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第44話 Sランクの壁と、王都地下の死闘

アルバート伯爵邸で最高のおもてなしを受け、心身ともに万全の状態に仕上がった三日後の朝。

俺たちは、屋敷の玄関で伯爵とシャルロッテ嬢に見送られ、決戦の地である『王都ギルド本部』へと向かった。


「来たな。顔つきが変わったじゃねえか」


ギルドの地下にある厳重な訓練場。


腕を組んで待っていた隻眼のギルドマスター・ガウェインは、俺たちの纏う静かな気配を感じ取ってニヤリと笑った。


「お前ら二人に試験として課すのは、『王都の地下』の掃除だ。……つい昨夜、建国期から存在する地下の封印迷宮に『災害級』の変異種が湧きやがった。このまま放置すれば結界を破り、王都のど真ん中にバケモノが溢れ出すことになる」


「なるほど。その討伐が俺とレイアの試験というわけか」


俺が応じると、ガウェインは鋭い隻眼で俺とレイアを睨みつけた。


「ただ討伐するだけなら、騎士団を総動員すりゃあ済む話だ。だが、下手に地下で大規模な戦闘を起こせば、その衝撃で地盤が崩れ、王都の機能が致命的なダメージを受ける」


そこで言葉を切り、ガウェインは重々しい声で告げた。


「Sランクは、ただ強いだけの獣じゃねえ。国家の戦略兵器であり、国を守る『盾』だ。……お前らの試験内容は、王都の地盤や結界に一切の被害を出さず、その災害級の変異種を処理してくることだ。当然だが、すでにSランクのエルフとAランクの獣人の嬢ちゃんは『見学』だ。一切の手出しは認めねえ」


火力を抑えつつ、王都を守りながら災害級を鎮圧する。


まさに俺とレイアの適性と実力を問うには、これ以上ない難題だった。


「……いいだろう。受けて立つ」


俺の返答に、ガウェインは満足そうに頷き、地下迷宮へと続く隠し扉の鍵を開けた。


王都地下・封印迷宮の最深部。


冷たい石造りの広大な空間に足を踏み入れた瞬間、肌を刺すような濃密な瘴気が立ち込めていた。


『グルルルルル……ッ!!』


空間の中央で蠢いていたのは、複数の魔物が無秩序に融合したような、悍ましい姿の巨大なキメラだった。


獅子の頭、竜の翼、そして蠍の尾。その巨体から放たれるプレッシャーは、以前倒した深層のボスすらも凌駕している。


「クロウさん、レイアさん……ご武運を!」


「二人とも、油断しないでね」


入り口の安全圏に下がるセツナとシルヴィアに軽く頷き、俺とレイアはキメラの正面へと進み出た。


「レイア、周囲の壁や柱には絶対に攻撃を当てるな。機動力を活かして懐に潜り込み、あいつの関節を狙え!」


「はいっ!!」


俺の合図と共に、レイアが地を蹴った。


伝説級の剣に魔力を込め、キメラの前脚へと斬りかかる。だが――。


ガキィィィィンッ!!


「えっ……!?」


レイアの剣撃は、キメラが瞬時に硬化させた鱗に弾き返されてしまった。


いや、違う。レイアの太刀筋がブレていたのだ。「壁を壊してはいけない」というガウェインの条件が足枷となり、無意識のうちに剣に込める魔力を制限してしまっている。


『グガァァァァッ!!』


「くっ……!」


キメラが咆哮と共に、太い丸太のような蠍の尾をレイアへと薙ぎ払う。

体勢を崩したレイアでは躱しきれない。


「――っと!」


俺は瞬時にレイアの前に割り込み、背中の大剣を抜いてその一撃を受け止めた。

ズドォォォォンッ!!


「ぐぅっ……! 重いな……っ!」


15年のサバイバルで鍛え上げた筋力と、伝説級の大剣の耐久力をもってしても、腕の骨が軋むほどの圧倒的な質量。俺のブーツが石畳を深く削りながら、数メートル後退させられる。


強引に剣を振り払ってキメラと距離を取り、俺は息を呑むレイアに向かって叫んだ。


「レイア! お前の剣は伝説級だ、武器の性能はSランクに届いてる! だが、お前の『意識』がまだAランクのままだ!!」


「私、の……意識……っ」


「周囲に被害を出さないために、魔力を『抑える』んじゃない! 放出する魔力を極限まで刃の内側に『圧縮』するんだ!! 爆発させるな、どこまでも薄く、鋭い一本の『線』をイメージしろ!!」


俺の言葉に、レイアはハッと目を見開いた。


これまでの彼女は、膨大な魔力を剣から「放出」することで威力を高めていた。だが、Sランクの領域とは、その莫大なエネルギーを己の完全なコントロール下に置くことだ。


「圧縮……鋭い、一本の線……」


レイアは深く深呼吸をし、目を閉じた。


彼女を覆っていた炎のような魔力のオーラが、嘘のようにスッと消え去る。いや、消えたのではない。すべての魔力が、『伝説級:冥竜の魔法剣』の漆黒の刀身の、極小の刃先へと高密度に吸い込まれていったのだ。


『ギャルルルルルッ!!』


獲物の隙を突き、キメラが再びレイアへと巨体を躍らせる。


だが、目を開いたレイアの瞳には、一切の迷いがなくなっていた。


「……見えました」


静かな呟きと共に、レイアが剣を振るう。


音も、風圧も、まばゆい光の軌跡すらない。ただ、真っ暗な空間に『細い黒の線』が引かれたように見えた。


ズパァァァァンッ!!


『ギ、ギャ、ァァァァァァァッ!?』


キメラの強固な鱗ごと、その前脚と蠍の尾が、何の抵抗もなくズレ落ちる。


余波は一切ない。壁にも床にも傷一つつけず、標的の肉体だけを完全に両断する、まさにSランクの絶技だった。


「やりました……! クロウ、私、やりましたよ!!」


「ああ、完璧な一撃だ! だが、まだ終わってないぞ!!」


四肢をもがれ、死の危機を悟ったキメラの体表が、突如として不気味な赤紫色の光を放ち始めた。


残されたすべての生命力と魔力が、その体内にギュルギュルと圧縮されていく。


「マズいぞ……! あれ、王都の地盤ごと自爆する気だ!!」


監視用の水晶を通じて地上から見ていたガウェインの焦る声が、通信用の魔道具から響く。


「レイア、俺の後ろに下がれ!!」


「クロウ!?」


俺はレイアを庇うように一歩前に出ると、手にした大剣をガシャリ、と展開させた。


巨大な盾へと可変した『伝説級:深淵の剣盾アビス・バスター』を大地に突き立て、全身の筋肉を限界まで軋ませて踏ん張る。


『グ、ガァァァァァァァァッッ!!!』


直後。キメラの巨体が弾け、王都の地下を消し飛ばすほどの極大の爆発エネルギーが巻き起こった。


「……ッッ、オォォォォォォォォッ!!!」


迫り来る超高熱と衝撃波。俺は歯を食いしばり、盾の裏から全身全霊の力を込めて押し返す。


熱い。重い。伝説級の盾越しでも、腕の筋肉が千切れそうなほどの圧力が襲いかかってくる。


ただ立っているだけでは防げない。俺は15年のサバイバルで培った『いなし』の技術と体捌きを総動員し、盾の角度を微調整しながら、爆発の威力を盾の表面で乱反射させ、キメラの内部へと強引に押し戻し続けた。


「弾け……飛べぇぇぇぇっ!!」


ドゴォォォォォォォォォォォンッ!!!


凄まじい閃光と轟音が、地下空間を支配した。


やがて光が収まった後。


俺は全身から滝のような汗を流し、荒い息を吐きながら膝をついていた。


「はぁっ……はぁっ……」


「クロウ……っ!」


レイアが慌てて駆け寄ってくる。


俺たちが顔を上げると……王都の地下空間は、壁一つ、柱一本たりとも崩れてはいなかった。


俺が死力で爆発を相殺し、レイアが精密な斬撃で追い詰めたキメラは、今度こそ完全に炭化し、静かに崩れ落ちていった。


「……討伐、完了だ。王都への被害はゼロ……これで、文句はないな……ガウェイン」


俺が通信用の魔道具に向かって息も絶え絶えに告げると、数秒の静寂の後――。


『……ガァーッハッハッハッ!! 痛快だ! ああ、文句なんてあるはずがねえ!!』


魔道具の向こうから、ガウェインの腹の底から湧き上がるような大爆笑が響き渡った。


『お前らのその「本物」の実力と意地、とくと見せてもらったぜ! 戻ってこい、クロウ、レイア! お前らの【Sランク】昇格を、このギルドマスター・ガウェインの名において正式に認定してやる!!』


その声を聞いた瞬間。


俺とレイアは、極度の緊張から解放され、その場にへたり込みながら互いの顔を見て――どちらからともなく、大きな笑い声を上げた。


「……やったな、レイア」


「はいっ……! クロウのおかげです……!」


入り口からは、安堵の涙を浮かべたセツナと、誇らしげに微笑むシルヴィアが駆け寄ってくる。


こうして。


己の限界を打ち破った赤髪の剣士と、15年の泥臭いサバイバルを生き抜いてきた男は。


ついにこの世界における冒険者の最高到達点――『Sランク』の座を、確かな死闘の末に掴み取ったのだった。


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