ。ただでさえひ弱な王国の連中が、こんな厳つい地竜の馬車に乗って、我が帝国に何の用だ? 観光なら他を当たれよ」
隣国への明確な見下し。横にいたレイアがムッとして一歩前に出ようとしたが、俺は手でそれを制し、懐から二つの書類を静かに取り出した。
「観光のついでに、頼まれ事があってね。これが身分証と……そっちのトップからの『依頼書』だ」
俺が提示したSランクのギルドカードと、禍々しい帝国の紋章が押された女皇帝直々の『指名依頼書』。
それを見た瞬間、嫌味な笑みを浮かべていた兵士の顔からスッと血の気が引き、土気色に変わった。
「なっ……!? エ、エス……王国のSランク冒険者!? しかも、こ、皇帝陛下からの直筆の勅命書だとぉっ!?」
「偽造じゃないことは、その魔力印を見ればわかるはずだ。通してもらえるか?」
「は、ははぁっ!! た、大変無礼をいたしました! 英雄殿、どうかお通りください! すぐに帝都の最高級宿『黒獅子亭』へ手配の者を走らせます!!」
兵士たちは慌てふためき、顔を真っ青にして最敬礼の姿勢をとった。
「人間のルール」に従い、幻術でキツネ耳と尻尾を隠してただの小さな女の子の姿に扮したタマモが、「ふふん、チョロいものじゃのう」と馬車の窓からドヤ顔を覗かせている。
面倒な手続きをあっさりとパスし、俺たちは帝国の中心である『帝都』へと向かった。
◆
帝都の街並みは、王都の華やかさとは全く異なる『熱気』と『武骨さ』に満ちていた。
建物の多くは頑丈な石造り。そして何より目を引くのが、街を行き交う人々の体格の良さと、至る所に立ち並ぶ屋台から漂ってくる、強烈に食欲をそそる肉の匂いだった。
「ご主人様! あっちの屋台、すっごくいい匂いがします!」
「クロウ、あれ見なさいよ! 鍋がとんでもない大きさだわ!」
女皇帝からの指定された依頼日(謁見日)までは、まだ二日ほど猶予がある。
指定された高級宿にタロウと荷物を預けた俺たちは、帝都の雰囲気を知るためにも、街へと観光に繰り出していた。
「よし、せっかくだから色々と食ってみるか」
俺たちが立ち寄ったのは、帝都名物の巨大な屋台通りだ。
まずは、大人の背丈ほどもある巨大な鉄鍋でグツグツと煮込まれている『牛の赤ワイン煮込み』。受け取った木椀には、ホロホロになるまで煮込まれた分厚い牛肉と、旨味をたっぷりと吸った根菜が溢れんばかりに入っている。
「うまっ……! お肉が口の中で溶けました! シチューみたいで最高です!」
「こっちの屋台の料理もすごいわよ! 焼きたての細長いパンに、はみ出すくらい極太のソーセージが挟まってるわ!」
シルヴィアが買ってきたのは、地球でいうところの『ホットドッグ』によく似た料理だった。
パリッとした皮のソーセージから溢れ出す肉汁と、酸味の効いたマスタードソースの相性が抜群で、一口食べればビールが欲しくなるような強烈な旨さだ。
「もぐもぐ……むっ! この肉、なかなか悪くないのじゃ! クロウ、わらわにもう一つ買ってまいれ!」
「はいはい。お前、さっきから食ってばっかりだな……」
両手にホットドッグと牛の煮込みを持ち、口の周りをソースだらけにしたタマモが幸せそうに咀嚼している。
そんな飯テロ全開の屋台通りを歩きながら、俺は帝都の中心にそびえ立つ、巨大な円形闘技場へと足を運んだ。
◆
「おおおおおっ!! 殺せ! 殺せぇぇっ!!」
闘技場の観客席は、帝国軍人や市民たちの熱狂的な歓声で揺れていた。
すり鉢状になった闘技場の砂の上では、屈強な男たちが真剣を用いて命がけの戦いを繰り広げている。
『職業剣闘士』。
魔物と戦う冒険者とは違い、純粋に「対人戦闘」の技術を磨き上げ、観客を魅了するために戦う者たち。武闘国家である帝国では、彼らは英雄のような扱いを受けているらしい。
「……すごい」
隣で試合を見ていたレイアが、息を呑んで身を乗り出した。
闘技場の中央では、双剣使いの男と大剣使いの男が、目にも留まらぬ速さで斬り結んでいる。
「クロウさん、あの剣闘士たち……身体能力や魔力は私たちよりずっと下のはずなのに、動きに一切の『無駄』がありません。……なんて綺麗で、洗練された剣技なんでしょうか」
レイアの言う通りだった。
15年間、無人島で「魔物を殺す」ことだけを目的としてきた俺の戦闘スタイルは、言ってしまえば『超実践的なサバイバル格闘術(我流)』だ。予測不能な動きや殺気で相手を圧倒することはできるが、彼らのような「何百年も受け継がれてきた武術の型」というものが存在しない。
(……対魔物なら俺の我流でも通用する。だが、純粋な『人間同士の武の極致』を突き詰めた相手と戦った場合、俺のこの荒削りな戦い方は、いつか必ず限界を迎えるかもしれないな)
闘技場の熱気を肌で感じながら、俺は自身の『強さの底』を冷静に見つめ直していた。
◆
そして、二日後。
帝都の中心にそびえ立つ壮麗な皇宮の、最も奥深くにある謁見の間。
赤い絨毯が敷かれたその玉座に、俺たちを呼びつけた張本人である『覇帝国ガレリア』の頂点が腰を下ろしていた。
「よく来たな、アルカディアの新たな英雄たちよ。歓迎しよう」
女皇帝――カテリーナ。
燃えるような真紅の髪を束ねた彼女は、豪華なドレスではなく、軍服を思わせる機能的な装束に身を包んでいた。
知性を感じさせる切れ長の瞳。だがそれ以上に、彼女の均整の取れた肢体からは、ドレスで着飾っただけの貴族とは明らかに一線を画す、圧倒的な『覇王のオーラ』と『武の気配』が放たれていた。
(……この女、ただの政治家じゃない。自ら剣を振り、数多の血を吸ってきた本物の『肉体派(戦士)』だ)
俺が内心で警戒度を引き上げる中、カテリーナは玉座からゆっくりと立ち上がり、獰猛な、だがどこか楽しげな笑みを浮かべた。
「さて。わざわざ隣国から足を運ばせてすまなかったな。私の指名依頼書には『領内の厄介な魔物討伐』と記していたはずだが……あれは建前だ」
「建前?」
俺が眉をひそめると、カテリーナは腰に佩いた豪奢な長剣の柄にそっと手を添え、獲物を狙う鷹のような目で俺を真っ直ぐに射抜いた。
「我が覇帝国は、力こそがすべての武闘国家。隣国に、災害級を単独で沈めるほどのSランク冒険者が現れたとあれば……我が帝国の頂点として、その力が本物かどうか、この手で直接確かめたくなるのが武人の性というものだろう?」
「……まさか」
「そうだ」
カテリーナは剣を抜き放ち、その鋭い切先を俺の鼻先へと突きつけた。
「Sランク冒険者・クロウ。真の依頼は『私との一騎打ち(手合わせ)』だ。私を楽しませてみせろ。もし私を満足させられたなら、お前たちが望む最高の報酬を用意してやろう」
玉座の間に、ピリッとした剣呑な殺気が張り詰める。
俺は一瞬だけ驚いたものの、すぐに口角を上げ、不敵な笑みで女皇帝の視線を受け止めた。
「いいだろう。俺の剣は魔物を殺すための我流だが……あんたのような武の頂点とやれるなら、願ってもないことだ」
武闘国家の頂点に君臨する女皇帝との、一対一の模擬戦。
自身の剣技の限界を見つめ直したばかりの俺にとって、それは最高に燃える試練の始まりだった。




