第102話 炎獄の火山島と、神獣フェニックスとの邂逅
常夏の楽園ブルーオアシスの地下カジノで、俺たちは神獣フェニックスの幼体を白金貨百枚という破格の値段で競り落とした。
スイートルームに戻り、俺の覇気とタマモの威厳で落ち着かせた幼体のフェニックスから、その故郷が群島の外れにある『炎獄の火山島』であると聞き出した翌朝。
俺たちは早速、フェニックスを親元へ送り届けるための準備に取り掛かった。
「……炎獄の火山島、ですか。確かに、このブルーオアシス海域で最も危険な場所としてギルドでも注意喚起されています。」
朝一番で冒険者ギルド本部を訪れた俺たちに対し、ギルド長が渋い顔で海図の一点を指差した。
「そこは常に暴風雨と火山灰に覆われ、周囲の海は煮え滾っています。並の船では近づくことすらできません。それに……。」
ギルド長は声を潜め、周囲を警戒するように周囲を見回してから続けた。
「あそこは『火の神』が住まう聖域とも言われています。冒険者たちの間でも、あの島に住む神獣フェニックスには絶対に手を出してはならないという暗黙の掟があるのです。彼らは死から蘇る不死の存在ですが、その怒りに触れれば、島はおろかこのブルーオアシス全体が灰になるとも。」
「なるほど。裏オークションの連中は、そんな掟を破ってまでこの子を捕まえたってわけか。」
俺はアイテムボックスの中で大人しくしている幼体のフェニックスを思い浮かべ、小さく息を吐いた。
「ええ。ですが、皆様ほどの実力者であれば、あの島へ近づくことも可能かもしれません。……どうか、あの神聖な島で厄介事だけは起こさないよう、お願いいたしますよ。」
「わかってる。ちょっとした『お届け物』をしてくるだけだ。」
ギルドで情報を得た俺たちは、バカンスを一旦お預けにし、港に停泊させていた俺たちの魔導ガレオン船『ブルー・オリオン号』へと乗り込んだ。
「ご主人様、お腹空いてないでしょうか? さっき、市場で新鮮な炎トカゲのお肉を買ってきたんです!」
セツナが、嬉しそうに銀色の尻尾を揺らしながら、綺麗に切り分けられた赤身肉を皿に乗せて持ってきた。
船のラウンジでは、フェニックスの幼体がテーブルの上でちょこんと座っている。
「おい、小鳥! セツナが美味い肉を持ってきたぞ! わらわと一緒に食べるのじゃ!」
タマモが自分の分の肉串を齧りながら、フェニックスに声をかける。
フェニックスは最初は警戒していたが、タマモの持つ特殊な魔力波長と、セツナの裏表のない優しい気配に安心したのか、「ピヨッ」と短く鳴いて、差し出された炎トカゲの肉を啄み始めた。
「わぁ……! 食べました! すごく可愛いです!」
レイアが目を輝かせ、フェニックスの頭をそっと撫でる。
フェニックスの羽毛は、まるで燃えるような真紅と黄金色だが、触れると火傷するような熱さはなく、むしろ心地よいぬくもりがあった。
「ふふっ、本当に神々しい鳥ね。でも、こうして見るとただのお腹を空かせた雛鳥だわ。」
シルヴィアも優雅に微笑み、フェニックスのために冷たい水を小皿に用意してやる。
「ハハッ! アタシたちと一緒にメシを食うなんて、肝の据わった小鳥だね! 旦那様のメシも食わせてやりたいよ!」
レオナが豪快に笑いながら、フェニックスの背中を指で軽くつつく。
そして、フェニックスが一番懐いていたのは――他でもない、俺だった。
俺がテーブルの席につくと、フェニックスはパタパタと小さな羽を動かし、俺の手のひらへと飛び乗ってきた。
「ピィィッ♪」
「おいおい。そんなに擦り寄っても、お前の親元に帰すのは決定だからな。」
俺が苦笑して頭を撫でてやると、フェニックスは気持ちよさそうに目を閉じ、すっかり安心しきった様子で喉を鳴らした。
裏オークションという絶望の淵から自分を救い出してくれた恩人として、俺のことを完全に認識し、信頼しきっているのだろう。
「ふはははっ! さすがはわらわが見込んだ小鳥じゃ! クロウの偉大さがわかるたぁ、賢い奴じゃのう!」
タマモがドヤ顔でふんぞり返る。
そんな賑やかで温かい時間を過ごしているうちに、船はブルーオアシスの群島を抜け、目的の海域へと差し掛かっていた。
「……見えてきたわ。あれが『炎獄の火山島』ね。」
シルヴィアの鋭い声に、俺たちは一斉に甲板へと出た。
前方の海は、ギルド長の言葉通り、不気味に赤く煮え滾っていた。
そしてその中心に、常に黒い噴煙と雷雲に包まれた、巨大な活火山がそびえ立っている。
「すごい熱気ですね……。普通の人なら、立っているだけで火傷してしまいそうです。」
レイアが、腰の愛剣の柄を握りしめながら呟く。
「問題ない。ブルー・オリオン号の結界出力を最大にして、そのまま島に接岸するぞ。」
俺の指示で、船は煮え滾る海を難なく切り裂き、火山島の黒曜石のような岩肌の海岸へと到着した。
船から降り立ち、俺たちが火山の麓へと足を踏み入れた、その瞬間だった。
『――ピィィィィィィィィィィィィィィッ!!!』
島全体を揺るがすほどの、鼓膜を劈くような甲高く、そして圧倒的な威圧感を持った咆哮が天から降ってきた。
「……来るぞ。」
俺が上空を睨みつけると、分厚い火山灰の雲を突き破り、太陽の光すら遮るほどの巨大な炎の鳥が舞い降りてきた。
両翼を広げれば数十メートルはあろうかという、まさに炎の化身。
それが、この炎獄の火山島の主であり、神獣の成体――親のフェニックスだった。
『人間よ。我が聖域に何用か。……その手にあるのは、我が子か。』
親フェニックスは、上空でホバリングしながら、燃え盛るような眼光で俺と、俺の肩に乗っている幼体を交互に睨みつけた。
その目には、明確な警戒と『疑問』が浮かんでいた。
神獣の素材は、この世界のどんな富よりも価値がある。
もし人間が幼体を捕らえたのなら、なぜ生かしたまま、しかもわざわざこの危険な島まで連れてきたのか。その真意を測りかねているのだ。
「ピィ! ピヨォォッ!!」
幼体のフェニックスが、俺の肩から空の親鳥に向かって、何かを必死に訴えかけるように鳴き声を上げた。
「タマモ、通訳を頼む。」
「うむ! 任せておくのじゃ!」
タマモが一歩前に出て、三本の尻尾を大きく広げ、九尾の妖狐としての神聖な魔力を放ちながら親鳥に向かって声を張り上げた。
「おい、そこのデカい鳥! わらわたちは、この小鳥を主の元へ引き渡しにきたのじゃ! 決して傷つけるつもりはない! むしろ、この男が悪い人間どもからこの小鳥を買い戻して救ってやったのじゃぞ!」
タマモの言葉――いや、その魔力波長を通じた意志の伝達に、親フェニックスは大きく目を見開いた。
『……妖狐か。それに、あの人間は……。』
親フェニックスの視線が、再び俺へと向けられる。
俺は武器に手をかけることなく、ただ自然体で、敵意のない『ゼロ』の状態で静かに見つめ返した。
数秒の重い沈黙の後。
『……よかろう。我が子を救ってくれたという言葉に、嘘はないようだな。』
親フェニックスは空中で身を翻し、火山の頂上付近へと向かって飛び立った。
『ついてこい、人間たちよ。ここで話すには、お前たちには熱すぎるだろう。我が住処へ招待しよう。』
親フェニックスの案内に従い、俺たちは火山の急斜面を登り、中腹にある巨大な洞窟へと案内された。
そこは、外の灼熱の空気とは打って変わって、不思議なほど涼しく、清浄な空気に満ちた美しい空間だった。
洞窟の中央には、光り輝く鉱石が散りばめられた巨大な巣があり、そこへ親フェニックスが静かに降り立った。
「ピィィィッ!!」
幼体のフェニックスが俺の肩から飛び立ち、弾丸のように親鳥の胸へと飛び込んでいった。
『おお……無事だったか、我が子よ。』
親フェニックスは、燃えるような羽で我が子を優しく包み込み、愛おしそうにその頭を擦り付けた。
その再会の光景に、レイアやセツナもホッと安堵の笑みをこぼしている。
「よかったわね。これで、無事に親元に返せたわ。」
シルヴィアが優しく微笑む。
「ハハッ! アタシも安心したよ。無事に送り届けられて何よりだね!」
レオナも満足そうに頷いた。
親フェニックスは我が子との再会を喜び終えると、俺たちに向き直り、深く、人間のように頭を下げた。
『アルカディアの冒険者、クロウとやら。そしてその仲間たちよ。我が子を救い出し、ここまで送り届けてくれたこと……フェニックスの長として、心より感謝する。』
「いや、気にしないでくれ。たまたまカジノの裏オークションで見かけて、放っておけなかっただけだ。」
俺は、ブルーオアシスの地下でこの子が白金貨百枚で取引されていたこと、そして強引に競り落として封印を解いた経緯を、詳細に説明した。
『そうか……。密猟者どもの卑劣な罠にかかった我が子を、お前たちがその身を挺して救ってくれたのだな。』
親フェニックスの瞳に、深い怒りと、俺たちへの底知れぬ感謝の念が宿る。
『お前たち人間は、欲深き生き物だと思っていた。だが、お前たちは違う。その力も、その心根も……神獣である私が敬意を払うに値する。』
親フェニックスはそう言うと、自身の巨大な翼を広げ、燃えるような羽毛の中から、一際光り輝く『一枚の羽』を嘴で引き抜いた。
その羽から放たれる魔力は、以前手に入れた仙桃すらも凌駕するほどの、圧倒的な生命力に満ちていた。
「クロウさん、それは……!」
レイアが驚愕に息を呑む。
「ええ……。間違いないわ。生きた神獣から直接譲り受けた、真のフェニックスの羽。……どんな傷も癒やし、死者すらも一度だけ蘇らせるという、究極の蘇生アイテムよ。」
シルヴィアの解説に、セツナやレオナも信じられないといった顔で固まった。
『受け取れ、クロウ。これは、お前たちの慈悲に対する、私からのせめてもの礼だ。お前たちの旅の、いざという時の助けとなるだろう。』
俺は恭しく一礼し、その温かく輝く羽を受け取って、【時空間魔法】のインベントリの最も安全な場所へと収納した。
「……ありがとう。大切に使わせてもらうよ。」
これで、目的は完全に果たした。
「それじゃあ、俺たちはこれで失礼するよ。まだ、ブルーオアシスでのバカンスの途中なんでね。」
俺が背を向け、洞窟から立ち去ろうとした、その時だった。
「ピッ……! ピピピピィッ!!」
幼体のフェニックスが、親鳥の翼をすり抜け、慌てたように俺の足元へと飛んできたのだ。
そして、俺のアビス・クロークの裾を小さな嘴で引っ張り、必死に「行かないで」と訴えかけるように鳴き始めた。
『……どうやら、この子は、お前と離れたくないようだな。』
親フェニックスが、困ったように、しかしどこか優しげな目で我が子を見つめる。
「おいおい、お前……。せっかく親元に帰れたのに、俺についてきてもいいことなんてないぞ? 俺たちの旅は、これからもっと危険な場所にも行くんだからな。」
俺がしゃがみ込み、フェニックスの頭を撫でて諭そうとするが、幼体は首を横に振り、さらに俺の服にすり寄ってきた。
「ふふっ。ご主人様、完全に懐かれちゃいましたね。」
セツナがくすくすと笑う。
「どうするの、クロウ? 私たちとしては、この可愛い神獣のヒナがパーティに加わるのは大歓迎だけど。」
シルヴィアが、面白そうに小首を傾げる。
俺は小さく息を吐き、幼体のフェニックスのルビーのような瞳を真っ直ぐに見つめた。
「……わかった。だが、今のままじゃお前は弱すぎる。俺たちの旅についてくるには、自分の身くらい自分で守れるようにならないとダメだ。」
「ピィ?」
「だから……お前がもう少し大きくなって、立派な炎を吹けるくらい強くなったら。そして、それでもまだ俺と一緒にいたいと思うなら……その時は、俺たちの旅に連れて行ってやる。」
俺の言葉を理解したのか、フェニックスの幼体はパァッと表情を明るくし(鳥だがそう見えた)、「ピピィッ!」と元気よく鳴いてみせた。
『……英雄よ。その言葉、確かに我が子が受け取ったようだ。次に会う時を、楽しみにしているぞ。』
親フェニックスもまた、深く頷いてくれた。
「ああ。バカンスを終えて、またこっちの海域に来た時は、顔を出すよ。」
「その時は、また美味しいお肉を持ってくるね!」
セツナが笑顔で手を振り、タマモも「ふははっ! 立派な鳥になっておくのじゃぞ!」とドヤ顔で言い放った。
こうして俺たちは、神獣の親子の温かな見送りを受けながら、炎獄の火山島を後にした。
船に戻り、ブルーオアシスの群島へと舵を切る。
「さて、思わぬ寄り道になったが……。ここからは、待ちに待った本当のバカンスの再開だ!」
俺が操舵室から声を張り上げると、甲板から「おおーっ!」という仲間たちの歓声が上がった。
常夏の楽園での、終わらない宴と最高の休暇。
究極の蘇生アイテムという切り札まで手に入れた俺たちの、規格外で自由な旅は、まだまだ続いていく。




