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第43話 大貴族の強制歓待と、異世界の濃厚チーズ料理

王都のギルド本部で、ギルドマスター・ガウェインから三日後の『Sランク昇格試験』を言い渡された俺たちは、その足で王都の高級住宅街――貴族街へと向かっていた。


「試験まで三日もある。宿を取る前に、まずは以前世話になったアルバート伯爵の屋敷へ挨拶に行こう。せっかく王都に来たのに、顔を見せずに後でバレたら角が立つからな」


「ええ、それがいいわね。伯爵には色々と便宜を図ってもらったし、筋は通しておかないと」


俺の提案に、シルヴィアが優雅に頷く。


石畳の美しい通りを抜け、やがて見えてきたのは、以前と変わらぬ壮麗なアルバート伯爵家の本邸だ。


門を警備する騎士たちは、最初こそ俺たちの姿を見て誰かと怪訝な顔をしたものの、俺が懐から『家紋証』を取り出すと、すぐさま血相を変えて敬礼し、屋敷の中へと案内してくれた。


「おおおお! クロウ殿! レイア殿! よくぞ、よくぞ再び我が屋敷へお越しくださった!!」


豪華な応接室に通されて数分後。


廊下をドタバタと走る音と共に飛び込んできたのは、アルカディア王国で絶大な権力を持つ大貴族、アルバート伯爵その人だった。


彼は貴族としての体面もかなぐり捨て、満面の笑みで俺の両手をガシッと握りしめてきた。


「伯爵、ご無沙汰しております。王都に用事がありまして、ご挨拶だけでもと思い立ち寄らせていただきました」


「挨拶だけ、などと寂しいことを言わないでくだされ! ちょうど先日、バベルのギルド長から手紙が届いたのですよ。クロウ殿たちが『伝説級』の武具を携え、Sランクの推薦状を持って王都へ向かったと! 我がアルバート家が贔屓にする冒険者がそこまでの高みへ至るとは、私自身の事のように鼻が高い!」


どうやら、あの胃痛持ちのギルド長は、有力な貴族である伯爵にもしっかりと根回し(報告)をしてくれていたらしい。


「恐縮です。これから三日間、試験の準備のために王都の宿に滞在する予定でして――」


「宿だと!? 冗談ではない!!」


俺の言葉を遮り、伯爵がバンッとテーブルを叩いた。


怒っているのではない。その目は異常なほどの熱を帯びている。


「我が家の最上級賓客であるクロウ殿たちを、王都のその辺の安宿に泊まらせたとあっては、アルバート家の名折れ! 試験が終わるまで、いや試験が終わった後も、ずっとこの屋敷の最高級客室を使ってくだされ! もちろん滞在費など一切不要! さあ執事よ、今すぐ四人分のベッドの支度を!!」


「はっ、ただちに」


「伯爵、お気遣いは大変ありがたいのですが、さすがにそこまで甘えさせていただくわけには……」


「駄目です! 絶対に泊まっていってくだされ!! これは伯爵としての命令……いや、私からの切なるお願いですぞ!」


食い下がる俺に対し、伯爵は土下座でもしそうな勢いで懇願してくる。


15年のサバイバル生活で様々な魔物と対峙してきた俺だが、ここまで全力で好意を押し付けてくる大貴族の勢いには、どうにも勝てそうになかった。


「……ははっ、参りましたね。そこまで仰っていただけるのであれば、今回はお言葉に甘えさせていただきます、伯爵」


俺が苦笑交じりにそう返すと、背後でレイアとセツナが「またですね、ご主人様」「ふふっ、本当にクロウはどこへ行っても好かれちゃうんだから」と、楽しそうにクスクスと笑い声を上げた。


こうして、俺たちはなし崩し的にアルバート伯爵の豪邸へ滞在することになった。


午後のお茶の時間。屋敷の中庭に面したテラス席で、俺たちは伯爵の一人娘である令嬢・シャルロッテとテーブルを囲んでいた。


「わぁ……! では、そのタロウちゃんという巨大な地竜を、本当に従魔になさったのですか!?」


「ええ。最初は驚きましたけど、とってもお利口なんですよ。お肉をあげると、犬みたいに尻尾を振って喜ぶんです」


セツナが身振り手振りを交えて話すと、シャルロッテ嬢は目をキラキラと輝かせて身を乗り出した。


彼女は俺たちが以前護衛した時からの大ファンであり、外の世界の冒険譚を聞くのが何よりも好きらしい。


「ドワーフの国にある活火山のお湯も、とても良いものでした。それに、そこで出会った異国から来た剣客の方たちも、素晴らしい腕の持ち主で……」


「素敵……っ! クロウ様やレイア様たちの旅は、まるで吟遊詩人が歌う英雄譚のようですわ!」


レイアが語る土産話に、シャルロッテ嬢はうっとりとため息をつく。


平和で穏やかな午後。Sランク試験を控えているというのに、この屋敷にいるとまるでただの長期休暇を楽しんでいるような錯覚に陥る。


「そうだ、お土産といえば……。伯爵、今日の夕食はこちらから食材を提供させていただいてもよろしいでしょうか?」


「おお、クロウ殿から? もちろん大歓迎ですが……どんな食材ですかな?」


「道中にある『牧畜の街ファル』で手に入れた、極上のヤギのチーズと新鮮なミルクです。俺の魔法アイテムボックスで保存していたので、鮮度は絞りたてのままですよ」


俺が【時空間魔法】のインベントリから、巨大なチーズの塊とミルクの入った樽を取り出すと、同席していた屋敷の料理長が「おおおっ……!」と目を丸くした。


「こ、これはファルの特産品! 王都の貴族でも、これほど鮮度の良い状態のものは滅多に手に入りませんぞ!」


「料理長、これで何か見繕っていただけますか? ……もしよろしければ、俺の故郷の『とある料理』のレシピをお伝えするので、試してみていただけないでしょうか」


「異世界から来られたという、クロウ様の故郷の料理ですか! ぜひ、ぜひお教えください!」


料理長は料理人としての探究心に火がついたのか、大興奮で頷いた。


俺が教えたのは、前の世界(地球)で好んで作っていた、手軽だが極上に美味い料理――『濃厚チーズのワンパン・パスタ』の概念だ。


「パスタを別のお湯で茹でるんじゃない。この新鮮なミルクとブイヨンを合わせたスープを大鍋で沸かし、そこに直接パスタを入れて煮込むんだ」


「な、なんと!? パスタに直接スープを吸わせるのですか!?」


「ええ。そして水分が飛んできたところで、このファルの極上チーズを削って大量に投入し、全体に絡めます。そうすれば、チーズとミルクの濃厚な旨味が一切逃げず、パスタの芯まで染み込むというわけです」


俺の説明を聞きながら、料理長は「なるほど、その発想はなかった……!」と唸り、すぐさま厨房の料理人たちに指示を飛ばし始めた。


そして、夕食の時間。


アルバート伯爵家の豪華なダイニングテーブルに運ばれてきたのは、黄金色に輝くとろとろのチーズがたっぷり絡んだ、大皿盛りのパスタだった。


立ち上るミルクとチーズの芳醇な香りに、全員の喉がゴクリと鳴る。


「では、冷めないうちにいただこう。……むっ!?」


一口食べた伯爵が、目を見開き、フォークを持ったまま硬直した。


「お、お父様? どうされました……わぁっ!? なんですかこれ、とっても美味しいですわ!!」


シャルロッテ嬢が頬に手を当ててとろけるような笑顔を見せる。


パスタを別茹でせずにミルクのスープで直接煮込んだことで、麺自体が極上の旨味を内包している。そこにファル特産のクセのない濃厚なチーズが絡みつき、さらに深層ダンジョンで採れたオーク肉のベーコンから出る塩気と脂が、完璧なアクセントになっていた。


「うまっ……!! ご主人様、これすっごく美味しいです!!」


「ええ、本当に……。チーズが濃厚なのに全然くどくなくて、いくらでも食べられそうね」


「クロウの知識と、ファルの名産、そして料理長の腕が合わさった傑作ね。素晴らしいわ」


セツナ、レイア、シルヴィアの三人も、夢中でパスタを頬張っている。


「素晴らしい……! クロウ殿、あなたの故郷にはこれほど美味なる調理法が存在したのですね! この屋敷の新たな名物料理にさせていただきますぞ!」


「皆様のお口に合って何よりです。俺自身も、久しぶりにこの味を楽しめて大満足ですよ」


赤ワインの入ったグラスを傾けながら、俺は温かな仲間たちと、気さくな貴族の親子を見渡してふっと微笑んだ。


王都での厳しい試練を前にして、心身の疲れを完全に癒やすことのできた、極上の夜。


最高の武器、最高の仲間、そして確かな休息を得た俺たちは、万全の態勢で、三日後の『Sランク昇格試験』へと挑むのだった。



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