第45話 女皇帝からの招待状と、獣人村の黄金スパイス
王都の地下での激闘を経て、俺とレイアが無事に『Sランク』の認定を受けた翌日のこと。
王都ギルド本部のマスター室に呼び出された俺たちは、ガウェインから一枚の重々しい封筒を突きつけられていた。
「Sランク昇格、改めておめでとうと言いたいところだが……さっそく、厄介な話が舞い込んできたぜ。お前ら宛ての『指名依頼』だ」
「俺たち宛て? Sランクになったばかりで、ずいぶんと耳が早いな。どこの貴族からだ?」
俺が尋ねると、ガウェインは渋い顔で首を横に振った。
「貴族じゃねえ。アルカディア王国と長年バチバチに冷戦状態を続けている隣国……『覇帝国ガレリア』の女皇帝陛下から、直々の指名依頼だ」
「……帝国の女皇帝から、直接?」
俺は眉をひそめ、封筒に押された禍々しい帝国の紋章を見つめた。
ガウェインが苛立たしげに葉巻に火をつける。
「ああ。王国に新たなSランクが誕生したという情報が、すでに帝国に抜けていたのさ。内容は『我が帝国領内で発生した厄介な魔物の討伐を、王国の新たな英雄殿に任せたい』だとよ」
「なるほど。遠回しな政治的嫌がらせというわけか」
俺は状況を理解し、冷静に分析した。
王国と仲の悪い帝国が、わざわざ王国の戦力である俺たちを呼びつける。もし断れば「王国のSランクは帝国の依頼から逃げた臆病者だ」と喧伝され、王国の威信に傷がつく。逆に失敗しても大恥をかく。要するに、絶対に断れない状況での『踏み絵』だ。
「すまねえな。本来ならギルドが国と交渉して突っぱねるべきなんだが、女皇帝陛下直々の勅命となると、下手に断れば戦争の火種になりかねねえ。……受けてもらえるか?」
申し訳なさそうにするガウェインに、俺は軽く肩をすくめてみせた。
「構わないさ。元々俺たちは、バベルを出て世界中の未知のダンジョンや美味い飯を巡る旅に出ようと話していたんだ。最初の目的地が『帝国』に決まっただけのことだよ」
「……ハッ! 肝の据わった野郎だぜ、まったく」
ガウェインが安堵したように獰猛な笑みを浮かべる。
こうして俺たちは、帝国の女皇帝からの思惑に満ちた招待状を手に、王都を出発することになった。
◆
「タロウ、少しペースを落としてくれ。ここからは未舗装の山道だ」
「ガウッ!」
王都を出て数日。
俺たちが乗る魔改造キャンピングカーは、帝国の国境へ向けて、木々の鬱蒼と茂る山間部を進んでいた。
「ご主人様! 風の匂いが変わりました。この山の少し先に、私の同郷……『獣人』の集落があるみたいです!」
「本当か、セツナ。ちょうど日が暮れかけていたところだし、今日はその村で一晩休ませてもらおう」
馬車の屋根で見張りをしていたセツナの案内で山道を進むと、やがて木製の頑丈な柵に囲まれた、自然と調和したのどかな村が見えてきた。
だが、山奥でひっそりと暮らす彼らにとって、タロウのような巨大な地竜を連れた集団は、警戒対象以外の何物でもない。
「止まれ! それ以上近づくなら、容赦はしねえぞ!」
村の入り口を固める獣人の見張りが、血相を変えて槍や弓を一斉に構えた。
無理もない反応だ。俺はタロウをその場に待機させ、両手を軽く上げながら単身で馬車から降りた。
「落ち着いてくれ。この地竜は俺の従魔で、危害は加えない。俺たちは帝国の国境へ向かっている冒険者だ。身分証ならここにある」
俺はゆっくりと懐からギルドカードを取り出し、見張りの獣人に提示した。
「なっ……!? S、Sランクだと!? こっちの赤髪の姉ちゃんも、Sランク……!?」
見張りの獣人たちが、信じられないものを見るように目をひん剥いた。
山奥の村に、突如として国家の最高戦力が二人も現れたのだから当然の反応だろう。
だが、彼らの警戒と混乱が広がる中――騒ぎを聞きつけて奥からやってきた『一人の若い獣人の女性』が、俺の後ろから顔を出したセツナを見て、ハッと息を呑んだ。
「その銀色の髪……まさか、セツナ様……ですか?」
「えっ? 私のこと、知ってるの?」
セツナが不思議そうに耳を傾けると、女性はボロボロと大粒の涙をこぼし、その場に崩れ落ちるようにしてセツナの手を握りしめた。
「やっぱり……! 私です! ずっと昔……東の獣人村が魔物の大群に襲われた時、私たちの逃げ道を作るために、たった一人で群れに突っ込んでいってくれた……!」
「ああ……! あの時の村の、生き残りの子」
セツナがハッと目を丸くする。
女性は泣きじゃくりながら、周囲の村人たちに向かって叫んだ。
「武器を下ろして! この方は、私の……私たちの命の恩人です! あの時セツナ様が身を挺して囮になってくださったおかげで、私はこの村に逃げ延びることができたんです……っ! ずっと、あの日死んでしまったんだとばかり思ってました……生きて、またお会いできるなんて……!」
「よかった。あなたも、無事だったんだね」
セツナは優しく微笑み、泣き崩れる女性の背中をそっと撫でた。
かつて同胞を守るために戦い、すべてを失いかけた少女。その気高き犠牲の末に生き延びた者が、こうして目の前にいる。
その一言で、張り詰めていた村の空気は完全に一変した。
Sランクという肩書きに対する畏怖ではなく、同郷の恩人に対する純粋な敬意と感謝。村長らしき年配の獣人が歩み寄り、深く、深く頭を下げてきた。
「そうだったのか……。同胞の命を救ってくださった大恩人を、外で立たせておくわけにはいかねえ。ここは辺境の村ゆえ、特別なもてなしはできねえが……せめて、温かい飯だけでも食っていってくだせえ!」
◆
「さあ恩人の皆様! 帝国との国境近くで採れる『特別な香辛料』を使った、うちの村の家庭料理です。遠慮なく食べてくだせえ!」
村の広場に用意された、素朴だが温かい歓迎の宴。
長テーブルの中央にドンッと置かれた大皿には、分厚く切られた猪肉と、山の鮮やかな野菜を、黄色みがかった粉末のスパイスで豪快に炒めた料理が山盛りにされていた。
湯気と共に立ち上る、その強烈に食欲を刺激するスパイシーな香り。
俺はその匂いを嗅いだ瞬間、前の世界(地球)の記憶を強烈に呼び起こされた。
「……この匂い、まさか。クミンやコリアンダー、それにターメリック……いや、限りなく『カレー』に近いスパイスの香りじゃないか……っ!」
思わず生唾を飲み込み、俺は配られた木皿の肉と野菜をフォークで口に運んだ。
「――っ!! うまいっ!!」
ガツンと鼻を抜ける複雑なスパイスの香りと、ピリッとした刺激的な辛み。それが猪肉の濃厚な脂の甘みと完璧に融合し、噛むほどに旨味が爆発する。
異世界に来て15年。塩やハーブの味付けには慣れていたが、この脳を直接殴ってくるような『カレー味』のジャンクで暴力的な旨さは、完全に反則だった。
「んんっ……! なんですかこれ、すっごく辛いのに、次から次へとお肉を口に入れたくなっちゃいます!」
「はふっ、はふっ! 額から汗が出てくるけど、この刺激がたまらないわね……っ! 冷たいエール(麦酒)にすごく合うわ!」
「私、この香辛料の味、すごく好きです……! ご飯が何杯でもいけちゃいますね!」
セツナ、シルヴィア、レイアの三人も、顔を火照らせ、額に汗をにじませながら夢中でカレー炒めを頬張っている。
「はっはっは! 気に入ってもらえて何よりだ! この『黄金の山胡椒』は、この奥の霊山でしか採れない特別なスパイスでしてな。帝国へ向かう前の精付けにはもってこいですぞ!」
「素晴らしいな。村長、よければ出発の前に、このスパイスの粉末を少し買い取らせてくれないか」
「買い取るだなんてとんでもねえ! 恩人の方々には、樽ごと持っていってもらいますよ!」
このスパイスがあれば、タロウの馬車での道中、本格的な『カレーライス』を作ることもできる。俺は思わぬお宝(食材)を発見した喜びに、思わず口角を緩めた。
帝国の思惑などどうでもよくなるほどの、絶品のご当地グルメ。
俺たちは獣人村の温かい歓迎を受け、星空の下で心ゆくまでスパイシーな宴を楽しむのだった。
――だが、この平和な村で、翌朝『とある事件』が起こるとは、この時の俺たちはまだ知る由もなかった。




