第86話 召喚勇者の危険な香り
この物語の世界と密接に関わっている異世界・地球。宇宙を支配する神が作り出した転生システムで紐づけされており、人や魂を相互に行き来させることができる。転生は神の気まぐれでしばしば行われる。心優しいコミュ障少年が転生したのも記憶に新しい。もっとも、それは神の側の都合による「転生」の話だ。人間が任意に扱える代物ではない。神の領域に踏み込む行為は、本来ならば禁忌に近いものだった。
そう、召喚はまた違うゲームだった。神のシステムをハッキングして、半ば強引に人を引き寄せる。そのプログラミングに細かい注文をすればするほどコストがかかる。おおよそ理想的な人物まで条件を引き上げるのは、国家予算規模の資金が必要だった。
だがアズマ一行の暗躍に元手をすべて失っていたアストラリア王国に出来たのは、「泣きの一回」「単発ガチャ」だった。それでも王国の首脳たちは、わずかな希望にすがるしかなかった。ここで外せば、もはや次はない。そんな切迫した空気が、大聖堂の中を重く満たしていた。魔法陣の中から現れたのは……果たして……。
光が収まり、召喚の魔法陣からゆっくりと人影が浮かび上がる。儀式に立ち会っていた者たちは固唾をのんで見守った。そこにいたのはガタイのやたらいい長身の男性だった。歳の頃なら20代後半か?異世界人から見たら、意味不明の謎の服を着て手に木の棒を持っている。青年は頭にかぶったヘルメットを脱ぐと、きょとんとした顔で静かにたたずんでいた。何事にも動じないメンタル。類まれなる強者のオーラが漂っている。
ただ、召喚の儀式に参加した者たちが驚いたのは、その顔に描かれていた「マーキング」だった。目の下に黒いライン。わざわざそんなメイクをする意味が分からない。神聖な大聖堂の中央に、謎のユニフォーム青年。あまりにも異様な光景に、誰もが一瞬言葉を失う。彼は自分の身に何が起きたのか分からず、不安そうに周囲を見渡す。謎の青年の目が鋭く光ると、強烈無比な覇気を含む言葉が大聖堂に放たれた。
「ちょっとー……WBCの開幕直前なんだけど、ここどこですか!?自主トレしてたはずなのにー」
それは意志そのものが頭の中に叩き込まれるような感覚だった。翻訳魔法を使うまでもなく流れ込む強大な言霊。その場にいたすべてが凍り付く、強者ならではの圧だ。かろうじて側にいた光の聖女ディアリーが返事をする。
「この世界へようこそお越しくださいました、光の勇者様! 我々はあなた様に助けを求める者。どうかそのお力で世界をお救い下さい!」
ディアリーの声は礼儀正しかったが、その額にはうっすらと汗が浮かんでいた。聖女の返答と同時に、国王を始めその場にいた全員が片膝を付き、首を垂れる。大当たりだった。見た目も中身もこれほどの威厳を持つ人物など、誰もが初めて見るのだった。セリアが若干興奮気味に声を絞り出す。
「成功だ! 光の女神は我らに祝福を与えて下さったぞ!」
その言葉は、張り詰めていた空気を一気に解き放つ合図だった。その声に弾かれるように人々は喝采を唱える。 「勇者万歳!」 「王国に幸あれ!」 「聖女にも祝福を!」 その声を聞きながら、召喚された青年は再び強烈な思念で問いかける。
「すいません!勝手に盛り上がるのはストップ!責任者はどちらですか? うちの球団との契約とか把握してます??」
歓声は一瞬でしぼみ、再び緊張が走る。その思念には彼の苛立ちと怒りが渦巻いていた。その迫力に震えあがるディアリー。 (えーと……この人……めちゃめちゃ怖いんですけどぉー) 国王とアイオワが近づき青年を誘導する。
「勇者どの……どうかお怒りをお納めください」
国王は慎重に距離を詰めながら、最大限の敬意を込めて頭を下げた。
「突然の非礼は申し訳ない。ただ我々も必死なんだ。ご協力をお願いしたい」
見学のリミュエール国王らに一礼して召喚勇者を引率していく一同。謎の青年は怒気を発しながらも、しぶしぶ二人に付いて大聖堂から場所を変えるのだった。
***
リミュエール王宮内の臨時政府の執務室で、アストラリア王国首脳は謎の青年と対峙する。勧められ、応接セットの長椅子に腰を下ろした男。国王は威厳を保ちながら声を掛ける。豪奢な室内の空気は重く、誰もが彼の一挙一動を注意深く見守っていた。
「勇者どの……改めて不躾に召喚した非礼をお詫びする。その上で是非ともあなたの力をお貸し頂けないだろうか?」
「全くもって話にならないです。なぜ僕なんです? ただの野球選手なんですけど」
そこはかとなく呆れた空気がはっきりと伝わってくる。
「そこは申し訳なく思っております。ですが選ばれた以上はこの世界で生きてもらうしかない」
「早急に元の世界に帰して下さい。大事な世界大会の開幕も近いんです。」
「帰還の方法はあります。しかし今は無理でして」
「マジかよー。何か条件があるとか?」
「話が早くて助かります。我々に協力して魔王を討伐していただきたい」
「魔王って? ここってファンタジーな世界なの?本当にそんな人がいるんですか?」
二人の会話にセリアが割って入る。
「陛下……まずは勇者様のお名前をお聞きしては? 我々も自己紹介を致しましょう」
「そうでしたな。私は隣国アストラリアの国王でトーマス・レーガン三世です。お見知りおきを」
「僕は……大平翔太と申します。地球ではプロ野球選手をやってます」
室内の空気が、一瞬だけ止まった。
「プロ野球?聞いたことないワードだ。 それはどんな活動を?」
「そうですね……簡単に説明すると、世界中から野球というスポーツの一流選手を集めて毎年チームの勝敗を競う……その中でいかに活躍して勝利に貢献するか。そういう感じで頑張ってます」
「えーと……具体的には?」
「ボールを投げたりバットで打ったり……まあ僕は二刀流と言われてまして、世界でも稀有な野球選手です」
青年はかなりどや顔で話すのだった。異世界の事情は分からないが、なんだか聞くだけで相当なヤバさが伝わって来る。
「お判りです?僕を雇いたいならエージェントを通じてそれなりの報酬を提示していただかないと」
一瞬、大平の背後に燃えるようなビジネスオーラを見た一同。冷や汗を流しながら質問を続ける。
「勇者どのはご自分で何か魔王と戦えるような能力はお持ちですかな?」
「うーん……投げたら時速160キロ超……打ったら飛距離は140メートル超行きますよ」
聞き慣れない言葉に、王たちは顔を見合わせた。投打と聞いて一同が首をかしげる。
「お見せしましょう」
そう話した大平は、手にしたバットを持って構え、鋭いスイングを何度か見せた。湧き上がる風圧。空気を切り裂く音。その光景に、誰もが息を呑んだ。
「凄い……です。魔力は感じません……聖剣を使えばドラゴンも粉砕できそうです」
ディアリーが目を見張る。続いて大平はポケットからボールを取り出すと振りかぶって思い切り執務室の壁に向かって投げる。剛速球が壁を粉砕してめり込む。
「ほんの余興です。如何でしょう?」 (ちゃんと意味は通じているだろうか?)
余興と言うには恐ろしすぎるパフォーマンスだった。真っ青な顔で王が懇願する。
「すいません勇者どの。ちょっと片付けますので席を外して頂いても?」
促された大平が別室に退出すると、臨時政府の面々で会議が始まる。扉が閉まった瞬間、部屋の空気が一斉に緩んだ。
「うーん……どうなんだろう? この勇者は当たりと言えるのか?」
「今まで見たことのない凄い身体能力だ。アズマとてひとたまりもないぞ」
「しかし……野球選手?を職業になさってるとか。とてつもない高額の報酬をお望みみたいです」
「そこはもう目を瞑ろう。金をかき集めてから、やることをやって頂いて、早くお帰り頂けばいいのでは?」
そううまくいくのだろうか?このメンバーの中で唯一実物のアズマ少年を知っているミランダには、勇者召喚でやってきた謎の青年にも危険な匂いがするのだった。
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