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第118話 皇女との顔合わせと、魔改造キャンピングカーの旅

カテリーナ皇帝から、アルカディア王国へ向かう外交使節団の護衛依頼を受けてから数日後。


出発の日の朝、俺たちは身支度を整え、覇帝国ガレリアの皇宮前広場へとやってきた。


広場に到着した俺たちは、目の前に広がる光景に思わず息を呑んだ。


「これはまた……壮観な眺めね。」


シルヴィアが、感嘆の息を漏らす。


「ええ。アルカディアの王都で見た騎士団とは、数も迫力も桁違いです。」


レイアも、真剣な眼差しで整列する兵士たちを見渡している。


広場には、赤い甲冑に身を包んだ帝国の精鋭部隊――一個師団、約一万人もの騎士たちが、一切の私語もなく、完璧な陣形を組んで整列していた。


地鳴りのような馬の蹄の音と、風に翻る帝国の軍旗。


それは外交使節団というよりも、今から他国を一つ落としに行くかのような、圧倒的な軍事パレードの様相を呈していた。


「あははっ! これだけいれば、魔物の群れが来ても退屈しなさそうだね!」


レオナが、腕まくりをしながら豪快に笑う。


「うむ。皆、よく鍛えられておるのう。これなら道中も安心じゃ。」


タマモが、レオナの肩に乗ったまま満足げに頷いている。


「ピヨォッ!」


俺の肩に定位置を確保したフレイも、羽をパタパタと動かして興奮気味だ。


「お待ちしておりました、クロウ公爵閣下。そして、パーティの皆様。」


俺たちがその圧倒的な軍勢を眺めていると、馬車の列の先頭から、一人の紳士が歩み寄ってきた。


仕立ての良い貴族服に身を包み、片眼鏡をかけた、知的な雰囲気を漂わせる壮年の男だ。


「初めまして。私は帝国の外務副大臣を務めております、セオドアと申します。この度の遠征では、シオン殿下の実務補佐として同行いたします。」


セオドア伯爵は、右手を胸に当てて完璧な礼をとった。


「こちらこそ、初めまして。俺はクロウと申します。」


俺が握手のために手を差し出すと、セオドア伯爵は両手でしっかりと握り返してきた。


「カテリーナ陛下より、お話は伺っております。この遠征にクロウ殿たちが同行してくださるとは、これほど頼もしいことはありません。道中、何卒よろしくお願いいたします。」


「ええ、こちらこそよろしくお願いいたします。」


セオドア伯爵の物腰は柔らかく、それでいて隙がない。


帝国の外交を担うだけあって、非常に有能な人物であることが一目でわかった。


「……セオドア、彼らが?」


その時、セオドア伯爵の背後から、静かで透明感のある声が響いた。


現れたのは、美しい銀糸のような髪を長く伸ばし、上質なローブを纏った小柄な少女だった。


瞳は深く澄んだ瑠璃色で、雪のように白い肌をしている。


彼女の傍らには、銀色の鎧を着込んだ女性騎士が、鋭い視線を周囲に配りながら影のように付き従っていた。


「はい、シオン殿下。こちらが、カテリーナ陛下が直々に護衛として指名された、クロウ公爵閣下とそのお仲間です。」


セオドア伯爵が恭しく道を開ける。


この小柄で大人しそうな少女が、カテリーナ皇帝の妹であり、今回の外交使節団のリーダーであるシオン皇女だった。


「初めまして、シオン殿下。俺はクロウと申します。こちらはレイア、シルヴィア、セツナ、レオナ、そしてタマモです。」


俺が代表して自己紹介をすると、シオン皇女は俺の目をじっと見つめ、小さく頷いた。


「……シオンです。よろしく。」


必要最低限の、無口で淡々とした挨拶。


感情の起伏が読めない、静かな瞳だった。


「さて、クロウ殿。間もなく出立の刻限となります。」


セオドア伯爵が懐中時計を確認し、俺たちに提案をしてきた。


「今回の行軍は、ご覧の通り一万の騎士団が周囲を固めております。クロウ殿たちが周囲に散開して警戒していただく必要はありませんので、どうぞご用意した特装馬車でごゆっくりおくつろぎください。」


「お気遣い感謝します。ですが、馬車ならこちらで用意してあるんです。」


俺はそう言うと、広場の空きスペースに向かって右手をかざした。


時空間魔法のインベントリを解放し、魔改造キャンピングカーの巨大な車体を実体化させる。


ズンッ、と重い音を立てて石畳に出現したそれは、深海の沈没木の分厚い黒装甲に覆われた、馬車というよりは動く要塞のような代物だった。


「ご主人様、タロウを連れてきました!」


セツナが、帝都の別荘の庭から、タロウを引いてきてくれた。


「グルルゥッ!!」


タロウが牽引具にすんなりと収まり、一鳴きして気合を入れる。


「……な、なんと。地竜が馬車を牽くのですか。しかも、あの車体から放たれる魔力は一体……。」


セオドア伯爵が、目を丸くしてキャンピングカーを見上げている。


その横で、無口だったはずのシオン皇女の瑠璃色の瞳が、カッと見開かれた。


「……す、凄い。凄いわ。」


シオン皇女は、小走りでキャンピングカーに駆け寄ると、装甲の表面にべったりと張り付くようにして観察を始めた。


「殿下!? いけません、見知らぬ魔道具に不用意に触れては!」


護衛の女性騎士が慌てて止めようとするが、シオン皇女は全く意に介さず、早口で言葉を紡ぎ出した。


「この木材、ただの木じゃないわ。途方もない水圧と魔力に耐え抜いた木よ。それを物理的な装甲にしているだけでなく、表面に高密度の魔力反発コーティングを施している……。それに、車輪の付け根にあるこの半透明の球体は、スライムの核ね!? 魔力で核の弾力を制御して、サスペンションの代わりにしているんだわ! 誰がこんな構造を思いついたの!?」


先ほどの静けさが嘘のように、目を輝かせ、饒舌に喋り続ける。


カテリーナ皇帝が言っていた言葉の意味が、痛いほどよくわかった。


「……これ、中はどうなっているの? どんな魔力回路が組まれているのかしら。」


シオン皇女が、食い入るように俺を見上げてくる。


「中には、魔力で動くコンロや冷蔵庫、ヒーターなどの魔道具が積んであります。……すべて俺が自作したものですが。」


俺がそう答えると、シオン皇女は大きく頷いた。


「決めたわ。私、この馬車に乗る。」


「「「えっ!?」」」


俺たちだけでなく、セオドア伯爵や護衛の騎士までが同時に驚きの声を上げた。


「で、殿下!? それはさすがにできません! 殿下には皇族専用の特別馬車が用意されておりますし、何より、護衛の陣形が崩れてしまいます!」


女性騎士が必死に説得を試みる。


だが、シオン皇女は扉の取っ手をしっかりと握りしめたまま、振り返って言い放った。


「陣形なんて関係ないわ。どうしてもと言うなら、貴女も一緒にこれに乗ればいい。」


「そ、そんな無茶な……!」


「私は絶対に乗るわ。この魔力構造を解き明かさないまま、一ヶ月も揺れる馬車で過ごすなんて耐えられないもの。」


シオン皇女は完全にテコでも動かない構えだった。


「……やれやれ。こうなると、殿下は誰の言葉も聞き入れません。」


セオドア伯爵が、諦めたようにため息をつく。


「クロウ殿。大変申し訳ありませんが、シオン殿下と、専属護衛のセリアを同乗させていただいてもよろしいでしょうか。」


「ええ、中は広いですから構いませんよ。」


俺が許可を出すと、シオン皇女は「やった」と小さくガッツポーズをし、素早い動きでキャンピングカーの中へと乗り込んでいった。


護衛のセリアは、「本当に申し訳ありません……」と泣きそうな顔で何度も頭を下げながら、皇女の後を追って車内へ入った。



「全軍、前へ!!」


セオドア伯爵の号令と共に、一万の軍勢がゆっくりと行軍を開始した。


俺たちの乗る魔改造キャンピングカーは、軍の中央、最も安全な位置に配置されていた。


タロウの牽引とスライム核のサスペンションにより、車内は水面を滑るように静かで、揺れ一つない快適な空間が保たれている。


「……素晴らしいわ。外の騒音が完全に遮断されているし、温度も完璧に管理されている。」


シオン皇女は、ふかふかのソファに腰を下ろし、車内に組み込まれた魔道具の数々を満足げに見回していた。


「長旅を少しでも快適にするために作りましたからね。」


俺はキッチン・スペースに立ち、手際よくコーヒーと紅茶を淹れ始めた。


「それにしても……。」


シオン皇女は、テーブルに頬杖をつき、窓の外を歩く騎士たちを見下ろしながら、ボソリと呟いた。


「別に、軍隊なんて連れてこなくてもよかったわね。あなたのそばにいれば、危険なんてなさそうだもの。」


その言葉に、護衛のセリアがビクッと肩を震わせた。


確かに、俺たちの実力からすれば、この車内が安全な場所であることは間違いない。


だが、その発言は、外で砂埃にまみれながら行軍している者たちに対して、あまりにも配慮に欠けるものだった。


俺はコーヒーのカップを置き、シオン皇女の瑠璃色の瞳を真っ直ぐに見据えた。


「……シオン殿下。」


「何かしら。」


「俺たちの実力を評価してくださるのはありがたい。ですが、今の言葉は、殿下のために外を歩いてくれている軍隊の方々に失礼ですよ。」


俺が少しだけ声を低くして苦言を呈すると、車内の空気が一瞬だけ凍りついた。


護衛のセリアが、「公爵閣下、殿下に向かってそのような……!」と慌てて止めに入ろうとする。


だが、シオン皇女はハッとしたように目を瞬かせ、すぐに居住まいを正した。


「……そうね。あなたの言う通りだわ。……ごめんなさい、私、配慮が足りなかった。」


シオン皇女は、一切の言い訳をすることなく、素直に深々と頭を下げたのだ。


「で、殿下……。」


セリアが驚きに目を見張る。


皇族という立場でありながら、自身の非を認め、即座に謝罪できる。


その真っ直ぐで素直な気質に、俺は少しだけ驚かされた。


「……わかっていただければ十分です。俺も、少し出過ぎた真似をしました。」


俺が表情を和らげて言うと、シオン皇女もホッとしたように微かに口角を上げた。


「いいえ。姉様以外に、私を叱ってくれる人なんて城にはいなかったから……少し、新鮮だったわ。」


魔術にしか興味がなく、少しずれているところはあるが、決して傲慢なわけではない。


根は真面目で、他者の言葉を真摯に受け止める器を持っている。


俺は内心で安堵し、テーブルの真ん中に、あらかじめ焼いておいた手作りのパウンドケーキを置いた。


「お詫びと言ってはなんですが、俺の手作りです。ブルーオアシスで手に入れた、珍しい南国の果実の風味を活かしてあるので、長旅の疲労回復にも良いですよ。」


「……いただくわ。」


シオン皇女が一口食べると、その瑠璃色の瞳がキラキラと輝き始めた。


「美味しい……! これもあなたの作ったものなの?」


「ええ、クロウの料理は世界一ですから!」


レイアが、自分のことのように誇らしげに胸を張る。


「うむ! わらわもこのケーキは大好物じゃ!」


タマモが尻尾を振りながら、大きな口でケーキを頬張る。


「……あなたたちのこと、魔術以外にも色々と知りたくなってきたわ。」


シオン皇女は、紅茶を一口飲み、初めて年相応の無邪気な笑みを浮かべた。


一万の軍勢を伴う、アルカディア王国への物々しい遠征。


だが、俺たちの乗る魔改造キャンピングカーの中だけは、穏やかで温かいお茶会の時間が流れていた。


新たな同行者を迎え、俺たちの賑やかな旅路が、再び始まろうとしていた。

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