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第26話 裏社会の罠と、予期せぬ助太刀。そして絶対の制裁

バベルでの同居生活が始まって数日後のこと。


その日、俺は家の庭に手作りの畑を耕す作業をしており、レイアとセツナの二人は夕飯の食材を買いに、連れ立って市場へと出かけていた。


「ねえセツナちゃん、今日の夕飯なんだと思う? クロウさんが『とびきり美味い肉料理を作る』って言ってたんだけど」


「ふふっ、楽しみですね。ご主人様のお料理は、どれもほっぺたが落ちるくらい美味しいですから」


市場の路地裏を、紙袋を抱えながら笑顔で歩く二人。


だが、その背後の影から、鈍く光る筒のようなものを構えた黒装束の男たちが忍び寄っていたことに、二人は気づけなかった。


『――シュッ!』


「え……?」

「きゃっ!?」


二人の首筋に、小さな針のようなものが突き刺さる。


仙桃を食べ、Sランク級の反射神経を持つ二人であっても、人混みに紛れ、殺気を完全に消した暗殺者の『不可視の吹き矢』を避けることはできなかった。


「な、に……これ。身体が……動か、な……」

「レイア、さん……ご主人、様……」


針に塗られていたのは、飛竜すら一瞬で昏倒させる軍事用の違法な麻痺毒。二人は武器を抜くこともできず、そのまま糸の切れた人形のように路地裏の地面に崩れ落ちた。


「ヒヒッ、上手くいったな。いくらSランク級の力があろうと、状態異常への耐性がなけりゃこんなもんよ」


路地裏の奥から下劣な笑い声を上げて現れたのは、先日『黄金の天秤商会』で副店長から倉庫番へと降格された、あの恰幅の良い男だった。


「あの忌々しい冒険者の男から、この極上の女二人を奪って、裏の奴隷市場に売り飛ばしてやる! ざまあみろ!! さあ、早くその二人を廃倉庫へ運べ!」


チンピラたちが二人を担ぎ上げ、足早に薄暗い廃倉庫へと消えていく。


だが――その一部始終を、通りの陰から偶然目撃していた一人の男がいた。


「おいおい……嘘だろ。あいつら、レイアを……?」


かつてレイアの強さに目をつけ、執拗にパーティーを組もうと悪絡みしては俺に軽くあしらわれていた冒険者の男、ガランだった。


彼は震える手で自身の剣の柄を握りしめ、ギリッと歯を食いしばった。


「……ッ、クソが!!」


バベルの裏路地にある、使われていない廃倉庫。


麻痺毒で動けないレイアとセツナがロープで縛り上げられ、元・副店長が下劣な笑みを浮かべていた、その時。


「そこまでだ、クソ野郎ども!!」


バンッ! と倉庫の鉄扉を蹴り破り、一人の男が単身で飛び込んできた。


「あ、あなたは……ガラン、さん……!?」

「レイア! 待ってろ、今助けてやる! ……オラァッ!!」


ガランは剣を抜き、周囲にいたチンピラたちに斬りかかった。


だが、元・副店長が雇っていたのは裏社会のプロの傭兵たちだ。多勢に無勢、瞬く間にガランは全身を斬りつけられ、血だるまになって膝をつかされた。


「ゲハハハ! なんだこの馬鹿は? ヒーロー気取りで死にに来たのか?」


「がはっ……、うる、せえ……。俺は、レイアに無理やりパーティー組めって迫った……ただの嫌な野郎だ。でもな……!」


ガランは口から血を吐きながらも、決して剣を手放さず、ギラついた目で傭兵たちを睨みつけた。


「誇り高き冒険者が……こんな裏社会のクズどもに売り飛ばされるのを黙って見てるほど、俺は腐っちゃいねえんだよ!!」

「……ガラン、さん……」


自分に悪絡みしていた男の、予想外の命懸けの行動に、レイアの瞳が大きく揺れる。


「チッ、鬱陶しい野郎だ。おい、その女たちの首にナイフを突きつけろ」


元・副店長の指示で、傭兵の刃が動けないレイアとセツナの白い首筋に当てられる。


「さあ、剣を捨てろ! 捨てなきゃこの女たちの首を掻き切るぞ!」

「くっ……! 卑怯な真似を……っ!!」


ガランが絶望に顔を歪め、ガランと音を立てて剣を取り落とした、その瞬間だった。


『――ズドォォォォォォンッ!!!』


廃倉庫の天井が、巨大な隕石でも落ちてきたかのように、まるごと爆砕されて吹き飛んだ。


「な、なんだぁっ!?」

「天井が……消えた!?」


もうもうと舞い上がる土煙の中。

瓦礫の山の上に、静かに降り立った一つの影があった。


「――遅くなってすまない。よく頑張ったな、ガラン」

「……ク、クロウさん!!」

「ご主人、様……っ!!」


俺の姿を見た瞬間、レイアとセツナが安堵の涙を溢れさせた。

家に帰ってこない二人を探すため、【広域魔力探知】を展開してここまで飛んできたのだ。


「ひぃっ!? き、貴様は、あの時の冒険者!! い、いいか、動くな! 動けばこの女たちを殺――」


元・副店長が叫び終わるより早く。

俺は【時空間魔法】による瞬間移動で、レイアとセツナに刃を突きつけていた傭兵二人の背後に立ち、その両腕を無造作に掴んで『へし折った』。


「「ギャアアアアアアアッ!?」」

「……俺の大切な仲間に、随分なことをしてくれたな」


俺の全身から、深層の絶対強者としての『殺気』が漏れ出す。

それはただの威圧ではなく、物理的な重力となって倉庫内の空気を押し潰した。傭兵たちは武器を構えることすらできず、白目を剥いて次々と泡を吹いて倒れていく。


「ひ、ひぃぃぃぃっ!! ば、化け物……くるな! くるなぁっ!!」


腰を抜かして這いずり逃げようとする元・副店長。

ちょうどその時、倉庫の爆発音を聞きつけたバベルの憲兵隊が多数駆け込んできた。


「動くな! ここで何があった!!」


憲兵たちが槍を構える中、俺は懐から一つの紋章を取り出し、彼らに向けて高く掲げた。


王都でアルバート伯爵から受け取っていた、『家紋証(最上級の賓客の証)』だ。


「俺はアルバート伯爵家の客人だ。そこの男は、大貴族の客人である俺の仲間を誘拐し、裏社会に奴隷として売り飛ばそうとした。……意味は、わかるな?」


俺が冷たい声で告げると、憲兵隊の隊長は家紋証を見て血相を変え、バチッと直立不動の敬礼をした。


「はっ! 大貴族様への明確な敵対行為、すなわち『国家反逆罪』に相当します! 直ちに捕縛しろ!!」


「い、いやだ! 離せ! 私は黄金の天秤商会の――」

「お前はもうただの倉庫番だろ。一生、地下牢の隅で埃でも数えてろ」


絶望の悲鳴を上げながら連行されていく元・副店長を見届けた後。

俺は魔法でレイアとセツナの麻痺毒を解呪し、血だらけで倒れているガランの元へ歩み寄った。


「ガラン。こいつを飲め。特級ポーションだ」

「……へへっ、ありがてえ。またアンタの規格外っぷりを見ちまったな……」


ポーションを飲んで傷が塞がったガランが、ふらつきながら立ち上がる。


そこへ、身体の自由を取り戻したレイアが駆け寄り、深々と頭を下げた。


「ガランさん……助けに来てくれて、本当にありがとうございました。昔の悪絡みは、もう怒ってません。あなたは今日、命懸けで私を救おうとしてくれた……立派な冒険者です」

「レイア……。へへっ、俺みたいな嫌われもんが、美人にそんなこと言われる日が来るとはな」


ガランは照れ隠しのように鼻の頭を掻くと、俺に向けてニッと不敵な笑みを向けた。


「クロウ。レイアのこと、頼んだぜ。俺もいつか、アンタみたいにバカみたいに強い男になってみせるからな!」


そう言って背を向けて歩き出すガランの背中は、以前の鬱陶しい男のものとは違う、どこか清々しい冒険者の顔をしていた。


「……かっこいいとこ、持っていかれちゃいましたね」

「ああ。だが、悪くない顔だったな」


俺はレイアとセツナの頭をポンポンと撫でながら、夕焼けに染まるバベルの街を、三人で並んで帰るのだった。


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