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王太子妃(仮)でしたが、聞いたこともない予言のせいで追放されました。ですから、今さら呼び戻されても困ります。  作者: 實藤圭
2章:王都に降る雨

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第28話 聖女として

「……もう、戻れないんだな」


 玉座の前に立ち尽くしたまま、リオネルはつぶやいた。


 床に敷かれた赤絨毯の先、無人の玉座が、まるで責めるようにそこにある。


 しんと静まり返った謁見の間。


 外ではまだ雨が続いているのか、窓を濡らす音がその気配を伝えている。




「……殿下」




 どれほどの間があっただろうか、背後に控えていたミラが、リオネルに声をかけた。

 リオネルは力なく振り返ると、ゆっくりと玉座に腰を下ろす。

 顔を上げると、ミラがまっすぐにこちらを見つめていた。




「……リオネル様」




 言葉は穏やかだが、彼女のその視線はリオネルの瞳を捕らえて離そうとしない。

 リオネルは無意識のうちに、その視線から逃れるように目を逸らす。




「……やはり、見て下さらないのですか……」 




 はっとするリオネル。


「いや、そういうわけでは……」


 ミラは、小さく笑った。




「……それでは……ミラは、リオネル様を、あまり見ないようにいたします」




 ミラは悪戯っぽくそう言うと、僅かに斜め下に顎をやった。


 雨の湿気を帯びてか、うなじにまとめられた髪が妙に艶っぽい。

 リオネルは、どことなく居心地の悪さを感じ、玉座から立ち上がるとミラに背を向けた。


「ミラよ、用がないのであれば……」


 言いかけたリオネルを、遮るようにミラは切り出した。




「殿下──本日参りましたのは他でもございません。神託の件で、少々お話ししたきことがございます」




 リオネルが視線を戻す。


「神託?」


 視線の陰で、ミラの目元が微かに緩む。


「実はひとつ……どうしても、気になることがあったのです」

「”闇を孕みし者”であったクラリスはすでに追放した。まだ何かあったというのか?」


 ミラは両手を胸元に重ね、祈るように目を伏せたまま続けた。


「神託の予言ですが、リオネル様もご存じのように、最後には、”闇と光交わるとき、……すべてを流さんとす”とございます」

「うん」

「……この一節だけが、ずっと胸に残って離れないのです」


 ミラの声が、わずかに震える。

 リオネルは、じっと彼女を見つめていた。


「これは、”闇と光”、二つの秩序が手を取り合うこと、長らくそう解されてきました」

「……それが?」

「二つの秩序が何を指すのか、誰も深くは問わなかったのです」

「必要が無かったのだろうな」


 リオネルが小さく頷く。


「ですが、”聖の座を汚す者”が現れた今──」


 ミラは一つ息を吐くと続けた。


「二つの秩序とは、この国を治める二つの秩序、つまり”王家”と”教会”を指しているのではないのかと……」


 彼女の声は、決して大きくはなかった。

 だがそこには、迷いと、決意と、聖女としての戒めが複雑に絡んでいた。


「そして、それは──神は、”私たち”に国を清めよと、命じていらっしゃるのではないかと──思えてならないのです」

「……何が言いたい」


 リオネルの声には、怒りも驚きもなかった。ただ、静かな確認だった。

 ミラはわずかに唇を噛み、ふるふると首を振った。


「──リオネル殿下と、わたくし……ミラ・セレスタが、手を取り、交われと──」


 ミラの声だけが静かに謁見の間に広がる。


「私は、神の言葉を都合よく解釈するような者にはなりたくありません。けれど……けれど、聖女である私が、“王太子妃になれ”などという神託を信じたとき……それは──聖女であることを、自ら捨てることになります……」


 その震えながら祈るような声に、リオネルは動けなかった。


 ──聖女は神に仕え、捧げられた身。王家に嫁ぐなど前例がない。いくら神託とはいえそんなことが──


「可能なのか?」

「そうなのです……そんなことが、許されることなのでしょうか? 誰かのために生きることが、”聖女”なのだと信じてきました。しかし、神は”聖女”でありたいと思うのであれば、”聖女”であることを辞めよとおっしゃる──私はいったいどうすれば──」


 ミラの声はそこで途切れた。小さな嗚咽が吐息に混じる。

 リオネルは、気づけばその手を伸ばしていた。




「──君は、間違っていない」




 ミラがはっと顔を上げる。

 その目には、涙が滲んでいた。


「君が王太子妃になれば、誰かがそれを咎めるだろう。でもそれが、神の言葉なのであれば、僕は君を否定しない。聖女としての君も、そうでない君も──僕は、君を必要としているのだから」


 ──神の言葉。


 リオネルはその言葉をもう一度反芻していた。

 国の王たるもの、神の言葉の一つや二つ、飲み込めなくてどうする。

 それに、口に合わなければ吐き出せばよい──


 リオネルが優しく微笑み、ミラの手を取る。

 ミラの目から、ひとしずく、涙が零れた。


「先ほどの、神託の解釈については、まだ、誰にも話していないのだろう? 教会にも確認してもらおう。一度叔父上に相談するといい。大司教ならきっと良い答えを見つけてくれるはずだ」


 リオネルは安心させるようにそう言った。


「確かに。おっしゃる通りですわ、殿下。一人で考えすぎてしまっていたようでした……大司教猊下ならば、わたくしを導いて下さるに違いありませんわ」


 ミラはリオネルの手を握り微笑んだ。

 その瞳は、どこまでも深く澄んでいた。



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