第17話:夢の迷宮リフォーム計画
「……大工事よ!」
と、高らかに宣言してから一晩。
私は今、毒かわゴシック・サロンの中心にいたわ。
目に優しすぎるパステルカラーのソファに、ゆらゆら揺れる自作の糸カーテン。壁を這わせた装飾用の銀糸は、私の魔力を吸って真珠みたいに淡いきらめきを放っている。
視界に入るものすべて、私のセンス。
空気の温度まで、私の理想。
「はぁ……尊い。無理。ここから一歩も動きたくない。もう一生ここで溶けてたいわぁ……」
昨日の気合はどこへやら、ソファの海にダイブした私は、細胞レベルでデロデロに溶けそうになっていたわ。クリエイターっていうのはね、構想を練り上げた瞬間がピークで、そのあとは賢者タイムが来るものなのよね。
心地よい静寂の中、うつらうつらとしていた、その時よ。
「……おい、マオ」
奈落の底から響くような、現実に引き戻す声。
「いつまでナメクジのように転がっているつもりだ」
見上げれば、ピップが腕を組んで、ゴミを見るような目で私を見下ろしていたわ。
「いいじゃん。完成の余韻に浸るのはクリエイターの義務ですよぉ~。」
「余韻が長すぎだ。……いいか。問題は、お前が自分の『巣穴』だけ整えて満足しきっていることだぞ」
「……問題?」
ピップは、ゆっくりと視線を巡らせたわ。
「お前はこの迷宮の主だろう。自分の居室だけデコって、肝心の『本体』を放置するつもりか? 管理を放棄したダンジョンなんて、ただの湿気た穴ぐらだぞ」
――あ。
その一言で、私はバネ仕掛けみたいに跳ね起きたわ!
「やってしまったわ!!」
そうじゃん! 完全にマイルーム制作に没頭して、外装のことを忘れてた!
「あらやだ! もぉ~! お嬢様としたことが、お客様への『おもてなし』を忘れるなんて……! UX(ユーザー体験)の欠如よ、これは大問題だわ!」
私はダッシュでダンジョンコアへ駆け寄ったわ。そうだ、ここはただの引きこもりシェルターじゃない。来訪者を迎える、私のアトリエ(迷宮)なのだ。
「よーし……やるわよ。迷宮、リフォーム開始!」
「待て、落ち着け。一気にやりすぎるなよ。さっきの改装で魔力は食ったはずだ。また機能停止するぞ」
「わかってるってば」
私はくるりと振り返って、ニヤリと不敵に笑う。
「全部一気にやるなんて野暮な真似はしないわ。まずは――エントランス(入口)。ここが全ての始まりなのよ!」
私は意識をコアの深淵へと沈めた。視界がぶわっと広がる。
迷宮の入口……そこにあるのは、ただの無骨で真っ暗な岩の穴。湿っぽくて、冷たくて、ぬちぬちした泥が足元にまとわりつく最悪の環境。
「……地味ね。絶望的に可愛くないわ。まずは除湿、そして整地よ!」
私はコアを操作して、しなやかで強靭な銀糸をシュルリと伸ばした。
「まずはここを、一瞬で心を掴む『映える』ゲートにデコレーションして――」
細い糸が、生き物みたいに岩肌をなぞる。
縁取り。重ね。緻密な編み込み。
やがて――巨大な円形の「レース状の門」が、入口を華やかに覆い尽くした
「どう? 蜘蛛の巣モチーフのレース・ゲート! 私のブランドロゴみたいなものね、完璧にかわよくない?」
光を透かしてきらめく糸は、繊細なドレスの裾みたいで、どこか神聖ですらあるわ。
「……なるほどな。侵入者に心理的障壁を与え、儀式性を高める装置か」
「違うわよ! 『おしゃれなカフェの入口』だって言ってるの!」
私は構わず中央に糸を集中させ、仕上げのシンボルを設置した。
「はい、センター・オブジェ完了!」
「……牙の角度、殺意が高すぎないか?」
「芸術はインパクトとエッジが命なのよ!」
さらにその奥、私は糸を幾重にも重ねて、半透明のトンネルを作り出したわ。
柔らかいヴェールのような、あるいは巨大な繭の内部に迷い込んだような、不思議な光の道。
「ファンタジー・トンネル! 迷い込んだ瞬間に日常を忘れさせる演出よ!」
「……視界を白濁させ、方向感覚を狂わせる誘導路か。逃げ場を失った獲物は、前に進むしかなくなるな」
ピップの声はやけに納得しているけど、解釈が物騒すぎて怖いわね。
「癒やしの空間なの! 非日常でリラックスするの!」
私は最後に仕上げの「迫力」を追加したわ。大量の糸を束ねて、左右からグワッと持ち上げて――。
「じゃーん! 蜘蛛の足アーチ! 八本の脚でお出迎えよ!」
巨大な脚が、門を抱き込むように湾曲するダイナミックな造形。
ピップはしばらく沈黙したあと、ぽつりと言ったわ。
「……ここを潜るには、相当な覚悟が必要だな。生半可な精神なら、門の手前で足がすくむぞ」
「でしょ!? 冒険心がくすぐられてワクワクするよね!」
私は満足して頷いた。コアの奥が、じんわりと熱を帯びている。活動限界のサインね。
「今日はここまでにしとこ。少しずつ作り込むのが、長期運営のコツなんだから」
ふぅ、と一息つく私の横で、クロ丸がゲートをじっと見上げていた。
「どうしたの、クロ丸?」
「……あるじ。ここ……きれい……」
ぽつりと零れた言葉は、掠れて、震えていたわ。
「あはは、頼もしいわね! 最高の案内係として期待してるわよ!」
私は満足げに、スキップ混じりでサロンへと戻ったわ。
次は二階層の「ふかふか絨毯エリア」……楽しみすぎて眠れないわ!
弾む私の声が、静まり返った迷宮にこだまする。その背中を見送りながら、クロ丸はわずかに視線を落とした。
(……あるじ。ぼくの、いのち……ここにある)
ピップはそんなクロ丸を横目で見て、小さく息を吐いたわ。
「……焦るな、クロ丸。お前の『仕事』は、これから嫌というほどやってくるさ」
迷宮はまだ、産声を上げたばかり。
私の「おもてなし」で皆が喜ぶ姿が目に浮かぶわ!




