第94話 闇と光の代理戦争
地球人類とは群れたがる性質を持つ。か弱い猿だった時代……彼らは群れることによって厳しい氷河期を生き延びてきた。異世界でもそれは同様だったのだろう。神の手で作られし数多の知的生命体で、結局生き延びた者たちは群れを作り、同じ原理を持つことで仲間の絆を強くした。
しかし……やがて違う考えや教義によって、群れ同士の対立が始まる。光の女神を信奉する者は、自分たちを秩序のある真面目で優秀だと謳い、闇の女神を信奉する者は、自分たちを自由闊達で力ある者たちだと謳う。その人類たちの争いを見ていた女神姉妹は、やがて争う者たちを自分の駒として代理戦争をさせるようになった。
そもそもなぜこの姉妹神が仲違いをしたのか? 当の神たちはその原因を忘れているのだった。ただただ異世界の覇権を争う遊戯が繰り返される。より強い使徒を求めて魔法や神の奇跡を与え、滅んでは蘇り、蘇っては滅ぼされてきた。 そして今、僕たちはその“最新バージョン”というわけだ。笑えない。まったく笑えない。
死の遊戯盤の上で開戦を待つ両陣営の戦士たち。選ばれし魔王である僕の頭の中に、過去からの記憶や因縁が流れ込んでくる。それは歴代の魔王たちの栄華盛衰だった。まるで日本史のような興亡だ。血と裏切り、そしてほんの少しの栄光。どの記憶もやたらと生々しくて、胃のあたりがキリキリと痛む。
《吾妻良一郎よ。光の王国の底辺冒険者からここまでよく働いてくれた。わしの使徒としてこの戦いに勝てば、向こう二百年はおぬしの思うがままの世界をくれてやろうぞ》
耳元で囁かれるようなその声に、背筋がぞくりと震える。甘美で、そしてどうしようもなく危険な誘いだった。
「ディスフィア様……こんな戦い止めましょう! 僕の望みはイリスと仲良く平和にイチャイチャしたいだけなんです!」
自分でも情けないくらい本音がそのまま口から出た。だけど、それ以外に何を望めというのか。
《まだそんなことを真顔で言うか? 良一郎が好むと好まざるとアストリアの使徒はお前を殺しにやって来る。平穏が欲しければ奴らを皆殺しにするのだ》
冷酷な現実を突きつけられ、言葉が詰まる。正論すぎて、反論の余地がないのが一番キツい。
「えーん……なんか間違ってますよう~」
《くっくっくっ。心配はいらん。わしが選んだ最凶の面子じゃ。勇者はもちろんアストリアもぶっ殺せる。実のところ、良一郎も既に歴代魔王並みに強くなっておるのだ》
さらっととんでもないことを言われた気がする。
「えーと……ホントですか?」
《魔剣で斬り合えば大平とてお前には敵わん。自信を持って行け!》
手にした魔剣の脈動が、まるでそれに同意するかのようにドクンと脈打つ。
(平和を愛する広島県民の僕が……日本の誇り……世界のスーパースターをぶった斬るって? 出来るのか? 大平さんはただ勇者召喚ガチャで連れてこられただけの……心優しいアスリートだぞ!?)
視線の先で、大平さんは静かに立っていた。その姿はどう見ても“敵”じゃない。むしろ、同じ被害者側だ。
***
もう一方の光の女神陣営。そこでも女神と勇者&使徒の対話は続いていた。盤の向こう側から漂ってくる神気は、こちらとは対照的に澄み切っている。けれど、その奥にある“強制力”は同じくらい重かった。
《使徒たちよ……前回の魔王戦より二百年の長きにわたって、大いなる加護を与えながらの……この不始末。この一戦で命を懸けて挽回するように》
その言葉に、使徒たちは一糸乱れぬ動きで膝をつく。
「ははっ! 仰せのままに」
「聖堂騎士団を率いる者として最高の戦いをお見せいたします」
張り詰めた空気。忠誠と覚悟が、目に見える形でそこにあった。シャルル王子とミランダも神妙な面持ちで闘志を見せている。しかし、召喚された勇者・大平翔太だけは思い切り違和感を感じていた。彼だけが、この場の“温度”から明らかに浮いている。
「すいません皆さん。僕はアスリート……決められたルールの中で競い合う選手です。このゲームですが、本当に命がけなんですか? 僕のいた世界では殺し合いは戦争です。それに……僕はアズマくんを殺せません!」
その声には迷いがあったが、同時に芯の強さも感じられた。
《勇者よ。このゲームは勝った方がすべてを手に入れるのです。闇の使徒を屠り、女神ディスフィアを再び封じ込めれば、あとはわらわがなんとでもしましょう。斃れた光の使徒は全員蘇らせるし、闇の使徒も改心するものあらば蘇生するのもやぶさかではない》
都合のいい未来を提示するその声は、どこか営業トークじみて聞こえた。
「それでも一度はこの手で彼らを殺すんですよね?」
重い問いだった。誰もすぐには答えられない。
「大平よ……心配するな。アズマは俺とセリアでぶっ殺す。お前は指揮だけ取ればいい」
「ええ……最初からそのつもりです。あなたの光球でアストリア様をお守りくださればそれで十分ですわ」
あまりにも割り切った発言に、大平の表情が曇る。
「そんなに上手くいきますか?」
「女神様の神気で闇の呪印効果は無効化されてます。このボード上では条件は同じと見ました」
「私は……嫌な奴でしたけど上司の仇も討ちたいです。勇者様のお力を是非お貸しください!」
それぞれの事情が交錯し、逃げ場を塞いでいく。
(なんなんだ……これは夢なのか……かつて徴兵されて戦地に散った沢村投手や景浦捕手もこんな気持ちだったのだろうか? ああー僕は野球がしたい……そのために誰かを殺せるのか?)
その心の叫びは、盤を挟んでこちらにも伝わってくるようだった。
***
やがて闇と光の女神の視線が絡み合った。空気が震える。見えない火花が散るような感覚に、誰もが息を呑む。
《アストリアよ。準備はいいか?》
《ディスフィア。こちらはいつでも》
《ではゲームを開始する。先手は勇者よ……貴様に譲ってやろう》
《ホホホホホ。その余裕がいつまで保てるかしら? さあ勇者・大平よ。駒を動かすのよ》
静寂を破る号令。 命じられた勇者は意を決して指示を出す。
「アイオワさん前へお願いします」
その声はわずかに震えていたが、確かな決断だった。大剣を担いだアイオワ騎士団長が一歩前進する。重い足音が盤上に響く。
次は僕の番だった。全員の視線がこちらに集まる。逃げられない。
「ノワール前進して」
「イエース~マイマスター」
軽やかな声とは裏腹に、その一歩には死の気配が滲んでいた。不死の王ノワールが腰に吊り下げていたレイピアを抜いて一歩前進していく。
勇者と魔王……それぞれが自軍のメンバーに指示を出して行く。しかし、このゲームはチェスにしてチェスにあらず。駒のメンバーが重なり合ったときは、生死を賭けた戦闘が始まるのだ。盤上の距離が、じわじわと縮まっていく。その数歩が、異様に長く感じられた。
誰に誰をぶつけるか? その選択が勝敗を分けるかもしれない。中二病でライトノベルやファンタジー好きの僕は大体の「相性」は把握しているが……。問題は、それが“現実の命”であることだ。ゲームのリセットボタンはどこにもない。
じわじわと両軍の戦士が前線に進んでいく。互いがほぼ顔を合わせる局面までやってきた。息遣いすら聞こえそうな距離。
「アイオワさん……目の前の敵を討てますか?」
静かに問いかける大平。その瞳には覚悟が宿り始めていた。
「ふふっ任せておけ。先陣は俺が切る」
その言葉に一切の迷いはない。
アイオワがノワールのいるマスに飛び込む。盤上から二人の姿が消え、空中にある戦いのフィールドへ。死亡遊戯の第一ラウンドが用意された。――いよいよ開戦のゴングが鳴る。
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