第82話 新帝国の闇の鞭
新たに立ち上がった闇の帝国。その王宮に嵐が吹き荒れる。闇の鞭は容赦なく男たちを襲い、過重な労働を強要する。闇の女神ディスフィアから直々に監督官に指名されたユリシアは、愛用の乗馬鞭を手に鞭を振るう。高い天井に反響する乾いた破裂音は、まるで雷鳴のように閣議室を震わせ、積み上がった書類の山すら怯えているかのようだった。
ビシバシ! ビシバシ!
打たれた者たちから湧き上がる怨嗟の声。 「アウッ! 許してようー!」 「お願いよー休ませて頂戴~」 「頼む……もう一週間ろくに寝てないんだ」 床にはインク壺が転がり、机の上には赤字で修正された法案。革命の余熱が、まだそこかしこに燻っている。 ユリシアがその声を聞き入れることは無かった。彼女の瞳は妙に輝いている。使命感と、ほんの少しの高揚感が混ざった危うい光だ。
「ホーッホッホッホッ! 帝国の為に馬車馬のごとく働くのです! 当初の計画を達成するまで、手は緩めさせませんわよ!」
ビシバシ! ビシバシ!
黒のレザーで作られたミニスカポリスのコスチュームに身を包んだ悪役令嬢はノリノリだ。お嬢様が鞭を振るうここは……神聖ディスラリア帝国の各大臣・官僚たちが集う閣議室だった。皇帝に就任したはずの僕にも容赦のない鞭が飛んで来る。かつて国王が使っていた執務机で、新しい国造りのための事務仕事を不眠不休でこなす日々だ。指先はインクで黒く染まり、視界はかすむ。それでも止まれない。止まったら、後ろから音がする。
「アウッ! 痛いですようー。寝てませんからー」
「いいえ! 私が目を離した隙に寝てましたわ!」
「えーん……皇帝ったら普通は後宮で美女を侍らせて、まったりするんじゃないのかようぅー」
「なにをおっしゃっているのです? 皇帝なんて国家の奴隷……死ぬ気でお働きなさいまし! わたくしも三日休んでおりません。ああぁーお風呂に入りたい!」
その一瞬、彼女の本音が零れる。だが次の瞬間には、再び高貴な仮面が戻っていた。
ビシバシ! ビシバシ!! ビシバシ!!!
「アウッ! アウッ! アウッ! 寝てませんから、八つ当たりは止めてくださいようー」
……こんな感じでアズマ一行の男たちが「闇の鞭で過重な労働を強要」されているのだった。革命は甘くない。理想を掲げた者ほど、現実の泥にまみれるのだ。
***
帝国宰相にはサラトガ伯爵こと山本先輩が就任。とにかく王国の機能が崩壊しないよう、有能な王国官僚を率いて行政に当たっている。 (もちろん男達は鞭に打たれながら) 机に突っ伏しかけた背中に、容赦ない一撃。だが彼の指示は的確で、滞っていた行政や司法や税制は直ちに正常化していく。
「頼む……少し休ませてくれー」
この国の政治や司法の場からは、かつてレキシントン元帥や地下のマフィアとつるんでいたような悪徳官僚・貴族は一掃している。足りないポストには、身分に関わらずドシドシ引き上げたので、今まで貴族に対して声を上げられなかった平民出の人たちが多く配置された。彼らの目には恐れと同時に、初めて与えられた責任への誇りが宿っている。帝国は、痛みと共に生まれ変わろうとしていた。
アシュレイさんは宮廷魔導師兼軍師として、今は魔法省の掌握と魔法インフラの維持に取り組んでもらっている。魔導師の人たちは、比較的協力的な人もいて、大きな混乱もなく日々仕事をしてもらい大感謝だ。まあアシュレイさんは当然のように鞭に打たれながらだが。 (しっかり男判定されている)
「お願いよ……1時間だけ寝させてぇ」
帝都の魔法灯が消えないのは、彼女が徹夜で術式をメンテしているからだ。帝都の夜は、彼女のクマと引き換えに守られている。
帝都の警備や帝国の軍事面だが、ここは当面の間ノワールとワスプ(旧海軍軍人アンデッド)たち不死の軍団に、王国騎士団の穴埋めをお願いした。24時間元気に働く彼らは、その見た目から最初は恐れおののかれたが、一週間もするうちに国民からも慣れられてくるのだった。ノワールさんはエナジードリンクを飲みながら休むことなく働いている。赤牛印の空き缶が山のようだ。
「アンデッドに睡眠・食事は必要ないですからね」
王宮内の警備や実務はイリスとトラ子、そしてウル美メイド長率いる獣人メイドが活躍中。元からいた使用人の皆さんとも協力して、いつのまにか完璧に仕切ってくれている。実に頼もしい。廊下は磨き上げられ、厨房からは温かな匂いが漂う。ここだけ見ると、闇の帝国というより理想の職場だ。
トラ子は警備陣を率いながら犬化した元国王や貴族・騎士の世話をしたり、イリスは王宮の一角に臨時救護所を開設してへばった僕らの活力注入や、民からもリクエストがあれば医療活動をしている。救護所からは、時折「はぁぁ……生き返ったぁ」という情けない声が漏れてくる。ほぼ男ばかりだ。
「体調の悪くなった人はいつでもきてくださいー」
「えへへ。みんな獣人になったからトラ子も目立たなくなったよ」
王宮のメイド頭に就任したウル美メイド長が訓示する。彼女の声は落ち着いていて、まるで嵐の中心にある静寂のようだった。
「女子のみなさん……いい仕事には十分な睡眠・美味しい食事・適度の休息が大事です。身体を壊さないよう気を付けてお願いいたします」
「「はいっ!!」」
(なんなんだ……この差は!?)
闇の女神は僕以下……男たちには容赦ないが、女子と国民には優しかった。その理由を考える余裕もなく、また鞭の音が響く。どこかで《怠惰は罪。だが努力は愛》という囁きが聞こえた気がした。
***
革命から一か月が過ぎる。帝国はその後もサラトガ伯爵やアシュレイさんらの尽力で混乱を最小限に抑えられていた。まあ反乱分子はほぼ「犬化」しているのもあるのだが。帝国政府は僕とサラトガ伯爵の主導で「基本的人権の尊重」に「信教の自由」も打ち出す。人々がそのまま生きることへの保障と、今まで信仰してきた光の女神への想いを無下にしないというアピールだ。今後はディスフィア様の神殿も造営するが、アストリア教団や神殿は破壊や解散はしないことで民心を安定させることにした。もちろん教団のグレーな行為は一切禁止ではある。
更に「異世界徳政令」を即日実行した。まあ既に聖教会中央銀行の大金庫から多数の借用証書を盗み出していたが、それら以外も含めて貧民の借金は全て帳消しにした。その穴埋めは異世界版の「廃藩置県」&「農地改革」で進めていく。貴族制を廃止して大地主も解体するのだ。理想を掲げるのは簡単だが、実行は血を吐く作業だ。だがそれでも、誰かがやらなければならない。
ちなみに革命の混乱に乗じて領土を侵した他国の軍隊があった。しかし彼らは闇の呪印の恐ろしさをその身をもって知ることとなる。国境を越えて侵入した軍人は「僕らに殺意を抱いた者」と判定され、全員が犬化したのだ。国境を越えてすぐの地点の街道や山野で、おびただしい数の軍服や装備・食料や軍馬などが取り残されているのが発見される。近くの住人の目撃談によると、わんこ化した軍隊は「キャンキャン」鳴きながら本国に逃げ帰ったらしかった。こうして帝国に軍事侵攻を行おうという隣国もいなくなった。最強の防衛線は味方には鉄壁で敵には理不尽そのものだったのだ。
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