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洞窟を快適にしていただけなのに、なぜか魔王のダンジョン扱いされています 〜クモ女子高生の巣作り生活〜  作者: 湿度管理係


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第16話:みんなでごはんとダンジョン設計

「――ぐぅぅぅ。あー、もう無理。お腹空いたわ。血糖値が限界」


私はソファからぴょこんと飛び降りる。お嬢様たるもの、空腹に負けてはならないけれど、こればっかりは生理現象だ。


「ちょうどいいわね。あの子たちにもごはんの時間にしましょ。今日はちょっと豪華にしてあげるんだから!」


すちゃっと立ち上がり、糸を編んで作ったバスケット(持ち手にはフリル付き)を手に取った。中には、さっき仕込んでおいたトカゲ肉のミンチと、甘い蜜キノコのフィリング。


「よーし、みんなでお食事会よ!」


向かったのはサロンの外――テラス(という名の剥き出しの岩棚)だ。

そこには、私の「おもてなし」で丸々と太ったちび蜘蛛ちゃんたちがわらわらと集まっている。


そして、その隅っこに。

やたらと存在感のある、真っ黒でトゲトゲしい塊。


「クロ丸ー! ほら、こっち来なさいよ」

「……あ、あるじ……」


巨大な体をこれでもかとぎゅっと縮こまらせ、クロ丸がそろりそろりと近づいてくる。

見た目は完全に「死を司る魔獣」なのに、動きが震える子犬そのもの。……いや、子蜘蛛か。


「なによその遠慮。もっと堂々としなさいって。あなた、もう私の『家族』なんだから」

「……かぞ……く……」


クロ丸の脚が、ビクンと大きく震えた。

その言葉を、何か宇宙の真理でも受け取るような重厚さで噛み締めているらしい。


(……僕は、ここにいていいのか。奪わなくても、ここに。……この方の、隣に……?)

必死すぎて今にも涙(あるいは毒液)が溢れそうな目で見つめられる。重い、重いわよ忠誠心が。


「はいはい、難しい顔をしない! 今日はごはん係を任命するわ。ほらこれ、スプーン」

私は糸で作ったヘラを、クロ丸の剛毛な脚に無理やり押し付けた。


「この子たちのリーダーとして、しっかり『あーん』してあげて」

「……あーん……?」


ぎこちない、機械のような動きでクロ丸がちび蜘蛛の前に膝(?)をつく。

「……あ、あーん……」


ぺた。

ミンチを乗せたヘラを差し出されたちび蜘蛛は、一瞬きょとんとした後、ぱくっ! と勢いよく食らいついた。


「きゅっ、きゅるる!」

嬉しそうに跳ねるちび蜘蛛。


クロ丸の動きが、完全に停止した。

「……たべた……」

「当たり前でしょ。ごはんなんだから」

「……にげない……。ぼくを……ころそうと……しない……」


「逃げる理由なんてないでしょ? 美味しいんだから」

クロ丸の中で、何かがまた一つ、音を立てて崩れ去った。


(……奪わなくていい。競わなくていい。……『分け与える』ことで、世界が笑う……?)

「……あるじの……じひ……。」


「何ブツブツ言ってるの。ほら次の子いきなさい、列が詰まってるわよ! 効率よく回して!」

「……あ、あーん! ほら、たべる……たべるがいい」


必死の「あーん」タイム。そのシュールな光景を眺めながら、私は満足げに頷く。

「いいわねぇ。これぞ平和って感じ。」


横で腕を組んでいたピップが、こめかみを押さえながらぼそりと呟いた。

「……平和、か。お前の辞書にはそれしか載っていないのか」


「なによ。文句ある?」

「いや……お前の言う『平和』が、周辺諸国にとってどれほどの脅威になるかを考えていただけだ」


「何言ってるのよ。みんなでごはん食べて、オシャレして、楽しく暮らす。これ以上に正しいことなんてないわ」

私は当然のように言い切る。


ピップは少しだけ目を細めた。

「……なるほどな。極限の飢餓を生き延びた者にとって、それは最上の『救済』だ。だが同時に――」

ピップはちらりとクロ丸を見る。


「それは、お前という『異常』への絶対的な帰依を生む。……まあいい。お前はこのダンジョンを、最終的にどうするつもりなんだ?」


「え? 決まってるじゃない」

私はくるりと振り返り、八本の脚を優雅に広げてポーズを決めた。


「最高に『楽しい場所』にするのよ!」

「……楽しく?」


「そう! 遊びに来た人がワクワクして、最後には『楽しかったー! また来たい!むしろ住みたい!』って笑顔で帰れる場所!

入口はね、糸をレース編みにしてふわっとしたアーチにするの。

床は全面、高反発のふかふか仕様!

迷わないように誘導の光もつけて、最後には豪華なお宝なんかも設置しちゃうわよ!」


完全にテーマパーク構想。蜘蛛目線のディズニー○ンドである。


クロ丸が、その複眼をキラキラと輝かせた。

「……みんなが……わらう……ばしょ……。あるじ……すごすぎる……」

「でしょー?」


一方、ピップは悪い顔で関心していた。

「……なるほど。『楽しませる』ことで防衛本能を完全に麻痺させ、獲物を自ら最深部まで誘い込むわけか」


「はぇ?」

「見事だ。恐怖で退けるより遥かに効率的で、遥かに悪質だ。自ら進んで胃袋に飛び込ませる、甘い毒の構造……。まさに魔王の策だな」


「ちょっと、なんでそうなるのよ! 私はただのおもてなし好きな家づくり担当よ!」

「……そうだったな。お前の『親切』が、一番タチが悪いんだった」


「失礼ね! クロ丸、あなたも手伝ってね!」

「……はい、あるじ……!! ぼく、このいのち……すべてを、あるじのゆめのために、つかう……!!」


「いや、重いのよ言い方が! 肩の力抜きなさいって!」

思わず突っ込むけれど、クロ丸はもう止まらない。彼は今、聖戦に挑む騎士の顔をしている。


「とにかく! 明日から大工事よ! 快適で、可愛くて、最高に楽しい迷宮にするんだから!」


――その裏で。

触れた瞬間に不可視の糸で絡め取るレースのアーチ。

侵入者の足音を消し、逃走を物理的に不可能にする超高反発の粘着床。

そして「あーん」の恩義に命を懸けた、最強の守護蜘蛛。


すべてが「おもてなし」という名の、世界一贅沢で、世界一逃げられない狩場へと作り変えられていく。


「楽しみねぇ、ピップ!」

そんな未来を、私は微塵も疑っていなかった。


「……ああ。(※人類の終わりの始まりだな)」

「……うん! あるじ……!!(※邪魔者はすべてやつざき)」


やる気満々の主と、狂信に燃える右腕と、全てを諦めた解説役。

世界で一番やさしくて、世界で一番物騒な「魔境」の建設が――

にぎやかに、そして着実に始まったのだった。

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