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第96話 散華の光と因縁の再会

 王国最強と謳われた男は、耐えがたい苦痛の中で覚悟を決める。騎士としてのプライドと責任が、最後の力を振り絞らせる。もはや勝利ではなく、ここで役目を果たすという一点に、その精神は収束していた。身に着けた鎧の中に仕込まれた光の術式に、自分の命の魔力をすべて注ぎ込む。自らを火薬として炸裂させる、高性能の光殲滅魔法だ。鎧の隙間から淡い光が滲み出し、まるで鼓動のように明滅し始める。


 アイオワの精神力は、それだけでは終わらなかった。極限の状況の中でなお、彼は「勝ち筋」を組み立てていた。ズズズズズ……自らの身体を貫いた真紅の爪から、逆にノワールの魔力を引き寄せる。その動きは荒々しくも確実で、逃がすまいとする執念が込められていた。


「なんですって!? まだこんな力があるとは……恐ろしい男」


 余裕を崩された声がわずかに震える。


「へへへ……一緒に派手な花火をあげようぜ。てめぇの魔力も燃料にしてやる」


 血に濡れた口元で笑う。その姿は騎士というより、覚悟を決めた殉教者そのものだった。


「くっ……離せ、小僧! んん……振りほどけない!」


 ノワールの動きに焦りが混じる。だが、既に遅い。最後の力を振り絞り、仇敵の魔力を引き寄せるアイオワ。卑劣な敵の魔力と共に、彼の脳裏にノワールの記憶も流れ込んでくる。意図せぬ共有――だがそれは、彼に一瞬の理解を与えた。


 遠い過去……闇の女神の信者として、多くの戦災孤児を育てた優しいシスターだったこと。笑顔で子供たちの頭を撫でる姿。光の女神の騎士たちに攻め込まれ、平穏な日々も、子供たちもすべて失ったこと。なにもかも焼け落ちる光景。復讐に身を焦がし、やがてアンデッドになったこと。無残な敗北とイノカワ一族から受けた屈辱の日々。 そして最後に……アズマ少年と出会って得た愉快なひと時。その記憶だけが、どこか柔らかかった。


「ノワール……あんたも苦労してきたんだな」 


 敵に向けた言葉とは思えない、静かな声音だった。


「離せ! 私はお前程度と刺し違えるつもりはないわ!」 


 拒絶。しかしそこにわずかな揺らぎがあった。


「まあ……そう言うなよ。好きな女の顔を見ながら死ねるのも悪くないぜ」


 軽口のようでいて、それは本音だった。


「馬鹿者が! 離せぇー!」


「セリア……聞こえてたら謝るぜ。約束を守れなくてすまん」


 最後の言葉。届くかどうかも分からないまま、男はそれを残した。


 ――カッ! アイオワの言葉が終わると、眩しい光が二人を包んだ。圧縮された光が一瞬で解放される。凄まじい轟音と爆風が周囲の廃墟をさらに吹き飛ばしたのち……二人がいた筈のそこには、何も残っていなかった。爆発の余韻だけが、遅れて場を支配する。


 アイオワもろとも、ノワールも消滅したみたいだった。戦いの痕跡すら残さぬ、完全な消滅だった。 あまりの結末に、僕らも光陣営も言葉を失う。ただセリアだけは、大粒の涙をこらえることなく泣き崩れていた。普段の威厳など微塵もなく、ただ一人の女として。


***


 聖女ディアリーに憑依しているアストリアが口を開く。


《なんなのよー。拍子外れだわ。王国最強騎士ならきっちり勝ちなさいよ!》


 軽い調子。その温度差に、場の空気がさらに冷え込む。


 ダークエルフのイリスに憑依しているディスフィアもそれに続く。


《おいおい……せっかくわしが最強のアンデッドにしてやったというに。引き分けとはのうー》


 まるで遊戯の結果に不満を漏らすような口ぶりだった。女神たちは、闇と光の戦士たちが互いの命を燃やして散華した事実よりも、ゲームが引き分けになったことがご不満のようだ。その無機質な価値観に、僕はぞっとする。


「ディスフィア様……ノワールが死んだのが悲しくないのですか?」


《何を言っておるのだ、良一郎。今はゲームに集中するのじゃ。勝てばよいのだ。勝てばどうにでもなるでな》


 あまりにも割り切った答えだった。


 光の勇者・大平さんも血の気が引いていた。


「アストリア様……こんなでたらめな戦いなんて……僕は戦えないですよ!」


《何をいまさら言うの。君は地球でも類まれな戦闘民族……日本人じゃない。つい150年ほど前まで刀を持って敵を屠り、その首を飾っていたのを忘れたの?》


「そんな、大昔の武士じゃないですし……」


《80年ほど前まで、世界を相手に国家が滅亡する寸前まで敵を殺し続けてたよね。君もアズマも、なぜ選ばれたのか自覚してよー》


「そんな……僕らが日本人だから……好戦的で残虐な民族だって……そう思われてたなんて……」


 価値観の相違に、大平さんの声が弱くなる。


《さあゲームを再開しましょう。魔王アズマ。駒を動かしなさい》


***


 僕は大平さん同様に、光の女神から放たれた「日本人観」にショックを受けていた。だが落ち込む暇もなく、ゲームを進めるよう促される。盤上の空気が、次の一手を強制してくる。周りの仲間はまだ戦意を失っていない。むしろ高揚している者もいる。自軍の誰を向こうの誰にぶつけるか悩んでいると、アシュレイが助言をくれる。


「アズマくん、軍師としてわたしがアドバイスする。勝ちましょう。勝てばノワールも復活できると思うの」


 その言葉が、わずかな救いになる。


「わかりました……じゃあ誰で行きますか?」


「ユリシアで。相手はシャルル王子よ」 即断だった。


「わかりました! ユリシアさん、行けますか?」


「ホーッホッホッホッ。望むところですわ。因縁の相手です。是非お願いしますわ」


 その笑いの奥に、燃え盛る感情がある。


「じゃあ、ユリシアをシャルルへ!」


 僕がそう言い放つと、ユリシアが桂馬のようにマスを飛び越えてシャルル王子のマスに突入する。迷いのない動きだった。二人の身体が盤上から消え、再び遥か頭上の戦闘空間に転送されていく。


 新たなフィールドは、二人に因縁深いリミュエール王宮の大庭園だった。かつての幸福な記憶と、決裂の記憶が重なる場所。王国の後継者として生まれた男子と、王国最高の血筋を引く姫として生まれた女子。二人は国が決めた許嫁であり、婚約者だった。


 だが、その関係は壊れた。彼女の運命が狂い始めたのは、魔法学園に平民ながら首席合格で入学してきた聖女ディアリーが現れたことだった。最愛のシャルルはディアリーを信奉し、やがてユリシアを蔑ろにする。視線が逸らされるたび、言葉が減るたび、心が削れていった。


 多くの紆余曲折があり、遂に爆発したユリシアは、本当にあちこちを爆発魔法テロで吹き飛ばし……現在に至るのである。笑い話にするには、あまりにも歪んだ結末。ユリシアの狂気の元凶こそ、シャルル王子とディアリーだった。


「お久しぶりですわね、殿下。ご機嫌麗しゅう」


 優雅な挨拶。しかしその裏には激情がある。


「ユリシア……君と本気で戦うとはね。残念だよ」


「それは、私に勝てるという事ですの?」


「ああ……君に施された魔法制御の印はまだ生きてる。魔力を全開放できる僕に敵うとでも?」


「私が今もポンコツか、試してみるといいですわ」


 張り詰める空気。 ――カァーン! 戦闘開始のゴングが鳴った。因縁の第2ラウンドが始まる。

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