第100話 常夏の宴、そしてカジノで掴み取る幸運
「……見てくれ、あれが噂の常夏の楽園『ブルーオアシス』だ。」
俺が操舵室のパネルを操作して、魔導ガレオン船『ブルー・オリオン号』の速度を緩めると、前方の水平線上に、エメラルドグリーンの海に浮かぶ巨大な群島が姿を現した。
南国特有の鮮やかな植物が生い茂る島々が、幾重にも重なるようにして並んでいる。
「わあぁっ! すごい! 海の色がバベルや王都とは全然違います!」
レイアが甲板へ飛び出し、手すりから身を乗り出して歓声を上げた。
「本当ね。透き通るような青……いえ、緑? まるで宝石箱をひっくり返したような海だわ。」
シルヴィアも『伝説級:星砕きの竜弓』を背負い直し、優雅な仕草でその絶景に目を細める。
「ご主人様! 陸地が見えました! あれが港町ですね!」
セツナが銀色の耳をピコピコと動かし、活気あふれる巨大な港を指差した。
「ハハッ! 最高のバカンスの始まりだな! レオナ、準備はいいか?」
俺が声をかけると、レオナは背中の伝説級のハルバードを背負い直し、期待に胸を膨らませてニカッと笑った。
「もちろんだよクロウ! アタシはいつでも戦えるし、遊ぶ準備も万端さ!」
「うむ! このわらわの身分証(住民票)があれば、帝都でもどこでも入り放題じゃ! さあ、美味しいものを腹いっぱい食いに行くのじゃー!」
タマモが三本の立派な尻尾を揺らしながら、得意げに胸を張る。
帝国の女皇帝カテリーナから授与された『帝国特級市民の公式身分証』を胸に、俺たちは自信満々に港へと船を寄せた。
最新鋭の魔導ガレオン船が港に滑り込むと、ドックにいた港湾作業員や、行き交う船乗りたちが一斉に足を止めた。
「おい、あれを見ろ! 信じられないくらい美しい船だぞ……!」
「魔導船か? しかも、船体に使われているのは……深層の魔樹かよ!?」
港町特有のざわめきが、船の接岸と共に静まり返る。
俺たちはタロウ(暴君雷風竜)を船内の専用保冷庫スペース(広大な竜舎仕様)へ残し、優雅にタラップを降りてくると、そこにいた警備隊の隊長が顔色を変えて駆け寄ってきた。
「と、止まれ! この船……いや、お前たち、一体何者だ!? こんな贅沢な船、どこぞの王族か……?」
俺は笑って、懐から冒険者ギルドで発行された『SSランク冒険者カード』と、各国のギルドマスターから書き連ねられた『特級推薦状の束』を提示した。
「アルカディア王国からバカンスに来た冒険者だ。手続きを頼む。」
「エ、エスエス……ランク……!? しかもバベル、ガルド、帝国の推薦状だとぉ!?」
警備隊長は青ざめ、それまでの警戒心が嘘のように平伏した。
「も、申し訳ございません!! こんな高貴な方々とは露知らず……どうぞ、何なりとお通りください! ブルーオアシスへようこそ!!」
最高の出航、そして完璧な入国。俺たちは悠々と群島の中心街へと足を踏み入れた。
◆
群島『ブルーオアシス』は、まさに海の楽園だった。
白い砂浜、透き通った海、そして一年中降り注ぐ暖かな陽光。だが、それだけではない。ここは世界中の富と欲望が集まる、カジノや闘技場が立ち並ぶ娯楽の都でもあった。
「まずは冒険者ギルドで、宿の紹介と街の情報を聞いておこう。」
俺たちは街の中心にある巨大な貝殻を模したギルド本部へと向かった。
港町の受付嬢のような露出度は控えめだったが、代わりにエキゾチックな装飾を施したギルド長が、俺たちのカードを見て目を見開いた。
「SSランク……それも四人揃って? ブルーオアシスへようこそ、英雄殿。ここには最高の宿と、最高の娯楽が揃っていますよ。宿なら、街の最高峰『シーサイド・パレス』がおすすめです。貴方方の船に積まれた荷物も、専用の港湾スタッフが丁寧に運搬させましょう。」
ギルド長の完璧な手配に感謝し、俺たちは馬車で『シーサイド・パレス』へと向かった。
案内されたスイートルームは、海を一望できるテラス付きの、王宮顔負けの豪華さだった。
「ふぅ……。最高の宿だな。」
俺は荷物を降ろし、ふかふかのベッドに体を預ける。
「ご主人様、お夕飯はどうしますか?」
セツナが上機嫌で聞いてくる。
「ああ、ギルド長に教わったんだ。この近くに、新鮮な魔物の肉と、珍しい海鮮を専門に扱う店があるらしい。行ってみよう。」
◆
案内された店は、海沿いの崖にせり出すように建つオープンエアのレストランだった。
心地よい潮風を感じながら、俺たちは早速、店主自慢のメニューを注文する。
「お待たせしました! 本日の特選、『魔馬の刺し』でございます!」
「魔馬……?」
俺は興味を引かれ、運ばれてきた皿を覗き込んだ。
それは、まるで霜降りの高級牛肉のように、見事なサシが入った鮮やかな赤身の肉だった。
「これは、この海域に住む『シー・ホース(海馬)』という魔物の肉を、極限まで熟成させた刺身です。」
「刺身……か。」
俺は一切れ、箸でつまんで口へと運んだ。
醤油の代わりに、この海域で採れる塩と特製の柑橘果汁で味付けされた肉を噛み締める。
――うまい。
口に入れた瞬間に溶け出す脂は、まるで最高級のバターのように濃厚だ。しかし、獣肉特有の臭みは一切なく、むしろ爽やかな磯の香りと、噛むほどに溢れ出す甘い肉汁が舌の上でダンスをしている。
「なにこれ……! すごく美味しいです!!」
レイアが目を輝かせ、次々と肉に箸を伸ばす。
「ふふっ、本当に肉がとろけるわね。この脂の乗り方は、ちょっと普通の馬肉じゃ考えられないわ。」
シルヴィアも、エルフ特有の優雅な手つきで肉を堪能している。
「ハハッ! この脂の甘み、酒が進むぞ!」
レオナがジョッキを片手に、豪快に肉を食べていく。
「肉! 肉じゃ! このとろける脂、いくらでも腹に入るのじゃー!」
タマモがすでに三枚目のおかわりを注文していた。
最高の宿、最高の料理。これぞまさにバカンスという時間を過ごした後、俺たちは上機嫌で部屋へ戻ろうとした。
「さて、明日からの冒険の相談でもしながら寝るか。」
しかし、部屋へ戻る廊下で、俺たちの前を歩いていた数人の客たちが、ある壁の向こうへと消えていくのが見えた。
「ん……? あそこは行き止まりの壁じゃなかったか?」
俺が不思議に思って近寄ると、壁の一部が音もなくスライドし、そこからジャラジャラというコインの音と、賑やかな歓声が漏れ聞こえてきた。
「なんだ、あそこは?」
俺が結界をわずかに透かして覗き込むと、そこには広大な地下空間が広がっていた。
きらびやかなシャンデリアの下、ルーレットの台が回り、スロットマシンがジャラジャラと音を立てている。
「地下……カジノ?」
「あ! ご主人様、あそこです!」
セツナが目を輝かせる。
「このブルーオアシスは、カジノや賭け事の街としても有名なんですって! 闘技場のようなものもあったりして、とにかくギャンブルが盛んな場所らしいです!」
「へえ、カジノか。……よし、ちょっと触ってみるか。」
俺は好奇心に背中を押され、レイアたちを連れてその地下へと足を踏み入れた。
地下へ降りると、そこはバベルや帝都とはまた違う、欲望と熱気が渦巻く大人の社交場だった。
「すごい……! 王都の貴族街よりもずっと派手ね。」
シルヴィアが、眩いばかりのチップの山を見て感心する。
俺たちはさっそく両替所に並び、所持していた金貨を大量のチップへと替えた。
「まずはスロットだな。ルールは簡単そうだし、運試しにちょうどいい。」
俺たちはスロットマシンの前に座り、レバーを引く。
ジャラジャラジャラッ!!
開始数分で、俺の台から派手なファンファーレが鳴り響いた。
「「「「えっ!?」」」」
「ご主人様、ジャックポットです!」
セツナが驚いて声を上げると、周囲の客たちが一斉に俺の台へと注目する。
「おっ! お兄ちゃん、やるねぇ! 一発で当てるとは!」
「ハハッ! これがクロウの運の強さかよ!」
レオナが俺の肩を叩いて大喜びする。
「ふふっ、これならルーレットもいけるんじゃないかしら?」
シルヴィアに促され、俺たちはルーレットの台へと移動した。
黒か赤か、それとも数字か。
俺は【鑑定】を駆使し、ディーラーのわずかな癖や、ルーレットの盤面の微妙な傾きを瞬時に見抜く。
(……ここだ。)
俺は迷わず、一番倍率の高い数字にチップを積み上げた。
「……はい、締め切ります。」
ディーラーが静かにボールを転がす。カチカチと音を立てて回るボールが、俺の賭けた数字の上で止まった。
「……大当たり!!」
周囲から「おおおぉっ!!」という凄まじい歓声が湧き上がる。
俺の手元に、山のようなチップが舞い戻ってきた。
「ご、ご主人様、凄すぎます……!」
セツナが俺の腕に抱きつき、レイアが信じられないものを見る目で俺を見つめる。
初めてのカジノで、まさかの大勝。
「……まあ、運が良かっただけだ。」
俺は山のようなチップを眺めながら、不敵に口角を上げた。
ブルーオアシスでのバカンスは、どうやら俺たちの予想を遥かに超えた熱い思い出になりそうだった。
俺たちはニヤリと笑い合い、さらなる高みを目指して、カジノの奥深くへと足を踏み入れるのだった。




