第103話 楽園の陰と、横行する場所代
「さて、思わぬ寄り道になったが……。ここからは、待ちに待った本当のバカンスの再開だ!」
俺が操舵室から声を張り上げると、甲板から「おおーっ!」という仲間たちの歓声が上がった。
俺の魔改造ガレオン船『ブルー・オリオン号』は、煮え滾る海を難なく切り抜け、無事に常夏の楽園『ブルーオアシス』の港へと帰還を果たした。
船を降りた俺たちは、タロウ(暴君雷風竜)を専用の竜舎スペースで待機させ、街の中心街へと歩き出した。
「それでご主人様。今日はどこへ行きますか? 海で泳ぐのもいいですし、美味しい海鮮をまた食べたいです!」
セツナが銀色の尻尾をパタパタと振りながら、楽しそうに俺を見上げる。
「そうね、カジノはもうお腹いっぱいだし、純粋なリゾートを楽しみたいわ。」
シルヴィアも同意するように頷いた。
「うむ! わらわも賛成じゃ! まずは屋台の串焼きからじゃな!」
タマモが早くもヨダレを垂らしている。
「……だが、その前に一つやっておきたいことがある。宿の変更だ。」
俺の言葉に、仲間たちは不思議そうな顔をした。
「宿の変更? 『シーサイド・パレス』は最高級の宿だったじゃないか。」
レオナが首を傾げる。
「ああ。設備も料理も文句なしだった。……だが、地下にあんな非合法な裏オークション会場を隠し持っている宿に、これ以上長居するのはゴメンだ。何かトラブルに巻き込まれるかもしれないからな。」
神獣の幼体を違法に取引するような裏の顔を持つ宿に、愛する仲間たちを泊まらせるわけにはいかない。
「なるほど、確かにそうですわね。クロウの言う通りだわ。」
シルヴィアも納得したように頷く。
俺たちはそのまま足を進め、街の中央にある巨大な貝殻を模した冒険者ギルド本部へと向かった。
◆
ギルドのカウンターで、俺は再び受付嬢に声をかけた。
「すまない。少し訳あって宿を変えたいんだ。シーサイド・パレス以外で、設備や料理が高水準で、治安の良い宿を知らないか?」
俺が尋ねると、受付嬢は少しだけ困ったような顔をした。
「シーサイド・パレス以上の宿となりますと……。ああ、一つだけ心当たりがあります。街の南側、少し離れた静かな入り江にある『パール・ガーデン』という宿です。そこは家族経営の小さな宿ですが、料理の腕は街でもトップクラスで、お忍びで来る貴族の方も多いとか。」
「家族経営で高水準か。いいな、そこへ行ってみよう。」
俺たちは受付嬢に礼を言い、ギルドを後にした。
南へと向かって歩くこと数十分。
賑やかな中心街から少し外れた、静かな入り江の前に、白い貝殻のような美しい外観の宿『パール・ガーデン』が見えてきた。
「わあ、すっごく綺麗で静かな場所ですね!」
レイアが目を輝かせる。
だが、俺の【鑑定】スキルと研ぎ澄まされた生存本能が、宿の中から微弱な『敵意』と『殺気』を感知した。
「……待て。少し様子がおかしい。」
俺が片手で仲間たちを制止し、静かに宿の扉を開けると――。
エントランスには、いかにも粗暴な身なりをした数人のゴロツキたちが、剣や棍棒を構えてたむろしていた。
「だから言ってんだろうが! 今月からこの区画を仕切るのは俺たち『黒鯱一家』だ! 場所代を払えねえなら、この店をぶっ壊すぞ!!」
ゴロツキの一人が、カウンターの奥で震えている老夫婦に向かって怒鳴り散らしている。
「そ、そんな……。急に場所代のシステムが変わるなんて聞いておりません。それに、その金額はあまりにも……。」
「うるせえ! 払えねえなら、この宿ごと叩き売ってやる!!」
ゴロツキが剣を振り上げ、カウンターを叩き割ろうとした、その瞬間だった。
「……騒々しいな。ここはリゾート地じゃないのか?」
俺の冷たい声が、エントランスに響いた。
「あァ!? なんだてめえらは! すっこんでろ!」
ゴロツキたちが一斉にこちらを振り向く。
だが、彼らが俺の背後に控えるレイアやシルヴィアたちの美貌に目を奪われたのも束の間、俺の放った『絶対強者の覇気』――一切の殺気を抜いた、純粋な『圧力』に当てられ、ゴロツキたちは全員、まるでカエルに睨まれた蛇のように身をすくませた。
「ひぃっ……!?」
「な、なんだこの圧は……っ!」
俺はゆっくりと歩み寄り、ゴロツキたちのリーダー格とおぼしき男の胸ぐらを軽く掴んだ。
「場所代を取り立てる? 俺はギルドで、この街の治安は良いと聞いていたんだがな。それに、そんな非合法なシステム、このブルーオアシスで認められているのか?」
「ぐっ……! て、てめえ、余所者が口出しすんじゃねえ! 俺たちのバックには、この島の領主様がついてるんだぞ!」
男が強がって吠えるが、その声は完全に震えていた。
「ほう。領主がバックについている、か。」
俺は軽くため息をつき、懐から一枚の金属プレートを取り出した。
「他国の領主がどういうつもりか知らないが……帝国の方では、そんな真似は許されないと思うがな。」
俺が突きつけたのは、帝国の女皇帝カテリーナから直接授与された『帝国名誉公爵の証』だった。
禍々しくも圧倒的な権威を放つ帝国の紋章を見た瞬間、ゴロツキたちの顔からスッと血の気が引いた。
「て、帝国の……名誉公爵だと!? まさか、そんな大貴族がこんな辺境の島に……っ!」
「俺たちはバカンスに来てるんだ。お前らみたいなのに絡まれて、気分を害したくはない。……今すぐ消えろ。」
俺が冷たく言い放つと、ゴロツキたちは「ひぃぃぃっ!!」と悲鳴を上げ、転がるようにして宿から逃げ出していった。
「ふはははっ! 尻尾を巻いて逃げおったわ! 帝国の紋章、なかなか使えるではないか!」
タマモがドヤ顔で三本の尻尾を揺らす。
「……助かりました。本当に、ありがとうございます……っ!」
カウンターの奥から、老夫婦が震える声で感謝を述べてきた。
「気にしないでくれ。俺たちも、これからここに泊まろうと思っていたところだったからな。……それにしても、随分と横暴な連中だったな。」
俺が尋ねると、老夫婦は深くため息をついた。
「ええ……。実は最近、この島を治めていた領主様が急病で亡くなられ、若い跡取りが領主の座に就いたのです。それ以来、街の至る所で『新しい場所代』と称して、あのようなゴロツキたちが横行するようになりまして……。」
「若い領主が、街の治安を乱している……。」
俺はレイアたちと顔を見合わせた。
「ご主人様、なんだかこの島、ただの楽園じゃないみたいですね。」
セツナが心配そうに狼の耳を伏せる。
「ええ。カジノの裏オークションといい、この場所代の件といい……かなりキナ臭い匂いがするわ。」
シルヴィアも、鋭い視線で外の景色を見つめている。
「まあ、俺たちはバカンスに来ただけだ。巻き込まれるつもりはないが……降りかかる火の粉は払うまでだ。」
俺は不敵に口角を上げ、老夫婦に宿泊の手続きを頼んだ。
最高のバカンスになるはずだった常夏の楽園は、どうやらその美しい海の下に、真っ黒な闇を隠し持っているようだった。
だが、どんな闇が潜んでいようと、俺たちのパーティの敵ではない。
俺たちは新たな宿『パール・ガーデン』で荷物を解き、ブルーオアシスに渦巻く陰謀の気配を感じながらも、明日からのバカンスに向けてのんびりと羽を伸ばすのだった。




