第13話 15年ぶりの文明の味と、ふかふかのベッド
ガランが逃げ去り、騒動が落ち着いたギルドの酒場フロア。
俺は隣で呆然としているレイアに向き直り、パンッと軽く手を叩いた。
「よし、面倒事は片付いたな。レイア、道案内とギルド長への口利き、本当に助かった。お礼に美味い飯でも奢らせてくれ」
「え? あ、いえ! 命を救っていただいたのは私の方ですし、奢るだなんて……」
「いいからいいから。金なら腐るほど手に入ったし、何より俺は『人間が作ったまともな飯』に飢えてるんだよ。どこかおすすめの店、あるか?」
俺が笑いかけると、レイアは少しだけ瞳を揺らし、やがてふわりと柔らかい笑みを浮かべた。
「……わかりました。お言葉に甘えます。それなら、冒険者御用達のいい酒場を知っていますよ」
◆
レイアに案内されたのは、ギルドから少し歩いた裏路地にある、レンガ造りの落ち着いた亭だった。
「ここは腕のいいドワーフの料理長がいて、味はバベルでもトップクラスです。……お待たせしました、来ましたよ」
運ばれてきたのは、熱々に熱された鉄鍋に乗ったままの、厚切り肉と野菜の香草焼き。そして、湯気を立てるふかふかの白パンと、エール(麦酒)だ。
フライパン一つで完結するような、豪快でシンプルな鉄鍋料理。だが、ジュージューと肉の脂が弾ける音と、香辛料の複雑な匂いが、俺の鼻腔を強烈に刺激する。
(ああ……これだ。俺が求めていたのは、こういう飯なんだ)
仙桃を食べてから空腹は感じなくなっていたが、「美味しいものを食べたい」という欲求まで消えたわけではない。
俺はたまらず肉を切り分け、口に放り込んだ。
「――っ、うまっ……!!」
塩。胡椒。ハーブ。そして肉の旨味。
無人島で魔物の肉を丸焼きにして食っていただけの15年間からすれば、あまりにも暴力的で、涙が出るほど繊細な『文明の味』だった。
「ふふっ、そんなに美味しいですか? よかった」
レイアが嬉しそうに俺の顔を見つめている。
俺たちはエールで乾杯し、ダンジョンでの出来事や街のシステムについて語り合いながら、最高の食事を楽しんだ。
「じゃあ、俺はこの『月白亭』って宿屋に行ってみるよ。紹介してくれてサンキューな」
「はい。最高級の宿なので、セキュリティもベッドの質も完璧なはずです。……あの、クロウさん」
食事を終え、店の前で別れる間際。レイアが少しだけ名残惜しそうに俺の服の袖を摘んだ。
「今日は本当に、ありがとうございました。もし……もし、この街で何か困ったことがあったら、いつでも私を頼ってくださいね。Aランクの権限で、大抵のことは融通を利かせますから!」
「ああ、頼りにしてるよ。気をつけて帰れよ、レイア」
俺が軽く手を振ると、レイアはパッと顔を輝かせてから、弾むような足取りで夜の街へと消えていった。
本当に、礼儀正しくていい子だ。ガランが惚れるのもよくわかる。
「さて、と」
俺はレイアに教えてもらった高級宿『月白亭』へ向かい、白金貨の力であっさりと最上級のスイートルームを確保した。
部屋の真ん中には、天蓋付きの巨大で真っ白なベッド。
サバイバル生活の「ツルで縛った木の寝床」とは雲泥の差だ。
「……最高だな、異世界」
神話級の万能服をパジャマ代わりのゆったりとした服に変化させ、俺はそのふかふかのベッドへとダイブした。
疲労耐性があるから寝なくても平気だが、この柔らかさに沈み込む幸福感は何物にも代えがたい。
15年ぶりの、完全な安全圏での睡眠。俺は泥のように、深い眠りへと落ちていった。




