第92話 勇者と魔王の一期一会
どうも、ミランダです。勇者様の勧めに乗って、敵であるはずの秘密基地で、のこのこ食事をしていたら「ラスボス」がコックコートを着てやってきた。嘘だぁー……そんなことあり得る!? と思ったけど本当なんだから仕方ないのよ。しかもラスボスであるはずの闇の皇帝にして魔王アズマは、にこにこ顔をして宿敵であるはずの勇者と談笑を始めたの。
私たち勇者パーティーの面々には二人が話している内容もよくわからない。突然のことにみんなフリーズしてしまったけど、獣人メイド達に促されて、あまーい和菓子と濃い抹茶を頂くと、ふぅーという安堵のため息が漏れたわ。張り詰めていた空気が、甘味と温かさで少しずつ緩んでいくのを誰もが感じてる。でもでも……どうなるのこれ?
***
「君がアズマくんか。初めまして、大平翔太です」
「対面では初めまして。ですが、僕は地元マツダスタジアムで、日本シリーズを観戦してますから」
「おおっ! そうだったの? 君は広島ファン?」
「もちろんじゃないですか。あの時はよくもうちの日本一を阻止してくれやがりましたね」
「ははははは。そこは申し訳ない。勝負は時の運だしね。広島も強かったよ」
「あれからファンになりました! 来店記念にサイン貰ってもいいですか?」
「ああ……もちろんだよ。僕のファンになったって? それは嬉しいなぁ」
僕はパンパンと拍手する。すると奥の扉から和装のイリスが大リーグ公式球に色紙とマジックをトレーに乗せて現れる。どこか誇らしげな様子で、静かに場の中心へ歩み出てきた。
「紹介します。僕のパートナーのイリス。ダークエルフなんです」
大平は初めて見る亜人の美女に目を見張る。ほんの一瞬、戦場であることを忘れたようだった。
「はぁー、凄い美人さんだなぁ」
イリスは勇者大平に微笑みながら、ボールとマジックペンを渡す。その仕草にはどこか慣れた接客のような柔らかさがあった。
「うちの主人が大ファンなんですぅー。サインよろしくお願いします」
大平は慣れた手つきでボールと色紙にサインしていく。迷いのない筆運びは、これまで積み重ねてきたスターとしての経験そのものだった。
「名前は吾妻良一郎くんでよかったよね?」
「はいっ! ありがとうございます!」
サインボールに色紙をゲット! 固く握手もしてウキウキだ。野球ファンとしてこんな幸せがあるだろうか? イリスも褒めてもらったし最高の気分だ。場違いなほど和やかな空気が、その場に奇妙な一体感を生み出していた。
***
しかし、そこに水が差される。聖堂騎士団長にしてガチガチの光の女神信者であるセリア・エンタープライズ。彼女が大平に詰め寄る。湯上がりの穏やかな空気が一瞬で張り詰めた。
「勇者殿! 転生者同士で馴れ合うのはその辺りにしていただこう。貴方は我が国王並びに教皇猊下と『魔王討伐』の契約を結んでいるのだ」
王国騎士団長にして魔王アズマ討伐に血気盛んなショージ・アイオワも立ち上がり机を叩く。木の卓が鈍い音を立て、場の温度が一気に下がる。
「その通りだ! 勇者どの……アズマの息の根を止めるまで故郷には帰せませんぞ」
大平は弱ったなぁー、という複雑な表情で振り向く。先ほどまでの笑顔が少し曇る。
「そうでしたねー。契約は契約だからなぁ」
「えーと? 契約って何ですか?」
「実はねぇ……この世界に召喚された際に、君の討伐を懇願されたんだけどね。僕もプロだから……報酬付きで契約したんだよ」
「なるほど。それでどんな感じなんですか?」
僕の疑問に光の聖女ディアリーが口を開く。彼女の声には揺るぎない信念が宿っていた。
「主な内容は『魔王アズマの討伐』と『アストラリア王国の奪還』に協力するというモノですわ。この二つを成し遂げられないと大平様は地球には帰れません。いえ……光の女神様が決して許さないでしょう」
「ええぇー!? マジですか? それじゃあーMLBのキャンプとか開幕はどうなるんですか?」
「そうなんだよー。しかもねアズマくん。今年はWBCもあるからね。始動が早いんだ」
「大平さん……こんな所で何やってるんですかっ!! 侍ジャパンがあなたを待ってるんじゃ?」
大平はバツが悪そうに縮こまる。世界の頂点に立つ男とは思えない、どこか人間臭い仕草だった。
「それはそうなんだけどね。うーん……アズマくん、ここは黙って討伐されてくれないかなぁ?」
「そんなことならお安い御用ですよ! 死なない程度にぶっ飛ばしてくれたら、直ぐに降参します!!後はイリスが治療してくれるし」
勇者パーティー一同(うーん……ヘタレ魔王……実にヤラレ慣れてる感じだなぁ……汗)。
「王国の奪還についてはどうだろう?」
「そうですね……上に掛け合ってみますが、たぶん行けますよ。ただし、僕が国民の皆さんに布告した『身分・種族差別の撤回』『信教の自由』とかは継承してもらいたいですけど」
「ああ……それはいいんじゃないかな。僕からも王様に念を押しておく。いい国だと思ったよ……君の統治は」
僕と大平さん……がっしりと固い握手が交わされる。その握手は、敵同士というより同じ世界の出身者同士の奇妙な連帯感を帯びていた。
***
その時だった。聖女ディアリーが猛抗議をしてくる。
「駄目ですよ! そんな出来レース許しません。完全に八百長です」
セリアとアイオワも抗議する。二人の目には明確な怒りと正義感が宿っていた。
「確かにそうだ。そんな不純な討伐は認められん」
僕と大平さんが頭を抱える。空気がまた一気に現実へと引き戻される。
「うーん……どうします? いっそ野球で勝負しましょうか? お互いが投手・打者でそれぞれ1打席勝負とか」
「僕はいいけど君は圧倒的に不利じゃないか?」
頭の固い男アイオワが睨む。
「そんなハンデがありすぎる勝負など認められん! やるなら命を懸けた正々堂々とした戦いを所望する!」
シャルル王子も賛同する。理知的な彼ですら、この場では譲れない一線があった。
「僕もリミュエール王国を代表して見届け役を仰せつかってるんだ。真剣勝負でなければ認められないな」
それらの声を聞いた時……イリスの瞳が赤く光る。場の空気が一瞬で張り詰め、温もりが消え失せる。闇の女神ディスフィアがその身に宿る。
《くっくっくっ、話は聞いた。ではわしがハンデ無しの勝負を提案してやろうぞ》
女神はパチンと指を鳴らす。その音は小さいのに、空間そのものが震えたように感じられた。
《ノワールよ。アレを持ってまいれ》
どこからともなく聞こえる不死の王ノワールの声。
「仰せのままに……」
何が出るのか? 僕にも予想がつかないのだった。
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