第34話 牧畜の街と、絶品チーズの爆買い
アルカディア王国の迷宮都市バベルを出発して、数日が経過した。
「すごい……本当に、お茶が一滴もこぼれないわ。タロウの足の速さも異常だけど、この馬車のサスペンションって、どういう魔法の構造になってるの?」
タロウ(Sランクの暴君地竜)が猛スピードで街道を爆走しているにもかかわらず、馬車の車内は信じられないほど静かで、揺れ一つなかった。
シルヴィアが淹れてくれた優雅なハーブティーを傾けながら、俺は窓の外を流れる景色を眺める。
「スライムの核をクッションにしてるだけさ。通常の馬車なら10日はかかる距離を数日で走破してるんだから、タロウの馬力には恐れ入るよ」
「ご主人様、前方に街が見えてきました!」
セツナが窓から身を乗り出して狼の耳をピコピコと動かす。
見えてきたのは、広大な牧草地に囲まれたのどかな田舎町だった。
「地図によれば、国境の遥か手前にあるアルカディア王国の街、『牧畜の街ファル』ですね。ヤギの放牧が盛んで、特産品のミルクとチーズが絶品だと聞いたことがあります」
「チーズか。いいな、今後の料理のレパートリーが広がりそうだ。今日はここで一泊して、美味いものを食っていくか」
俺の提案に、レイアたち三人はパァッと顔を輝かせた。
夜は馬車ごとアイテムボックスにしまってバベルの家に【転移】で帰るというズルい旅を続けていたが、たまには現地の宿でゆっくりするのも悪くない。
とはいえ、Sランクの巨大な地竜を連れて街に入れば、国軍が出動する大パニックになってしまう。
俺たちは街から少し離れた森にタロウを待機させ、ご褒美としてインベントリから大量の『オーク肉の極上ステーキ』を山盛りに出してやった。
「ガウガウッ♪」
「大人しく待ってろよ。ここからさらに数日走れば、ドワーフの国に入るからな」
タロウに留守番を任せ、俺たちは歩いてのどかなファルの街へと足を踏み入れた。
◆
「わぁ……! 見てくださいクロウさん、あそこの屋台! とろとろに溶けたチーズをお肉にかけてます!」
「こっちの絞りたてのヤギのミルクも、すごく濃厚で甘い香りがするわ」
街の中心部にある市場は、名物のヤギ乳製品を求める行商人たちで賑わっていた。
俺たちはさっそく屋台で串焼き肉のチーズがけと、冷えたヤギのミルクを人数分買い求めた。
「うん……美味い!!」
一口食べた瞬間、俺は目を見開いた。
ヤギのチーズ特有のクセは全くなく、濃厚なコクと深い旨味が口いっぱいに広がる。ミルクも信じられないほど甘く、スッキリとしていて、これまで飲んできたどんな乳製品よりも格段に美味かった。
「クロウ、すごくいい顔してるわね。気に入ったの?」
「ああ。バベルの市場でもチーズは買えるが、鮮度も味も段違いだ。……よし、ちょっと生産元の牧場主を紹介してもらおう」
俺は屋台の店主に頼み込み、街の郊外で一番大きな牧場を営む主の元へと案内してもらった。
そして――。
「ええっ!? こ、この極上の熟成チーズを『丸ごと五十個』と、今朝絞ったばかりのミルクを『樽で二十個』かい!? いや、売るのは構わねえが……そんなに大量に買っても、すぐに傷んじまうぞ?」
牧場主の親父さんが目を丸くして止めるのも聞かず、俺は金貨をポンと支払い、目の前に積まれた大量のチーズとミルクの樽を【時空間魔法】のインベントリへと次々に収納していった。
「す、吸い込まれた!? なんだそのバケモノみたいな容量のアイテムボックスは……!」
「心配無用だ。俺のボックスの中は『時間が止まってる』からな。何年経っても、絞りたてで一番美味い状態のままだよ」
「じ、時間停止付きの魔道具……!? 兄ちゃんたち、一体何者なんだ……」
腰を抜かす牧場主を後にして、最高の食材(資産)を爆買いした俺はホクホク顔で街へと戻った。
その日の夜。
俺たちはファルの街で一番評判の良い、木組みの温かな老舗旅館に部屋を取った。
夕食に並んだのは、この街が誇るチーズをふんだんに使った郷土料理――チーズフォンデュや、野菜と肉のチーズ焼き(ラクレット)だ。
「はふっ、はふっ……! とろとろで、すごく美味しいです……!」
「ご主人様、このチーズをお鍋の底のおこげと一緒に食べると、また絶品ですよ!」
「ふふっ、今日はちょっと食べすぎちゃいそうね」
のどかな田舎町の夜。
絶品のチーズ料理と美味しいワインに舌鼓を打ちながら、俺たちはこれからの旅の無事を祝ってグラスを合わせた。
最高に快適で、最高に美味しい寄り道。
心身ともにリフレッシュした俺たちは、明日から再びタロウの馬車で数日の旅程をこなし、いよいよ火山の麓にあるドワーフの国『ガルド』の関所へと向かうのだった。




