表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
洞窟を快適にしていただけなのに、なぜか魔王のダンジョン扱いされています 〜クモ女子高生の巣作り生活〜  作者: 湿度管理係


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/37

第20話:禁断の果実と幸せな迷い子たち

冒険者ギルド『銀の翼』の片隅は、昼だというのに妙に熱を帯びていた。

炉の残り香、革の軋む匂い、鉄と汗が混じった空気。その中で、若手三人組は一枚の報告書に頭を寄せ合っている。


紙の上には、見慣れた名があった。

――アルド。特級探査員。


「……なぁ、やっぱりヤバいんじゃないか? “警戒対象引き上げ”って書いてあるぞ」


斥候のルカが眉をひそめる。だが、その声には恐怖よりも、むしろ“興味”が混じっていた。


「そこだけ読むなって。ほらここ」

剣士のカイルが指で叩く。

「“資源価値あり”。それに、魔石も持ち帰ってる。完全な立入禁止なら、こんな書き方しねえって」


魔術師のミナが腕を組む。


「つまり、“危険だけど美味しい”ってことね。ベテランが警戒する場所は、逆に言えば入口付近は荒らされてない……」


「そういうこと!」

カイルがにやりと笑った。

「奥まで行く必要はない。入口だけで稼ぐ。いつものやつだ」


ルカが報告書を閉じる。

その表紙を、指で軽く弾いた。


「……“魔王の可能性あり”ねぇ」


冗談めかした言葉。

だが、三人ともそれを本気では受け取っていなかった。


「魔王なんて出るなら、とっくに封鎖されてるって」

カイルが肩をすくめる。

「今はまだ“変異途中”。だからこそ、稼ぎ時って事だ」


ミナも小さく頷く。


「……行きましょう。深入りしなければ、ね」


決まった。

軽やかで、少しだけ無謀な決断。


彼らはまだ知らない。

その“軽さ”こそが、この迷宮と最も相性がいいということを。


数時間後。


三人は問題の洞窟――通称「名もなき魔宮」の前に立っていた。


そして、全員が同時に言葉を失う。


「……え、なにこれ」


ルカがぽつりと漏らす。


そこにあったのは、洞窟ではなかった。


白い糸で編み上げられた巨大な門。

繊細なレース細工のように、幾何学模様が光を受けて淡く輝いている。


「……綺麗すぎない?」

ミナが呟く。


「おい、触るなよ」

カイルが即座に制止する。

「報告書。糸は全部、感知系の可能性ありだ」


ルカは手を引っ込め、代わりにじっと見上げた。


「……でもさ。これ、“入っていいよ”って顔してるよな」


その言葉に、誰も否定しなかった。


威圧ではない。

拒絶でもない。


そこにあるのは――妙な“歓迎感”。


「……い、行くぞ」


アルドほどの慎重さはない。

だが、無鉄砲でもない。


三人は自然と間隔を取り、門をくぐった。


一歩。


すっと空気が変わる。


「……やけに静かだな」


カイルが低く言う。


音が、やわらかく吸われるような感覚。


通路は半透明の糸で覆われていた。

壁も、天井も、床すらも。


「うわ……全部、糸じゃん」


ルカが目を細める。


その時。


ぴくり、と。


視界の端で、糸がわずかに揺れた。


「……今の見た?」


「触れてないわよね」

ミナが小さく呟く。


「……なんか見られてる感じ、するな」


だが、恐怖は長続きしなかった。


理由は単純。


「……うわ、なんだこれ」


ふわり、と。


白い何かが視界を横切る。


綿毛のような、小さな魔物。

それが、虹色のシャボン玉を吐きながら、のんびりと漂っていた。


「……可愛くない?」

ミナの声が少し柔らかくなる。


「攻撃してこないな」

カイルが剣の柄に手をかけたまま言う。


ルカがそっと近づく。


シャボン玉が頬に触れた。


「……ん? ちょっと変な匂いするけど……別に痛くはない」


「……罠かもしれないぞ」

カイルが言うが、その声には先ほどまでの緊張がない。


魔物が無害に見えると、人は簡単に気を緩める。


それは、迷宮が持つ“古典的な魔法”だ。


「……まぁいい。先、行こう」


二階層。


足を踏み入れた瞬間、三人は揃って立ち止まった。


「……え?」


床が、柔らかい。


ふかふかと沈む、淡い緑の絨毯。


「……なんだここ。気持ちよすぎない?」


ルカが思わずぴょんと跳ねる。


足音は消える。

気配も薄れる。


「……音が完全に消えてるわね」

ミナが周囲を見渡す。


そして。


ふわり、と香りが届いた。


「……なんだかいい匂いするなぁ」


カイルの腹が小さく鳴る。


視線の先。


そこには、奇妙な“菜園”が広がっていた。


丸々とした実をつけた苗。

蓋付きの容器のような果実がなる木。


「……これ、何だ?」


ルカがしゃがみ込む。


ひとつ、転がっていた実を拾う。


ぱか、と割れる。


中から現れたのは――


「……肉?」


三人が固まる。


「いや、いやいや……」

カイルが半笑いで首を振る。


「そんな都合いい――」


ルカが、一口かじった。


「…………」


沈黙。


「……ど、どうだ?」


カイルが聞く。


ルカはゆっくり顔を上げた。


「……やっばい」


その一言。


「うーっま。これ……やば‼ うっま!」


ミナが目を見開く。

カイルも思わず手を伸ばす。


数秒後。


「……なんだこれ」

「美味しすぎるでしょ……」


三人は完全に黙り込んでいた。


味が、理屈を追い越している。


「……持って帰ろう」

カイルが言う。


「売れる。これ絶対売れる」


「うん……」

ルカも頷く。


ミナも、もう止めなかった。


危険はある。

だが、それ以上に“価値”がある。


そう判断してしまった。


帰路。


ふと。


影が、走った。


「……っ」


ミナが振り返る。


何もいない。


だが。


次の曲がり角で、また一瞬、黒い影が滑る。


「……今の、見た?」

「見た」


ルカが短く答える。


「……ついてきてる?」


「わからん」

カイルが低く言う。


だが、追ってこない。

襲ってもこない。


ただ、一定の距離で“いる”。


「……監視されてる感じか?」


「それとも……誘導とか?」


結論は出ない。


だが、三人は自然と足を速めた。


そして。


気づけば。


入口が見えていた。


「……出れた」


誰も止めなかった。


深追いしない。


それが、彼らなりの“正解”。


その日の夕方。


ギルドは騒然としていた。


「なんだこの肉!?」

「どこで手に入れた!?」


香りが空間を支配する。


三人は得意げに笑った。


「例の洞窟だよ」

「危険だけどな、入口近くなら問題ない」


ざわめきが広がる。


恐怖と、欲望。


その両方が混ざり合う。


その隅で。


アルドは静かにそれを見ていた。


「……なるほど」


低く呟く。


「“排除”じゃなく。“選別”か」


危険すぎる者は弾く。

だが、欲に素直な者は――通す。


「……うまくできてる」


彼は目を細めた。


報告書に、新たな一文を加える必要があった。


『低層において資源採取可能。ただし――』


ペンが止まる。


そして、ゆっくりと書き足す。


『長期的な影響は不明。継続的接触は推奨されない』


その頃。


迷宮の奥で。


「やったー!」


真央がぴょんと跳ねた。


「誰か食べてくれた! 絶対そうだよね、ピップ!」


「……ああ」

ピップは静かに頷く。

(完全に“餌付け”が成立したな……)


「どうしよっかな~次!」

真央はくるくる回る。


「デザートも必要よね!?お菓子の家とか? あと飲み物! スープバーとか!ジュースの泉とかどお?」


彼女の頭の中では、すでに次の改装が始まっていた。


外では。


「もう一回行こうぜ」

という声が、静かに増えている。


迷宮は今日も。


優しく、柔らかく、

そして確実に――人を招いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ