第84話 わんわん亡命大作戦!
王都に積もる雪は例年を遥かに超えていた。十年に一度の寒波だった。城壁も屋根も街路も、すべてが白に埋め尽くされ、夜明け前の王都は静まり返っている。降り続く雪は音を吸い込み、人の気配さえ覆い隠してしまうようだった。
王国騎士団の諜報員ミランダ・ソリスはこのチャンスを待っていたのだった。アストラリアより雪の多いリミュエール王国では、犬ぞりが盛んだ。王宮から脱出した後に怪しまれずに、しかも高速で移動するには犬ぞりは最適に思われた。リミュエールから帰還する際に、密かにそりや必要な用具を揃えていたのだ。すべてはこの夜のため。彼女は凍える息を吐きながら、自分の計画が動き出していることを実感していた。
王宮の旧体制派の収容所となっていた犬舎から脱出した精鋭は実に20匹。国王夫妻と二人の王子(サモエド×4)、王国騎士団精鋭(ハスキー×6)、聖堂騎士団精鋭(ゴールデン・レトリバー×6)、王国宰相など(ラブラドール×4)であった。わんこになっているとはいえ、かつてはこの国を支えていた面々である。雪の中で吐く白い息は荒く、だがその瞳には確かな意志が宿っていた。
豪雪を掻き分け王宮からの脱出を図る。勝手知ったる自分の城だ。抜け穴も抜け道も心得ていた。夜が明ける頃には王都のスラムに隠してあった犬ぞりにたどり着き、すぐさま20頭立ての編成で国境に向けて走り出すミランダ一行。凍りついた路地をそりの刃が削り、白い粉雪を舞い上げながら疾走する。背後には帝都の城壁。そこから離れるたびに、ミランダの胸の鼓動は少しずつ早くなっていった。
先頭を王国騎士団長・副団長コンビが引く犬ぞりは猛スピードで駆け抜けていく。しかし、スピードを落とすことを知らないアイオワは、凄まじいスピードでカーブに突入するため、ミランダは振り落とされたり、そりごと横転したりしてしまう。
ズサァアアー!!! ワンワン! キャンキャン!
雪煙の中でそりが派手に転がり、ミランダは顔から雪に突っ込んだ。マントの中まで冷たい雪が入り込み、思わず身震いする。
「もうーちゃんと私の指示に従って下さい! 何度転べばわかるんですか?」
彼女は立ち上がりながら怒鳴った。鼻の頭まで真っ赤になっている。
「ワンワンワン(じゃかましい! お前が下手なだけだろ)」
先頭のハスキーは振り向きざまに吠えた。
「そんなことないですよー。私は犬ぞりの訓練もしてますから。団長が速すぎるんです」
ミランダは必死に手綱を握り直す。そりを操る腕には確かな自信がある。問題は前の犬だ。
「ワォーン(俺は早く着きたいだけだ!)」
「団長はもっと協調することを覚えなきゃです!」
「グルルルル(部下の分際で俺に意見するのか?)」
般若のような顔のハスキーが振り向き、低く唸る。
(うっ! 顔が怖すぎる)
その凄まじい形相にミランダは一瞬ひるんだが、すぐに気を取り直した。
「今は私がそりの指揮者なんですから、言うこと聞いて下さい!」
***
その時、通りすがりの旅の行商人が荷馬車で通りがかる。雪道を軋ませながら近づいてきたのは、荷物を山ほど積んだ商人のそりだった。毛皮の帽子を被った男は、転がった犬ぞりを見て目を丸くする。
「おーい! お嬢さん大丈夫かい?」
親切なその男は御者席から降りてミランダ達に近づいてくる。 (うっ! 逃亡者だとバレたらヤバイ) と緊張し、ミランダは思わず懐にある暗殺ナイフを握る。しかし男は陽気な声でアドバイスをするのだった。
「あぁー駄目だな。この配置じゃまっすぐ走らないだろ?」
男は犬たちを見回し、腕を組んでうんうんと頷く。
「えーと……そうなんです。どうしてわかるんですか?」
「俺は北の生まれでな。犬ぞりはわんこの配置が大事なんだ」
雪国育ちの男は、犬たちを一目見ただけで問題点を見抜いたらしい。
「と言いますと? どこがいけませんか?」
商人は先頭の般若ハスキー(アイオワ)を指さして言う。
「こいつ……やる気も体力も根性もあるけど、言うこと聞かないおバカだろ?」
(がーん! 俺がおバカだと??) アイオワの耳がぴくりと動く。
「そうなんです。スピード全開でコーナーに突っ込むから、何べん転んだか……しくしく」
「隣のこいつ(副団長)もダメだ! 似たようなバカ犬を並べちゃいかんよ」
「そ……そうなんですか(一応……この二人は上司なんですけど)」
ミランダは小声でぼそりと付け加える。
「どちらかを聞き分けのいい賢い犬に換えるといいよ。そうだな……あのゴールデンとかはどうかな?」
二人の視線が後方にいた聖堂騎士団長セリアに注がれる。
「ワフゥー?(え? あたし?)」
突然の指名に、セリアが首を傾げた。……わんこの配置転換が行われる。先頭はゴールデンなセリアに。その隣が王国騎士団副団長……アイオワはセリアの真後ろに配置された。
「これで試してみなさい。たぶん大丈夫だよ」
「助かります!ありがとうございました」
商人と別れて犬ぞりは再び走り出す。アドバイスの通りだった。理知的なセリアが群れを統率し、隣の副団長以下を制御する。ミランダの指示も完璧に伝わる。犬ぞりは快走を始めた。さきほどまでの暴走が嘘のように、隊列は整い、そりは雪原を滑るように進んでいく。
ただ、リミュエール王国に到着するまでずっとセリア女史のぷりぷりのお尻を眺めることになったアイオワだけは、口も利かず不貞腐れるのだった。ちなみに帝国は逃亡したわんこを追跡しようと行動したが、人手不足や大雪など悪天候が重なり捕獲に失敗していた。
***
ミランダのわんわん亡命大作戦は成功した。諜報騎士団の精鋭として叩き込まれた技能と用意周到な計画の賜物だった。長い雪道を越え、ついに見えた国境の砦を見た時、ミランダは心の底から安堵した。 リミュエール王国の国境警備隊に保護された一行は荷馬車そりに移され、王宮へ運ばれ、そこで解呪の儀式が行われた。
リミュエール王国の誇る宮廷魔導師と光の聖女ディアリー・ブロッサムが王宮内の聖堂で解呪の魔法陣を用意する。ディアリーはかつてユリシアに命を狙われた乙女ゲームで言う正統派ヒロインだ。平民出身ながら光の聖女として才能を開花させ、ユリシアの婚約者だったこの国の第一王子と恋仲になっている。その実力はさらに磨かれ、魔王討伐の「光の使徒」の中心になろうかという美少女だった。
聖堂の床には巨大な魔法陣が描かれ、白い光が淡く揺らめいている。わんこ達はその前に整列していた。やがて、先頭の般若ハスキーが魔法陣の中へ進み、聖女の祈りでその姿を人間に戻していく。
「みなさんお疲れさまでした。すぐに解呪して差し上げます」
両手を合わせ目を閉じて誠心誠意の祈りを捧げるディアリー。
「光の女神よ……この方を元の姿にお戻し下さい!」
祈りの声とともに、魔法陣が輝きを増した。眩い光に包まれた般若ハスキーがその姿を変えていく。光がだんだん小さくなっていく。その中から現れたのは、王国騎士団長ショージ・アイオワだ。青髪で精悍な男前、鍛え上げられた身体はムキムキの筋肉、爽やかな笑顔で現れた彼は……全裸だった。
「キャアー! 破廉恥ですー!」
思わず両手で目を覆う。しかし指の隙間からついつい凝視してしまうディアリー。(やーん……眼福ですわ♡)
「お願いです!早く服を着てくださいませー」
「おっとーすまんすまん。わんこ生活で全裸に慣れてたからなぁ。ハハハハハ」
全く隠すことなく両手を腰に仁王立ちするアイオワ。その堂々とした姿に、聖堂の空気が凍りついた。 そこへゴールデン・レトリバーのセリアが襲い掛かり、右足に噛みつく。
「ガブゥー(この恥知らずがぁー)」
「痛い痛い痛い!! やめろーセリア!」
「ガルルルルー(早くピーを隠せ! バカ者がぁ!)」
神聖な聖堂の中で、犬と全裸の騎士団長が大騒ぎするという前代未聞の光景になっていた。ミランダがやれやれと頭を掻きながらディアリーに要請する。
「すいません……みんな全裸で解呪されると思うので、衝立と着替えをお願いします」
こうして亡命したアストラリア王国首脳陣は、無事に元の姿に戻れたのだった。
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