第91話 湯煙の歓迎と究極の和食
勇者大平と彼のパーティーは、お迎えに来たというノワールと一緒に魔導エレベーターに乗り込む。ノワールが扉横に並んだボタンを押す。エレベーターはゆっくりと降下していく。モノを浮かす浮遊の魔法で動いているのだろう。音はなく、部屋の中にいても独特の浮遊感が感じられるのだった。足元がわずかにふわりと軽くなる感覚に、大平は一瞬だけ無重力のような違和感を覚える。隣ではディアリーが小さく息を呑み、セリアは無言で周囲を警戒していた。
暫く降下してエレベーターがゆっくり止まると、がーっと扉が開く。その先は遥か先が確認できないほどの長い長い通路。ノワールが先導して歩き出す。
「皆様こちらへ。少し歩くことになります」
彼女は全く敵意も見せず、隙だらけでスタスタと歩いていく。勇者パーティー全員が顔を見合わせながら付いて行く。張り詰めた空気の中、足音だけがやけに大きく響いていた。
「いつ罠を仕掛けてくるか分からねぇ。油断だけは禁物だ!」
それを聞いてノワールがクスクスとほほ笑む。その余裕が逆に不気味だった。
「罠だなんて……そんな姑息な真似はしませんわ」
セリアがそう悪態をついた直後だった。一行が歩いていた通路の床がパカッと下へ開き、大きな穴が開く。俗に言う「落とし穴」だ。
「うわぁー!」 「キャアー!」 「ああぁぁぁ~!」
ほんの一瞬前まで足場だった場所が消え去り、全員の体が宙に投げ出される。先頭を歩くノワールは空虚になった通路を落下することなく歩き続ける。しかし大平ら六人は床下へ真っ逆さまに落ちていく。悲鳴の後……ドボンという水に落ちる音。バシャバシャという水面を叩く音が聞こえる。
「うぉーおー、冷たい!」 「これは……!? めっちゃ冷たい氷水だ」 「このままでは凍え死ぬぞ」
突如の落下と冷水にパニックになるが、すぐに天井に明かりが点く。落ちたプールはそう広くはなかった。全員で水から上がる。しかし頭から靴の中までずぶ濡れ……しかもめちゃ寒い。濡れた衣服が体温を奪い、歯がガチガチと鳴る。
ガタガタ震えていると、プールの奥の扉が開き、そこから獣人の子供たちが数人、手にバスタオルを持って現れた。無邪気な笑顔と手際の良さが妙にちぐはぐで、警戒心をさらに揺さぶってくる。子供たちは一行にタオルを渡して、手を引いて部屋の奥に導く。
「みんな? 僕らをどこへ連れて行こうというんだい?」
子供たちがクスクス笑いながら導いた先にあったのは、地球式の浴場……ほぼ銭湯だった。脱衣所の向こうには暖かそうな湯気。浴場は男女に分かれている。ほのかに漂う石鹸の香りに、大平の記憶が刺激される。
「どういう意味なの?」
「みんな……これは僕らに風呂に入って来いっていう事じゃないのかと思う」
「風呂だって? 奴らふざけやがって!」
「でも……もうこの寒さと冷えには限界だ。僕は入る!」
「シャルル殿下!? ここは私が癒しの魔法で……」
「いやいや。ここはアズマ皇帝のおもてなしに乗ろう。ああぁー、日本式のお風呂は久しぶりだ。男女に分かれて入るんだ。早く早く!」
勇者の音頭でメンバーはそれぞれ男湯と女湯に分かれて入浴する。浴場の中はほぼ完全に銭湯だった。壁に描かれた富士山の絵がめちゃ日本だ。 カポーン。 備え付けの備品まで日本の温泉施設だった。男湯は大平がアイオワとシャルルに使い方をレクチャーする。戸惑いながらも桶で身体を流す二人に、大平は手慣れた様子で手順を説明するのだった。女湯では可愛い獣人の女の子が丁寧に使い方を教えてくれる。
身体を清め広い湯船に手足を伸ばすと、日ごろの疲れが嘘のように癒されていく。女湯から驚嘆の声が漏れる。セリアが鍛えられた女子アスリートのようなワガママボディを披露する。
「うわぁー……セリア団長……お綺麗です」
「恥ずかしいな。ジロジロ見ないでくれ」
ミランダとディアリーも勧められるままに湯船に浸かる。アストラリア王国に日本ほどこだわったお風呂文化はない。三人は初めての大浴場に戸惑いながらも、その温かさを堪能する。張り詰めていた神経がじんわりとほどけていくのを感じていた。
***
入浴が終わり、再び子供たちに促されて脱衣所に行くと一行には「浴衣」が用意されていた。湯冷めしないように陣羽織もセットにされていて、ホストのおもてなしの心が丁寧に表れていた。一行が着ていたずぶ濡れの装備は「清掃魔法」なのか、綺麗に洗濯されて服はふわふわ、鎧はピカピカになっていた。
着替えた一行は、それから近くにセッティングされた広間に案内される。畳の柔らかい感触に、どこか現実感が薄れていく。畳が敷かれた部屋は、正に温泉旅館の和室だ。そこにテーブルと椅子が用意され、懐石料理が運ばれて来る。大平にも促され、席に着き出された料理を前にする一行。
かつて異世界食堂作戦を目論んだ吾妻良一郎。異世界人の味覚や調理法の前に敗北を喫したが、それで素直に諦める男ではなかった。その後もちょこちょこと日本の食材や調味料を取り寄せ……そしてこの世界の食材や調味料をアレンジして美味を探求していた。イリス(味覚音痴)では試食の甲斐もないので、トラ子やウル美メイド長を巻き込んで、かなり完成度の高い日本・異世界折衷料理を作り上げていたのだった。
ウル美メイド長が指揮する美女獣人メイド達が料理を運んで来る。無駄のない所作と微笑みが、場の空気をさらに柔らかくする。
「皆様には日本料理の神髄をお楽しみいただきます。後で料理長がご挨拶に参ります。ゆっくりとお召し上がりください」
「ありがとう。 頂きます!(合掌)パクッ……んんー、美味いよ」
アイオワが怪訝そうな顔で大平を見る。料理に手を付ける彼の迷いの無さが理解できないのだ。
「勇者どのはよく平気だな。毒とか怖くないのか?」
「なんですかねぇー。この世界で新たに得た能力なのか……敵意とか邪気が判るんですよ」
ディアリーがその言葉を肯定する。彼女の瞳には確信が宿っていた。
「間違いなく勇者補正ですわ。大平様には隠された意図や罠が危険なら、それがオーラとして見えるか感じられるのですね」
「そうなんですか……じゃあ、この美味しそうな料理はどうなんですか?」
「見ての通りです。ピカピカに光って見えます」
一同が顔を見合わせて、目の前にある前菜を一口食べてみる。異世界人向けに魔素を込めた調味料で味付けられたソレは、和風の食材とマッチして彼らの舌を唸らせる。思わず緊張がほどけ、表情が緩んでいく。
アイオワが思わず叫ぶ。 「おおおぉー、何なんだコレは!? 美味い……美味すぎるぞ」
ミランダが目を見開く。 「こんな美味しい料理……初めて食べました」
王族のシャルルも続く。 「宮廷料理は食べ慣れてるが……これは初めての味。素直に絶賛するよ」
一品一品……丁寧に作られた目にも鮮やかな料理が続き、最後に抹茶とデザートが供されると、ドアの向こうから真っ白なコックコート姿の男が現れる。デザートの和菓子をフォークに刺して口に運ぼうとしたミランダが驚愕する。
「ええぇ……あなたはアズマ!? 」
僕は一行に軽く頭を下げて自己紹介する。(ふふっ・・落とし穴にハメてからのおもてなしは、かつて本で読んだ茶の湯エピソードの再現なのだ)
「料理は如何でしたか? シェフを務めさせていただきました、吾妻良一郎です。みなさんを歓迎いたします」
標的である闇の皇帝アズマの突然の登場に、固まる勇者パーティーの面々だった。
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