第83話 VIP救出作戦、決行!
王宮の外縁にある牧場。そこには厩舎などを改造した犬舎があった。国王をはじめ旧体制派のわんこ達が捕らえられている。かつては軍馬の嘶きが響いていた場所だが、今は乾いた藁の匂いと、時折聞こえる「ワン」というのどかな声だけが漂っている。
季節は真冬になっていた。降りしきる雪が視界を遮り、しんしんと雪が積もる。悪天候の夜だった。一人の人物が積雪を掻き分けて忍び込む。吐く息は白く、凍てつく風が外套を激しくはためかせる。それでも足取りは迷いがない。覚悟を決めた者の歩みだった。
警備兵の交代の隙をついて犬舎の中に滑り込むのは、帝都の市井に潜伏していたミランダだった。革命の夜から暗躍を続け地道に情報を収集してきた。その上で結論付けた彼女の選択は「亡命」だった。何度も葛藤した。だが、この国に留まっては光は戻らない――そう判断したのだ。
アストラリア王国と同様に強いアストリア信仰を国是としており、魔法文明も同様に発達している西の大国……リミュエール王国。ちなみに爆弾令嬢ユリシアの故郷でもある。皮肉なものだ、とミランダは思う。あの令嬢の祖国に助けを求めることになるとは。
ミランダは収集した情報と「魔導光貨」を王宮に持ち込み、涙ながらに救済を訴えたのだ。結果、リミュエール王国は国王一家や騎士団長らの受け入れ……そして勇者召喚への全面協力を快諾した。謁見の間で額を床に擦りつけた感触を、彼女はまだ覚えている。誇りよりも、愛国を選んだ瞬間だった。
もちろん、その裏には闇の女神ディスフィアの勢力がさらに拡大し、自国を脅かす恐れがあったのも確かだった。リミュエール王家からの協力を取り付けたミランダは再びこの国に戻り、今まさに「わんわん救出作戦」を決行しているのだった。
***
王国騎士団が使用していた巨大な厩舎(今はわんこ収容施設)に忍び込んだミランダ。そこで彼女が目にしたものは……コロコロと固太りした幸せそうな大型犬の姿だった。暖房の魔道具がほのかに室内を温め、干し草はふかふか。待遇だけ見れば、もはや高級ペットホテルである。
国王一家はサモエドになっていた。 国王、王妃、王子たちが談笑している。
「ワンワン(いやぁー今日のフードも美味であった)」
「ワンワン(ホホホ……美味しくてつい食べ過ぎてしまいますわ)」
「ワフゥー(ああぁーなんかもうこのままで幸せだよー)」
……平和すぎる。ミランダの膝から力が抜ける。
他の犬達を見てみると、王国騎士団員は大体がハスキー犬にされ、聖堂騎士団員はゴールデン・レトリバーやラブラドールになっていた。毛並みは艶やか、目はきらきら。闘志よりも愛嬌が前面に出ている。
「ワンワン(明日はドッグランの日だぜ。楽しみだなぁ)」
「ワンワン(だなぁー晴れたらいいなぁ)」
わんこ達は美味しい地球産ドッグフードに、犬用の玩具、清潔な犬用ベッドにトイレなども完備され、自分がかつて高い志に燃える王族・貴族・騎士団員・司祭などであったことを忘れかけているようだった。反逆の炎は、すっかりこたつの温もりに負けている。ミランダはその光景に四つん這いになりながら絶望する。
「あああぁーなんてこと……僅か一か月のわんこ生活ですっかり飼い慣らされてしまっているなんて……」
闇の女神の呪いへの怒りに震えながら、大粒の涙がポタポタと床に落ちる。その時だった。一匹のポメラニアンが全力ダッシュでミランダの背に飛び乗る。小さいが目だけはぎらついている。
「キャンキャンキャン!(ミランダ! よく来た! 俺はまだあきらめてないぜ)」
あまりにキャンキャン鳴くポメにミランダが翻訳魔法を使うと、その犬が名乗る。
「キャンキャン(俺だ!解呪の宝玉は持ってきてないのか?)」
「ええぇーアイオワ団長!? そうか……王国最強騎士ゆえに……念入りに小型犬にされたんですね!」
最強騎士がポメ。屈辱以外の何物でもない。だが瞳の闘志は消えていない。
「キャンキャンキャン(そういうことだ。俺を解呪しろ! アズマを叩き斬る!)」
「わかりました! 実は魔法省から一個だけ解呪の宝玉を盗み出してきてるんです。団長が人に戻れば心強いです」
「キャン(任せておけ!)」
「当面はリミュエールへの亡命が先です。いいですか……解呪しますよ!」
***
ミランダが懐から取り出した解呪の宝玉がポメラニアンの頭上に掲げられ、淡い光を放ち始める。凍える夜の中で、その光だけが希望の灯火のように揺れていた。犬舎の奥で自分用のベッドで微睡んでいた聖堂騎士団長のセリアが魔導の力に気付く。
「ワフゥー(ん? あれはなんだ?) ワンワンワン(なに? 解呪だと!? いけないアイオワに使っては!)」
ゴールデン・レトリーバーのセリアが立ち上がり、解呪中の二人にダッシュする。床を蹴る音が迫る。
「ワンワン(やめろー)」
「え? あなたは誰?」
一瞬躊躇したミランダだったが、時すでに遅し。解呪の宝玉が一層激しく輝きポメラニアンの身体を包む。淡いはずの光は、まるで雷光のように弾け、犬舎の壁に走る影を大きく歪ませた。ミランダの胸がどくんと鳴る。ここで失敗すれば、希望は潰える。だが、もう止められない。
「キャンキャン(くっくっくっ……待ってろアズマ)」
小さな身体が光の奔流に飲み込まれ、もこもこの毛並みが逆立つ。骨格が軋むような音がして、影がぐにゃりと伸びる。ミランダは思わず息を呑んだ。
そしてその光の中から呪いを解かれて現れたのは……般若のような怖い顔をしたハスキー犬だった。鋭い三白眼、きりりと吊り上がった眉、しかしどう見ても四足歩行。サイズだけが立派になっている。迫力は増したが、種族は犬のままだ。
「クゥーン!?(なんだ? 犬のままだと?)」
低く響く声に威厳はある。だが尻尾は正直にぶんぶん揺れていた。台無しである。
「ええぇーなんでハスキーに!? 呪いは解けたんじゃ?」
ミランダは宝玉を振ってみるが、光はもう消えかけている。胸に込み上げた安堵が、音を立てて崩れた。
「ワンワンワン(バカバカバカ! アイオワは二回呪われてるのよー)」
横から飛び込んできた別の犬の叫び。二重呪詛――それは偶然の産物だが、結果として闇の女神の念入りさを物語っていた。希望が一瞬でひっくり返る。ミランダの心が凍る。せっかく盗み出した唯一の宝玉は、ただ“ポメからハスキーへ進化”させただけで終わったのだ。いや進化と言っていいのかも怪しい。
「がーん……一体どうしたら? 宝玉はもうないし」
膝をつきかけた彼女の肩に、ふわりと鼻先が触れる。
「バウッ!(まあ気を確かに持て)」
慰めているのか威嚇しているのか分からない般若ハスキーが、妙に落ち着いた声音で言う。目だけはやたらとギラついている。
「ガブッ! ガブガブガブ!(いっぺん死んで来い! バカ犬がぁー)」
横からゴールデンが飛びつき、ハスキーの首に噛みつく。もはや騎士団長同士の威厳はない。完全にじゃれ合い……いや本気の取っ組み合いだ。藁が舞い、犬用ベッドがひっくり返る。
「ああぁー暴れないでー。警備兵が来ちゃいますからー」
ミランダが必死に二匹を引き離す。外の吹雪の音に紛れているとはいえ、物音は致命的だ。その時――遠くで足音がした気がして、全員が一瞬静まり返る。吹雪の向こう、見回りの影が揺れたようにも見えた。犬舎の中に緊張が走る。
「「キュウーン(えーとごめんちゃい)」」
「仕方ないです。みんなでここを脱出しましょう。リミュエールまで逃げきれれば解呪も出来るはず」
背水の陣。もう後戻りはできない。
「ワン(了解した。どうやって逃げる?)」
「犬ぞりを用意してます。国王ご一家と両団長、他に来たい騎士を集めてください」
「ワン(わかったわ)」
その日の夜明け前……まだ荒れ吹雪く中を、次々と犬舎から脱出するわんこ達。雪原に残る無数の足跡。総勢20匹のわんこを引き連れて隣国を目指すミランダ。凍てつく風の中、小さな遠吠えが夜明けに溶けていった。
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