第21話:夢のプレイランドと甘い罠
「いやぁ~、いい感じだと思わない?」
私はサロンのふかふかしたソファに深く体を沈め、糸で編み上げたような不思議なモニターを覗き込んだ。
画面の向こう、洞窟の入り口からは冒険者たちがぽつりぽつりと姿を現す。
誰も走っていない。焦ってもいない。
その手にはしっかり“お土産”が握られていて。
なにより、その表情。
「ふふん……」
思わず口角が上がる。
「完全に満足しちゃってる顔だよね」
行儀悪く、空中で足をぱたぱたと揺らした。
足取りが軽い。まるで見えない羽でも生えているみたい。
「やっぱり『食』の力って絶大だわ……」
そのままごろんと寝転がって、高い天井を見上げる。
「危なくないし、美味しい。おまけにちゃんと戦利品も持ち帰れる」
足を一本立てた。
「これで来ない理由なんて、ないでしょ?」
さらにもう一本。
「しかも、次もまた来たくなる仕掛け」
ふすふすと喉を鳴らす。
「いいわぁ……すごくいい流れじゃん」
がばりと身を起こし、もう一度モニターに目を向ける。
冒険者たちは何やら楽しげに談笑しながら帰路についていた。
あの様子なら、今回の試みは文句なしの“成功”ね。
「でもぉ~」
私はぴょこんとソファから飛び降りた。
「これだけじゃ、ちょっともったいないと思うわけよ」
その場でくるりと一回転。
「食べて帰るだけなんて、なんか普通すぎてつ~まらないわ~」
自分で言っておきながら、少し首をかしげる。
「そう。ここは“普通じゃない場所”なんだから」
にやり、と唇の端を吊り上げた。
ぱん、と景気よく手を叩く。
すると、目の前の空中に糸で編まれた設計図が鮮やかに広がった。
三階層。まだ余白ばかりが目立つ、未完成のキャンバス。
「ここを――こうしてっと」
指先で空をなぞると、光の線がしなやかに伸びる。
それらが複雑に絡み合い、重なり、新しい形を成していく。
「今回のテーマは……」
もう一度、くるんと回る。
「“ドリーム・プレイランド”よ!」
誰もいない部屋で、私は自信満々に胸を張った。
「そう、遊び場。ただ歩くだけなんて退屈だし、見て終わりなんて論外」
両手を大きく広げる。
「やっぱり体験してもらわなきゃ、意味がないもの」
設計図の一部を指で弾くと、弾力のある構造体がぷるんと浮かび上がった。
「まずはこれ! 【空中トランポリン・ネット】」
「高いところでぴょんぴょん跳ねるのって、理屈抜きに楽しいじゃない?」
幾重にも重なる網が広がっていく。
しなやかだけど、強靭。
「落ちても大丈夫。ただ跳ね返るだけ」
くすっと笑いながら、少しだけ声を潜める。
「……でもね」
足先で糸を弾く。びりり、と空気が震えた。
「壊そうとする悪い子は、許さないんだからねぇ~」
にやり。
「だから、優しく注意してあげるの。まずは足にちょんっと触れて、“危ないですよー”って」
糸がするすると伸びる。
「それでもやめなかったら、ぎゅっと固定。“落ち着こうね?”って。で、最後は……」
足をぐるぐると回す。
「……ミノムシじゃい!」
満足げに頷いた。
「うん、段階を踏んでる。我ながら優しいわ」
「次!」
別の場所を叩くと、今度は虹色の泡がふわりと立ち上がった。
「癒やし担当、【不思議なシャボン玉プール】!」
きらきらした泡が空間を埋めていく。
「疲れた冒険者はここ。柔らかくて、温かくて……ちょっとだけ甘い香り」
うっとりと目を細める。
「最高でしょ? ……もちろん、行儀よくしてる分には、ね」
泡がパチンと弾ける。
「暴れたり、攻撃したり、変な真似をしたら――」
足と足を鳴らす。
「ちょっとだけ、激しく弾けちゃう。……まあ、そこそこね」
肩をすくめて笑う。
「普通に遊んでる分には、なーんにも問題ないんだから」
そして、設計図の中心。一番広い空間を指し示す。
「これがメイン! 【暗闇のどきどき迷路】」
ぱっと手を広げると、光を吸い込むような漆黒の通路が現れた。
「見えない、聞こえない、わからない。ドキドキするでしょ?」
子供みたいに笑う。
「でもね、出口はちゃんとあるの。いい子にだけは、影が案内してあげる」
「こっちだよ」と小さく囁いて。
「でも」
影を濃く落とし、にっこりと笑う。
「畑を荒らしたり、ルールを破ったり。私を困らせる悪い子には……」
指をくるんと回す。
「ちょっとだけ、追いかけっこ。楽しいわよ、きっと」
自分で自分にこくこくと頷く。
遊び、癒やし、そして誘導。
「完璧。遊べて、休めて、また来たくなる」
指を折って数える。
「危なくない。でも、ルールはある」
「なんて優しい世界なのかしら」
本心からそう確信して、私は思いついたようにペンを走らせた。
空中に浮かぶ文字。
『マナーを守って、楽しく遊んでね☆』
語尾に星を添えるのも忘れない。
「うん、かわいい! これで迷わないわね」
設計図を閉じ、再びソファへ。
モニターの中では、まだ冒険者たちが楽しそうに笑い合っている。
「……いい感じ」
ぽつりと呟く。
拒まないし、追い払わない。
ただ、最高の場所を用意してあげるだけ。
「来たい人が、勝手に来ればいいの」
それだけなのに。
「ふふ」
細めた目の奥に、確信が宿る。
「また来るわね、あの顔は。……次はデザートエリアも作っちゃおうかしら」
足先で空に「お菓子の家」を描く。
迷宮は静かに、甘く、優しく。
そして二度と抜け出せないほど心地よく、今日も整えられていく。




