第101話 欲望のVIPルームと、檻の中の神獣
ブルーオアシスの地下に広がるカジノは、地上の陽光とは裏腹に、人工的な光と熱気に包まれた欲望の迷宮だった。
俺とレイア、シルヴィア、セツナ、レオナ、タマモの六人は、スロットのジャックポットに始まり、ルーレット、大小、バカラと、あらゆるゲームで連戦連勝を重ねていた。
俺の【鑑定】スキルによる完全な確率計算と、ハイヒューマンの規格外の動体視力があれば、カジノのゲームなど、ただの作業でしかない。
「あははっ! また勝ったぞ! クロウ、最高だ!」
レオナが山のように積まれたチップをかき集め、豪快に笑う。
「ご主人様、もうチップを入れる袋がいっぱいです!」
セツナも銀色の尻尾をパタパタと振りながら、嬉しそうに報告してきた。
「ふふっ、これならブルーオアシスの島のひとつくらい買えちゃうかもしれないわね。」
シルヴィアが優雅に果実酒を傾けながら、呆れたような、それでいて楽しそうな笑みを浮かべる。
「肉じゃ! 肉! これで一生分の最高級の肉が食えるのじゃー!」
タマモはチップの山にダイブして、大はしゃぎしている。
あまりの勝ちっぷりに、周囲の客たちは俺たちの台に群がり、まるでお祭りのような騒ぎになっていた。
だが、そんなお祭り騒ぎは、ある男の登場によってピタリと止まった。
「――そこまでにしていただこうか、お客様方。」
人垣を割って現れたのは、仕立ての良い黒のスーツを身に纏った、初老の男だった。鋭い眼光と、洗練された身のこなし。只者ではない。
男の背後には、屈強な黒服の用心棒たちがズラリと控えている。
「私はこのカジノの支配人、バルザックと申します。……いささか、一般のフロアで『勝ちすぎ』ではありませんかな?」
バルザック支配人は、表面上は丁寧な口調だが、その目には明確な警戒の色が浮かんでいた。
(なるほど。これ以上、平場で荒稼ぎされては困るということか。)
俺は薄く笑い、肩をすくめた。
「悪いな。ちょっと運が良すぎたみたいだ。」
「……運、ですか。ええ、素晴らしい強運です。これほどの強運をお持ちのお客様には、一般フロアは退屈でしょう。どうです? さらに刺激的で、高レートなゲームが楽しめる『VIPルーム』へご案内させてはいただけませんか?」
バルザックが、恭しく頭を下げる。
(なるほど。VIPルームに連れ込んで、凄腕のディーラーを使って俺たちから巻き上げたチップを回収しようという腹か。……面白い。)
俺はレイアたちと視線を交わし、ニヤリと笑った。
「いいだろう。せっかくのバカンスだ、もっと刺激的な遊びをさせてもらおうか。」
◆
案内されたVIPルームは、一般フロアとは比べ物にならないほど豪華で、静寂に包まれた空間だった。
厚い防音扉に守られた部屋には、選ばれた富裕層だけが座ることを許される、上質なテーブルがいくつか並んでいる。
「こちらがVIPルーム専用のポーカーテーブルです。当カジノが誇る、最高のディーラーがお相手いたします。」
バルザックが案内したテーブルには、一見すると普通の中年男が座っていた。だが、俺の【鑑定】スキルは、その男の手元から発せられる微弱な魔力の揺らぎを見逃さなかった。
(……なるほど。カードを配る瞬間に、手首に仕込んだ魔道具でカードの柄をすり替えているのか。完全にプロのイカサマ師だな。)
「さあ、お手並み拝見といきましょうか。」
俺はテーブルに座り、山のようなチップを無造作に置いた。
ゲームが始まる。
ディーラーのカード捌きは、まさに神業だった。だが、俺の動体視力と【鑑定】の前では、そのすべてがスローモーションのように透けて見える。
俺はディーラーがイカサマで「自分に有利なカード」を引くのを確認した上で、さらにその上を行く、確率の裏をかいた強気な賭け(レイズ)に出た。
「……なっ!?」
数ゲーム後。
ディーラーの顔から、完全に血の気が引いていた。
イカサマをしているはずなのに、なぜか勝てない。自分の仕込んだトラップを、すべて読まれているかのように、俺がさらに強力な役を揃えていくからだ。
「ふぅ。こんなもんか? VIPルームってのは、もっと刺激的だと思ったんだが。」
俺がわざとらしくため息をつくと、バルザック支配人の顔が引き攣った。
「……す、素晴らしい。まさか、当カジノの専属ディーラーがここまで手も足も出ないとは……。」
「さて、次はどのゲームだ?」
俺が席を立とうとすると、不意に、VIPルームのさらに奥にある、厳重に閉ざされた巨大な両開きの扉から、微弱な、しかし異様なまでの『熱気』と『魔力』が漏れ出しているのを感じた。
「おい、支配人。あの奥の部屋はなんだ?」
俺が扉を指差すと、バルザックの顔色がさらに悪くなった。
「あ、あちらは……その、一部の『特別なお客様』のみが参加できる、オークション会場となっております。本日はすでに競りが始まっておりまして……。」
「オークション? 何が出品されてるんだ?」
「……それは、お客様の口からは申し上げられません。ただ、非常に……高価で、希少なものが取引されております。」
バルザックの言葉を濁す様子から、俺は直感した。
(……なるほど。表向きの宿の連中は把握していない、非合法な裏オークションってやつか。)
「面白そうじゃないか。俺たちも参加させろ。」
「い、いえ! あちらは事前の審査と、莫大な参加費が必要で……!」
俺はインベントリから、今日カジノで荒稼ぎしたチップとは別に、バベルや帝都で得た『白金貨』の束を取り出し、バルザックの胸元に突きつけた。
「これで足りるか?」
「っ……!!」
白金貨の山を見た瞬間、バルザックは息を呑み、そして完全に沈黙した。
「……ご案内いたします。」
◆
重厚な扉の向こうに広がっていたのは、すり鉢状になった薄暗いオークション会場だった。
覆面や仮面で顔を隠した富裕層たちが、熱狂的な声で競りを行っている。
壇上には、檻に入れられた珍しい魔物や、呪われた古代の武具など、明らかに違法な香りのする品々が次々と運び込まれ、落札されていく。
「……趣味の悪い場所ね。」
シルヴィアが不快そうに眉をひそめる。
「ええ。なんだか、嫌な空気を感じます。」
レイアも、腰の剣に手を添えながら周囲を警戒している。
そして――オークションが佳境に入った時だった。
「さあ、皆様! 本日の目玉商品の登場です!!」
オークショニアの甲高い声と共に、舞台の中央に巨大な鉄の檻が運び込まれた。
檻の中は、何重もの強力な『魔力封じの鎖』で縛り上げられ、さらに冷気を放つ魔法陣が展開されている。
その冷たい檻の底に、一羽の『小鳥』が倒れていた。
体長は三十センチほど。だが、その羽毛は、まるで燃え盛る炎のように鮮やかな真紅と黄金色に輝いている。
「……あれは。」
俺は【鑑定】スキルを発動し、その小鳥のステータスを読み取って、息を呑んだ。
【名称】フェニックス(幼体)
【種族】神獣(火属性の頂点)
【状態】魔力封印・極度の衰弱・気絶
「……神獣、フェニックス!?」
俺の呟きに、レイアたちが驚愕して目を丸くする。
「まさか、おとぎ話の神獣が、あんな小さな姿で……!?」
シルヴィアも信じられないといった様子で檻を見つめる。
「皆様、ご覧ください! この美しい羽毛! そして、この鳥の血肉には、不老不死の力が宿っているという伝説すらあります! さあ、開始価格は白金貨十枚から!!」
オークショニアの言葉に、会場の熱気は最高潮に達した。
「白金貨十五枚!!」
「二十枚だ!!」
次々と値が跳ね上がっていく。
「……クロウ。」
レイアが、俺の服の袖を強く握りしめた。
「ご主人様……あの鳥さん、すっごく苦しそうです……。」
セツナも、狼の耳をぺたんと寝かせて、檻の中のフェニックスを痛ましそうに見つめている。
「ああ。わかってる。」
俺は静かに手を挙げた。
「白金貨、百枚(約十億円)。」
俺の淡々とした声が会場に響き渡った瞬間、それまでの喧騒が嘘のように静まり返った。
「は、白金貨百枚……!? そ、それ以上の方はいらっしゃいませんか!?」
オークショニアの震える声に、誰も答える者はいない。
「……落札!!」
こうして、俺たちは神獣フェニックスの幼体を、莫大な金で競り落とした。
◆
カジノを後にし、俺たちはシーサイド・パレスのスイートルームへと戻ってきた。
厳重に施錠された部屋の中央、深海沈没木で作られたテーブルの上に、俺はオークション会場で受け取った檻を静かに置いた。
「クロウ、大丈夫かしら? あんなに強力な封印をされていて……。」
シルヴィアが心配そうに檻を覗き込む。
「俺が封印を解く。少し下がっててくれ。」
俺は檻に触れ、【状態異常完全無効】のスキルと、ハイヒューマンの規格外の魔力を流し込んだ。
パキィィィンッ!!
魔力封じの鎖と魔法陣が、音を立てて砕け散る。
その瞬間。
「ピィィィィィィィィッ!!!」
気絶していたはずのフェニックスの幼体が、突然目を覚まし、激しい警戒の鳴き声を上げて檻の中で暴れ始めた。
小さな体から、部屋の温度を一気に上げるほどの灼熱の炎が噴き出す。
「うわっ!? 熱い!!」
レオナが慌てて後ろに飛び退く。
「ダメじゃ! まだ衰弱しておるのに、そんなに無理をしては命に関わるぞ!」
タマモが叫ぶ。
「落ち着け!」
俺は一歩前に出ると、15年のサバイバルで培った『絶対強者としての覇気』を、殺意を抜いた純粋な『圧力』として放った。
ズンッ、と。部屋の空気が重く沈み込む。
同時に、タマモも背後の三本の尻尾を大きく広げ、九尾の妖狐としての威厳ある魔力をフェニックスへと叩きつけた。
「静まれ、火の鳥よ! わらわとこの男の前で、それ以上の無礼は許さんぞ!」
俺とタマモの、規格外のプレッシャーの合わせ技。
フェニックスの幼体は、ビクッと身体を震わせ、噴き出していた炎をシュンと収縮させた。
そして、怯えたように部屋の隅へと後ずさり、警戒の目を向けてくる。
「……ふぅ。これで少しは落ち着いたか。」
俺が息を吐くと、タマモがフェニックスの前にトコトコと歩み寄った。
「タマモ、お前、動物と話せるんだったな? 事情を聞いてくれないか。」
「うむ、任せておくのじゃ。……おい、そこの小鳥。わらわたちは危害を加えるつもりはない。なぜこんな場所で捕まっていたのじゃ?」
タマモが、不思議な波長の魔力を帯びた声でフェニックスに語りかける。
フェニックスはしばらくタマモを警戒していたが、やがて「ピィ……ピヨォ……」と、弱々しい声で鳴き始めた。
「ふむふむ……なるほど。」
タマモが頷きながら、俺たちの方へ振り向いた。
「どうやら、この子はまだ生まれて間もない幼体らしいのじゃ。親鳥とはぐれてしまい、怪我をして動けなくなっていたところを、密猟者に捕まってしまったそうじゃ。」
「そうだったのか……。」
レイアが痛ましそうに目を伏せる。
「……で、親鳥のいる巣というか、里はどこにあるんだ?」
俺が尋ねると、タマモは再びフェニックスとやり取りをした後、少しだけ顔をしかめた。
「……このブルーオアシスの群島の一番外れ。常に嵐と炎に包まれているという、『炎獄の火山島』じゃと。」
「炎獄の火山島……。なるほど、神獣が住むにはおあつらえ向きの場所だな。」
俺はフェニックスに向かって、ゆっくりと手を差し伸べた。
「俺たちはクロウ。お前を助けに来た。……里に帰りたいなら、俺たちが力を貸してやる。」
俺の言葉をタマモが通訳すると、フェニックスの幼体は驚いたように目を丸くし、そして――。
ポロリ、と。
その美しいルビーのような瞳から、一粒の涙をこぼした。
「ピィッ……!!」
フェニックスは小さな羽を羽ばたかせ、俺の手のひらへと飛び移ってきた。
その温かい体温を感じながら、俺は優しくその頭を撫でた。
「よし、決まりだな。……明日は、その『炎獄の火山島』とやらへ向かうぞ。」
俺の言葉に、レイア、シルヴィア、セツナ、レオナ、そしてタマモが、力強く頷いた。
常夏の楽園ブルーオアシスでのバカンスは、思わぬ形から、神獣を故郷へ送り届けるという新たな冒険へと姿を変えたのだった。




