第93話 神々の盤上遊戯(デスゲーム)
僕の隣に立つパートナーのイリスは闇の女神のしもべである。ダークエルフとして生まれ、その類まれなる神適性から、その身に女神を憑依することも可能なのだ。異世界と言えど現世では、霊体程度しか実体化できないディスフィアにとって、イリスは正に完全無欠の器だった。
女神の憑依したイリスは無敵の存在に僕には思えた。神気と邪気が交じり合ったようなそのオーラだけで、勇者パーティーの面々は圧倒されていた。その場の空気が重く沈み込み、呼吸すらためらわれるような圧迫感が広がる。視線を向けるだけで膝が折れそうになるほどの威圧――それが神の存在だった。
しかし……その時だった。新たに違う神気が部屋に満ち溢れる。聖女ディアリーの目が美しい翠に光り輝く。光の女神アストリアが降臨する。彼女の神気は闇の呪印をも貫き、この場に現れたのだった。聖女の姿で闇と光の女神が対峙する。空気が一転する。先ほどまでの重苦しさが押し返され、今度は清浄な光が場を満たす。二つの神威がぶつかり合い、見えない火花が散っていた。
《ふふふふふ。久しぶりね~、ディスフィア》
その声音には余裕と確かな敵意が滲んでいる。
《ほほぅー、今頃になって現れたか。アストリアよ》
対する声は低く、楽しげですらあった。
《一千年ぶりくらいかしら? 直接言葉を交わすのは》
《そうじゃのうー。そのくらいになるか。わしらの戦いは大概が代理戦争であったからのう》
神同士の会話はあまりにもスケールが違い、聞いているこちらの感覚が狂いそうになる。
《二百年前に貴女の魔王を完膚なきまでに叩きつぶして、闇の勢力は全て根絶やしにしたと思ったのに。まさかダークエルフが生き残っていたとはね》
《あの時にわしに残された最後の力で加護を与えたのじゃ。おかげで健やかに育ったわ》
《懲りないわね……いいわ。もう一度光で焼き尽くしてあげる》
その言葉と同時に、戦いの気配が一気に膨れ上がる。
浴衣姿のディアリーが両手を掲げると、大平ら勇者パーティーの身体が光り輝き、戦うための本来の衣装に一瞬で変身する。大平の手にはミスリルの金属バットが輝き、アイオワは長大なグレートソードを振り上げ、セリアが聖盾を構え、シャルルは高純度の魔導石の埋め込まれた杖を掲げ、ミランダが両手に暗殺ナイフを握る。そして聖女ディアリーも光の女神の神官服になっている。光が弾け、装いが切り替わるその瞬間はまるで舞台転換のようだった。
《さあー、観念しなさい!》
瞬時に戦闘態勢に入った勇者パーティー。僕は右手にサインボール、左手に色紙しか持ってない。完全に場違いな装備に、自分でも泣きたくなる。
「ひぃー、折角いい感じに和平交渉が纏まりかけてたのにー。嫌だぁー死にたくないようー」
僕のその情けない叫びを聞くと同時ぐらいに、奥の扉がギィーっと不気味に開く。
***
現れたのはノワール。今回はゴスロリJS姿だった。場違いなほど可愛らしい姿なのに、漂う気配は底知れない。
「ディスフィア様……例のモノをお持ちしました」
それと同時にユリシア・アシュレイ・トラ子も続いて入って来る。ノワールを始め全員が完全武装だ。闇の聖女イリス(中身は女神)が僕の背中に回り、甘い吐息を吹きかけながら僕の身体に手を回す。(ドキドキドキ♡) 一瞬でコックコートは漆黒の甲冑にフォームチェンジする。冷たい金属の感触が全身を包み込み、逃げ場が完全に塞がれる。(えーん)
《良一郎よ……いよいよ最終決戦じゃぞ。心してこの魔剣を振るうのじゃ》
闇の女神の神官戦士にフォームチェンジしたイリスが収納魔法から『魔剣マンイーター』を取り出して僕に手渡す。剣からは脈動するような邪気が溢れ、触れただけで心を侵されそうになる。その禍々しさはこの部屋でも一際異様だった。大平さんが僕の姿を見て動揺が走る。
「君は? 本当にさっきまでのアズマくん……なのか? その剣から凄まじい邪気が溢れてるぞ。身体は大丈夫なのかい?」
「はぁはぁはぁ……こいつですよね。とんでもない魔剣なんです。一度手にしたら最後……誰かから生き血か生気を吸わないと収まらないという」
握った瞬間、喉の奥が焼けるように渇く。
「アズマくん! 早く手放すんだ!」
「大平さん……もう手遅れでしてね。こいつなしじゃ生きていけないんです」
「なんだって? くそっ! どうしたら助けられるんだ?」
《ふふふ……勇者よ。魔王を倒しなさい! 魂がすべて邪悪に染まる前に倒せば、わらわが光の使徒として蘇らせてあげるわ》
《アストリアよ……聞き捨てならんな。良一郎はわしのオモチャじゃ。お前になぞくれてやるものか!》
「えーと……どうリアクションしたらいいのか」(涙目)
完全に所有権争いみたいになっているのが一番怖い。
闇と光……双方の精鋭がいよいよ対峙したその時、ノワールが恭しくディスフィアの前に一枚のボードを差し出す。豪奢な装飾が施されたそれは正に「チェス盤」だった。白と黒のマス目はまるで光と闇だ。静寂の中、その盤だけが異様な存在感を放っていた。
「あのー、ディスフィア様。これで一体何を?」
《くっくっくっ。良一郎と大平の戦いにフェアな遊戯をと思ってな。これならどうじゃ?》
「将棋なら少々やりますけど、チェスはやったことないですよう」
「僕も野球漬けだったから、ゲームは全然ですけど」
場違いな正直さが逆に緊張を和らげる。
《ディスフィア……何を企んでるの?》
《こういう事じゃ! うりゃあー!》
闇の女神の呪いが発動する。隙を突かれたアストリアにはそれを防げなかった。空間が歪み、上下の感覚が消える。
***
……神の嵐が過ぎ去った後、僕らはその光景に唖然とした。僕や仲間たちが立っていたのは……正にチェス盤の上だった。 (身体が縮んでる!?) 足元のマス目が巨大に広がり、自分たちが駒の一部になったと理解するのに数秒かかった。僕らの正面……チェス盤の対面には大平を中心に勇者パーティーが並んでいる。
《どうじゃ、良一郎。神のボードゲームじゃ。ただし只の遊びではない。駒であるお前たちが盤上でぶつかる際には、互いの命を懸けて戦うことになる》
「ええぇー!? そんな~!!」
《自分を含め味方の駒を動かすのは、良一郎と大平の二人じゃ。戦術的に誰に誰をぶつけるかはお前たちの腕に掛かっておる。互いのリーダーのどちらかが先に死んだ方が負け。生き残れば勝ちじゃ》
ゲームという言葉とは裏腹に、その内容はあまりにも残酷だった。
《ディスフィア……よくもやってくれたわね。私たちも盤上にいるってことは、直接殴れる機会もあるわけよね? ……コロス♡》
「あああああ……どうするんだよー。こんな死亡遊戯になるなんて聞いてないぞー」
「ホーッホッホッホッ。お任せください、良一郎様! あのビッチ聖女はわたくしが爆殺して御覧に入れますわ」
「不眠不休で整備したこの国をそう簡単には渡せない! 全力でいくわよ!」
「あの人たちめちゃ強そう。でも良ちゃんのために頑張るからね!」
「私らが光の信者に優しくしてたらツケ上がりやがってぇー。皆殺し確定だねっマスター!」
一気に士気が上がる闇サイド。だがその勢いすら、どこか狂気じみている。
一方、光サイドでは……。
《勇者よ。こうなったからには仕方ないわ。皆で全力で勝つのよ。魔王を倒したら地球にも帰してあげるわ》
「ええええ……僕は戦士じゃない。プロ野球選手なんだ。……戦う選択しかないのか?」
「大平よ……悩むより殴れだぜ!お前ら勝って王国を取り戻すぞ!」
「「「おおっ!!」」」
互いに譲れない理由を抱えたまま、盤上で向かい合う。光と闇の死亡遊戯が始まろうとしていた。
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