第106話 招待状の思惑と、選ばれた潜入者たち
ブルーオアシスの南側に位置する、静かな入り江に建つ宿『パール・ガーデン』。
俺たちは、海風が吹き抜ける見晴らしの良いテラスのテーブルを囲み、新領主バルバロスの使いが置いていった一通の招待状を広げていた。
「さて……問題はこの条件だな。」
俺が上質な羊皮紙に書かれた一文を指差すと、それを覗き込んだレイアたちも思わず苦笑いを浮かべた。
「『同伴者は二名まで、さらに護衛を一名のみ許可する』……ですって。あからさまにこちらの戦力を削ごうとしているのが丸見えね。」
シルヴィアが、呆れたように小さくため息をつく。
「確かに、私たちが五人全員で乗り込んだら、向こうも警戒するでしょうしね。……それにしても、あからさますぎます。」
レイアも、肩をすくめながら同意した。
「ハハッ! 誰が行っても、アタシたちなら一人で一軍相手に無双できるっていうのによ! あっちの領主様は、ずいぶんとビビりなんだな!」
レオナが豪快に笑い飛ばすが、事実その通りだ。
全員が死線を潜り抜けた絶対的な実力を持ち、最高峰の武器を隠し持っている俺たちにとって、数の制限など大した問題ではない。
「だが、問題は『誰が俺と一緒に行くか』だ。」
俺がそう切り出した瞬間、和やかだった空気がピリッと張り詰めた。
「「「「あ」」」」
レイア、シルヴィア、セツナ、レオナの四人が、一斉に俺の顔を見つめてくる。
「私が行きます! クロウの隣には、やはり一番の盾であり剣である私が!」
レイアが真っ先に身を乗り出した。
「待ちなさいレイア。今回は力ずくの戦闘ではなく、情報収集と隠密行動がメインよ。冷静な判断と、いざという時の広域制圧ができる私が適任だわ。」
シルヴィアが、氷のような美貌に自信ありげな笑みを浮かべて反論する。
「なら、私が適任です! 気配を消して証拠を探すのなら、私の隠密歩法が一番役に立ちます!」
セツナも銀色の尻尾をピンと立てて主張する。
「おいおい、護衛が一名必要なんだろ? だったらアタシしかいないじゃないか! 帝都の闘技場で鍛え上げたこの筋肉とハルバードで、旦那様を完璧に守ってみせるよ!」
レオナが自慢の力こぶを作ってアピールする。
「お主ら、静かにするのじゃ!」
そこに、今まで黙ってお菓子を食べていたタマモが、パンッとテーブルを叩いて立ち上がった。
「今回の作戦は、敵の懐で裏帳簿や悪事の証拠を探すのじゃろ? ならば、わらわの幻術が必須のはずじゃ! わらわが同行して、敵の目を誤魔化してやるのじゃ!」
タマモの主張に、一理あると皆が頷きかける。
「でもタマモちゃん、その子供の姿で夜のパーティーに行くの? 会場に入れないかもしれないわよ?」
シルヴィアの的確な指摘に、タマモは「ふふん」と得意げに鼻を鳴らした。
「甘いのうエルフ娘! わらわをただの幼女だと思っておるのか? 見ておれ!」
ポンッ!という小気味良い音と共に、黄金の煙がタマモの小さな体を包み込む。
煙が晴れると、そこには子供の姿のタマモではなく、息を呑むほど妖艶で美しい、大人の姿のタマモが立っていた。
豊かな胸の谷間が覗く、赤と黒を基調とした大胆なドレス姿。
三本の尻尾や狐耳も幻術で完全に隠し、完璧な絶世の美女へと変貌している。
「どうじゃ! これなら誰もわらわを子供扱いできまい!」
大人の声色で艶然と微笑むタマモに、俺も思わず感心した。
「……なるほど、その姿なら問題ないな。」
激しい議論の末、結局、常に冷静な状況判断ができ、俺との連携も完璧なシルヴィアと、潜入捜査に必須の幻術を使える大人姿のタマモの二人が『同伴者』として選ばれた。
そして、『護衛』の枠には、見た目からして威圧感があり、いざという時に最も物理的に頼りになるレオナが選出された。
「……うぅ、クロウさんとパーティーに行きたかったのに……。」
レイアが悔しそうにハンカチを噛んでいる。
「ご主人様の正装姿、隣で見たかったです……。」
セツナも耳をぺたんと伏せて落ち込んでしまった。
「悪いな、レイア、セツナ。二人には、いつでも動けるように、会場の近くのカフェで待機しておいてほしい。」
俺が二人の頭を優しく撫でてやると、ようやく二人は「はいっ!」と気合を入れ直してくれた。
「俺はあの指輪が使えないからな。もし屋敷の中で何か緊急事態があれば、シルヴィアが『三位一体の風環』を通じて、外にいるレイアへ魔力の波長で合図を送る手筈にしよう。」
俺の提案に、シルヴィアが自身の指にはめた指輪に触れながら頷いた。
「ええ、任せてちょうだい。レイア、指輪の共鳴を感じたら、すぐにセツナちゃんと一緒に突入してきてね。」
「了解しました! いつでも駆けつけられるように準備しておきます!」
レイアが力強く頷き、セツナも双剣の柄を握りしめた。
◆
夕刻。
宿に迎えに来る領主の馬車を待つ間、俺たちはそれぞれの衣装に着替えてエントランスに集まった。
「お待たせ、クロウ。」
シルヴィアは、彼女の氷の魔法を思わせる、透き通るような薄いブルーのイブニングドレスを身に纏っていた。
白銀の髪は美しく結い上げられ、大人の気品と冷たい美しさが完璧に調和している。
「ふふっ、クロウ。わらわのドレス姿に見惚れてもよいぞ?」
タマモは先ほどの赤と黒の妖艶なドレスのまま、扇子で口元を隠し、流し目を送ってくる。
普段のぽんこつぶりが嘘のような、傾国の美女のオーラだ。
「アタシは護衛だからな! いつでも戦えるように、動きやすい軍服アレンジにしてみたよ!」
レオナは、露出を抑えつつも彼女のグラマラスな筋肉美を引き立てる、黒を基調としたスタイリッシュな護衛服姿だ。
「みんな、よく似合ってるな。」
俺は素直に称賛の言葉を贈った。
「そういうクロウも、すごく素敵よ。」
シルヴィアが、少し頬を染めて俺を見つめる。
俺は愛用している万能衣を、前世の記憶を頼りに、最も洗練された漆黒のスリーピース・スーツの形状に変化させていた。
ネクタイから靴に至るまで、一切の隙がない完璧なフォーマルスタイルだ。
「よし、時間だな。」
迎えの馬車に乗り込み、俺たちは新領主バルバロスの待つ領主の館へと向かった。
◆
ブルーオアシスの中心部、少し小高い丘の上に建つ領主の館は、周囲の南国風の建物とは不釣り合いなほど、重厚で威圧的な石造りの城だった。
馬車が門をくぐり、玄関前に到着すると、数人の厳つい護衛兵が立ちはだかった。
「ようこそおいでくださいました。……恐れ入りますが、館の中へは、護衛の方の『剣』以外の武具の持ち込みはご遠慮いただいております。武器はお預かりいたしますが。」
兵士の一人が、探るような目で俺たちを見て言った。
「ああ、気にするな。そういう決まりだと思って、余計な武器は置いてきた。俺も同伴者も丸腰だ。」
俺が両手を軽く広げてみせると、兵士は少し拍子抜けしたような顔をした。
「……さようでございますか。では、中へどうぞ。」
もちろん、武器を置いてきたというのは嘘だ。
俺の頼れる大剣も、シルヴィアの長弓も、レオナの使い込んだハルバードも、すべて各自の持つアイテムボックスの中に収納されている。
必要な時は、コンマ一秒で取り出せる状態だ。
重厚な扉を抜け、案内された大広間は、すでに多くの貴族や街の有力者たちで埋め尽くされていた。
きらびやかなシャンデリア、オーケストラの生演奏、そして長テーブルに並べられた豪華な料理の数々。
「ふむ……。料理の味は、まあまあといったところか。パール・ガーデンの老夫婦の料理には遠く及ばんな。」
俺は鑑定のスキルで密かに料理に毒が入っていないことを確認してから、グラスのワインを軽く口に含んだ。
「ええ。それに、集まっている人間たちの顔ぶれ……。どいつもこいつも、欲得ずくの嫌な顔をしているわ。」
シルヴィアが、扇子で顔を隠しながら周囲を観察する。
「わらわの鼻には、金と血の匂いしかせんのう。」
タマモも、妖艶な笑みの裏で鋭い視線を巡らせていた。
「旦那様、あいつ……。」
護衛として俺の背後に控えていたレオナが、小さく声を上げた。
広場の奥の階段から、数人の黒服を引き連れた、小太りで傲慢そうな男がゆっくりと降りてきたのだ。
派手な宝石をジャラジャラと身につけ、周囲の人間を見下すような笑みを浮かべている。
「皆様、本日はお集まりいただき感謝する! このブルーオアシスの新領主、バルバロスである!」
男の宣言と共に、会場から拍手が巻き起こる。
バルバロスは満足そうに頷くと、その視線を、真っ直ぐに俺たちの方へと向けた。
そして、ねっとりとした蛇のような笑みを浮かべながら、一直線にこちらへと歩み寄ってきた。
「……どうやら、主役の登場みたいだな。」
俺はグラスを置き、静かに口角を上げて、新領主の接近を待ち構えた。




