第48話 妖狐のドヤ顔と黄金の結界、いざ帝国へ
鬱蒼と茂る霊山を下り、俺たちは無事に麓の獣人村へと帰り着いた。
「おおお……っ! 戻られた! 恩人の皆様が戻られたぞーっ!!」
村の入り口で首を長くして待っていた村長や大人たちが、歓声を上げて駆け寄ってくる。俺たちの後ろをトコトコと歩く三人の子供たちの姿を認めると、大人たちは安堵の涙を流して彼らを強く抱きしめた。
「よかった、本当によかった……っ! 皆様、なんと御礼を申し上げればよいか……!」
「気にしないでください、村長。彼らも少し山で迷っていただけで、怪我一つありませんから」
俺が穏やかに返答し、村が喜びと安堵の空気に包まれた――その直後だった。
「……ひっ!?」
「ま、待て。あのクロウ殿の背後にいるのは……狐の耳と、三本の巨大な尻尾……っ!?」
子供たちを抱きしめていた村人の一人が、俺の後ろで退屈そうに欠伸をしている『タマモ』の姿に気づき、顔面を蒼白にさせた。
その瞬間、村人たちの間に伝染するように恐怖が広がる。
「で、伝説の妖狐だ!!」
「な、なぜ禁忌の領域に住まう妖狐が村に!? まさか、子供たちを人質にして……っ!?」
「武器を持て!! 子供たちを守るんだ!!」
大人たちが血相を変えて槍や農具を構え、タマモに対して敵意と恐怖をむき出しにする。
無理もない反応だ。何百年もの間、決して近づいてはならない恐ろしい化け物として伝承されてきた存在が、いきなり村の入り口に現れたのだから。
「えっ……? な、なんじゃお主ら! わらわに向かってその無礼な態度は!」
突然武器を向けられたタマモは、狐耳をペタンと伏せて戸惑いの声を上げた。
「待ってくれ、皆さん。武器を下ろしてください」
俺は村人たちの前に進み出て、落ち着いた声で静止した。
「この子は伝説の妖狐タマモ。ですが、子供たちを攫ったわけじゃありません。むしろ、霊山の奥深くへ迷い込んでしまった子供たちを、森の魔物から守るために自身の結界へ保護してくれていたんです」
「ほ、保護……? 妖狐が、ですか?」
村長が信じられないといった顔で俺とタマモを交互に見る。
すると、村長に抱きしめられていた孫の男の子が、元気な声を上げた。
「うん! おじいちゃん、タマモお姉ちゃんすっごく優しかったよ! 結界の中で、綺麗な花冠を作って一緒に遊んでくれたの!」
「立派な尻尾、もふもふさせてくれたよー!」
他の子供たちも無邪気にタマモを指差して笑う。
その純真な言葉と、一切の怪我がない子供たちの姿に、村人たちはようやく状況を理解したようだった。構えていた武器が次々と地面に下ろされていく。
「そ、そうであったか……。我々は、伝承の恐ろしさだけで、貴方様を恐ろしい化け物だとばかり……っ」
村長が震える声で呟き、やがてその場に膝をついた。
そして、タマモに向かって深く、地面に額が擦れるほどの平伏をした。
「慈悲深き山の神様……! 我らが村の宝である子供たちを御守りいただき、誠に、誠にありがとうございました……!!」
「ありがとうございました!!」「山の神様、万歳!!」
村長に倣い、周囲の獣人たちも次々とタマモに向かって土下座ばりの感謝を捧げ始めた。
その異様な光景に、タマモは一瞬だけキョトンとしていたが――。
「……ふふっ。ふはははははっ!!」
タマモは短い腕を組み、三本の尻尾をピンと立てて、ふんぞり返るようにして天を仰いだ。
「くるしゅうない、くるしゅうないぞ! わらわは慈悲深く偉大な妖狐じゃ! お主らのようなか弱き民の子供を庇護するなど、造作もないこと! もっと、もっとわらわの寛大な心に平伏し、崇めるがよいぞ!!」
これ以上ないほどの、ドヤ顔。
鼻高々に笑うその姿は、神聖な山の神というよりも、ただ調子に乗っているだけのポンコツな子供にしか見えなかった。
「……クロウ。あの妖狐、すごく残念な顔をしてるわね」
「ああ……。何百年も引きこもってたせいか、承認欲求が爆発してるみたいだな」
「でも、子供たちに優しかったのは本当ですから。根は良い子なんですよ、きっと」
呆れたようにため息をつくシルヴィアと俺の隣で、レイアだけが苦笑しながらタマモをフォローしていた。セツナも「尻尾の手入れの仕方、後で聞いてみようかな」とマイペースに頷いている。
◆
村長たちの誤解も解け、俺たちは改めて帝国への旅を再開することになった。
「クロウ殿! 妖狐様! そして皆様!こちら、約束の『黄金の山胡椒』の樽と、村で狩った猪の干し肉です! どうか道中の足しにしてくだせえ!」
村長たちは、荷馬車に積みきれないほどの大量のスパイスと食料を持たせてくれた。
これで帝国への道中、何度でもあの絶品カレーが作れる。俺はありがたくそれらを【時空間魔法】(アイテムボックス)へと収納した。
そして、村の入り口で待機していた巨大な地竜――俺の従魔である『タロウ』の姿を認めた瞬間。
「……グルルッ」
タロウは低く喉を鳴らし、タマモを見るなり、その巨体を折って地面にペタンと伏せ、深々と頭を垂れた。
「な、なんだ? タロウの奴、怯えてるのか……?」
「ふはははっ! 当然じゃ! いかにSランクの地竜といえど、魔物としての『格』は伝説たるこのわらわの方が遥かに上じゃからな! 本能でわらわの偉大さを悟ったようじゃのう!」
タマモはドヤ顔でふんぞり返り、頭を下げるタロウの硬い鼻面をポンポンと偉そうに撫でた。
「うむうむ、見どころのあるトカゲじゃ! 今日からわらわがこの群れのボスとして可愛がってやるから、安心せい!」
「クゥーン……」
普段は暴君として恐れられるタロウが、まるで従順な子犬のように尻尾を丸めている。
俺は情けなく鳴くタロウに苦笑しながら、馬車の御者台へと足をかけようとした、その時。
「……少し待つのじゃ」
タマモがふと立ち止まり、振り返って村全体を見渡した。
先ほどまでの調子に乗ったドヤ顔は消え失せ、その黄金の瞳には、何百年も霊山を支配してきた『伝説の化生』としての冷たく、静かな光が宿っていた。
「……なんじゃ、この村の守りは。木の柵だけとは、心許ないのう」
「タマモ……?」
タマモが小さな両手の指先を絡ませ、複雑な『印』を結ぶ。
瞬間。彼女の足元から、目も眩むような黄金の魔力が間欠泉のように噴き上がった。
「なっ……!?」
「空が、黄金色に……!」
村人たちがどよめく。
タマモから放たれた規格外の高密度な魔力は、瞬く間に村全体をすっぽりと覆い尽くす、巨大な『ドーム状の結界』へと形を変えた。霊山の奥深くを何百年も守り続けていた、あの強力な多重結界と同質のものだ。
「わらわの加護を与えてやろう」
黄金の光に照らされながら、タマモは静かに、だが周囲の空気を震わせるほどの威厳を持った声で告げた。
「これでもう、下等な魔物は束になってもこの村には近づけまい。……わらわの信徒たちよ、霊山の神の名において、永久に安じて暮らすがよいぞ」
風に舞う桜色の着物。悠然と揺れる三本の尻尾。
そこにあったのは、紛れもなく人智を超えた伝説の存在としての、圧倒的な神秘と格好良さだった。
「おおお……っ! 山の神様の、奇跡の結界……!」
「ありがたや……っ! 一生、この御恩は忘れません!!」
村人たちは涙を流し、今度こそ心からの信仰を込めて、タマモの去り行く背中に向かって深く祈りを捧げていた。
「……ふっ。やるじゃないか、タマモ」
「ふふん! わらわを連れて行くと言ったからには、この程度の手土産は置いていかんとな!」
馬車に乗り込んできたタマモが、照れ隠しのように鼻を鳴らす。
先ほどの威厳はどこへやら、再び子供のような顔に戻った彼女を見て、俺は小さく笑いながらタロウに手綱で合図を送った。
◆
「うおおおっ!? な、なんじゃこの中は! 外から見るより遥かに広いのじゃ! フカフカの椅子に、見たこともない魔道具ばかり……動く城ではないか!!」
タロウが国境へ向けて走り出すと、キャンピングカーの車内では、タマモが大興奮で飛び跳ねていた。
深層の木材をふんだんに使った内装や、クッションの効いたソファー。何百年も霊山の古い祠に引きこもっていた彼女にとって、俺の魔改造馬車は未知の驚きに満ちているらしい。
「こらタマモ、土足でソファーに上がらないの。あと、尻尾が当たって邪魔よ」
「なんじゃとエルフ娘! わらわの気高い尻尾に向かって邪魔とは何事じゃ!」
「ふふっ、タマモちゃん、こっちに甘いお菓子がありますよ。一緒に食べましょう?」
「お主は獣人の娘じゃな! うむ、気が利くではないか!」
シルヴィアと口喧嘩をしつつも、セツナやレイアからお菓子をもらってすっかり打ち解けているタマモ。
賑やかすぎる車内の様子に、俺は苦笑しながら窓の外の景色へと視線を向けた。
山を抜ければ、いよいよこの大陸で王国と双璧をなす巨大国家――『覇帝国ガレリア』の領土へと足を踏み入れることになる。
「さて。女皇帝の指名依頼……どんな厄介事が待っているかは知らないが、俺たちのやることは変わらない。美味い飯を食って、未知のダンジョンを踏破するだけだ」
最高の武器。そして、さらに底知れなくなった規格外の仲間たち。
俺は背中のアビス・バスターの重みを感じながら、これから始まる帝国での新たな波乱に向けて、静かに口角を上げた。




