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第80話 闇の呪印が浮かぶ夜

 王宮の南に造られた大聖堂にて、勇者召喚の準備が行われていた。王国騎士団と聖堂騎士団の精鋭部隊が厳重な警戒をする中で、教団の大司祭と宮廷魔術師たちが残されし古文書を頼りに召喚魔法陣を書き上げていく。磨き上げられた白亜の床には、幾何学的な紋様が幾重にも重ねられ、金粉と聖水で縁取られていた。筆を握る魔術師の手は震えている。失敗は許されない。誰もが理解していた。これが王国の命運を左右する一筆だと。


 魔法陣は行使する魔法の設計図だ。召喚とは時空を超えて生きた人間を呼び寄せる。そこには魔法のみならず、世界を司る神の力も借りなくてはならない。世界に光をもたらす存在である女神アストリアは、実は闇の女神ディスフィアとは双子の姉妹である。光がなければ生き物は多種多様に進化はしなかっただろう。しかし闇が無ければどんな生物にも安らぎは無かったのだ。


 この両者の姉妹喧嘩はいつから始まりいつ終わるのか……果てしがなかった。百年単位の周期で光と闇は入れ替わり、地上での人間や亜人の主導権が変わるたびに、他方を虐げて来ていた。その歴史から常に光は闇を、闇は光を絶対の悪として決めつけ、弾圧してきたのだった。人々はそれが正しいと信じている。


 聖堂の高窓から差し込む月光が、未完成の魔法陣を蒼白く照らす。その光はどこか不安げで、まるで天上の姉妹の確執を映しているかのようだった。祈りは純粋だ。だが、祈りの先にいる存在が、必ずしも人の都合に応えてくれるとは限らない。


 光の女神アストリアが祝福を与えたとされるアストラリア王国。今ここで人々の必死の抵抗が試みられていた。翌日の正午……光の女神の力が最も強くなる刻限に行われる勇者召喚へ最終調整が進められる。チャンスは一回のみ。試運転のために運び込まれていた12個の魔導光貨が最後の砦だった。その魔導光貨は、まるで小さな太陽のように淡く輝いている。触れれば温もりを感じるそれは、確かに光の祝福の結晶だった。


 突貫の作業が続くその傍らで、王国騎士団所属諜報主任のミランダは必死でアズマ一行の行方を追っていた。その日も成果はなく騎士団の詰所に戻った夜だった。王都の地面から見たことも感じたことも無い大魔力が溢れ出した。その魔力は星の輝く夜空に形として浮かび上がる。そのマークは意味不明だった。3分も経たずに次の波動がやって来た。地下から沸き起こる謎の力……続いて2回目のサインが夜空に浮かび上がった。


 ぞわり、と背筋を撫でる悪寒。訓練で鍛えた勘が叫ぶ。これは天災ではない。誰かの意思だ、と。夜空に刻まれる紋様は禍々しく、それでいてどこか整然としていた。無秩序な暴走ではない。計算された発動――その事実が、なおさら恐ろしい。


「なに? 何が起きてる!?」


 その巨大なサインが何なのか理解できるものは誰もいなかった。ただ何かが起きている……約3分おきに次々と夜空に放たれる謎のサイン。王国の人々は只事ならぬ事態に、ベッドから飛び起きて夜空を見上げた。国王も騎士団も魔導師たち、教団の司祭も。窓が開き、悲鳴が上がり、祈りが重なる。だが空は答えない。ただ静かに、確実に、刻印を増やしていく。


 約三時間にわたり続いたそれは深夜0時にきっちり終わった。最後のサインが夜空に放たれたあと、王国の空に現れたのはオーロラのごとく朧げに光る闇の女神ディスフィアの呪印。巨大な神の力が王国を包み吹き荒れる。目に見えない何かに包まれ……人々は闇の女神の呪いをその身に受ける。


 ミランダも感じた……光の女神の加護がバラバラにされて吹き飛び……自分の身体が呪われていくのを。 胸の奥で何かが軋む。信じてきたものが剥がれ落ちる感覚。代わりに流れ込んでくる、濃密で温かく、それでいて抗いがたい闇。拒絶しようとする理性と、変質していく肉体。その狭間で彼女は歯を食いしばった。


 凄まじい力が吹き荒れたのち……世界は何もなかったような静けさを取り戻す。執務室で目を開けて見たものは、「狐獣人」になった自分の姿だった。ひょこっと頭髪の間から飛び出した狐耳にお尻には狐尻尾……アズマ少年が見たら「うんうん可愛いよ」とでも言うだろうが、長年光の教団の教義で獣人は人間じゃないと叩き込まれてきた彼女には気絶しかねないショックだ。


 気を取り直して騎士団の詰所などを見渡すと、そこにいた者は全員獣人になっていた。指先で耳に触れる。柔らかい。温かい。否定できない現実。


「これは! アズマの仕業か? はっ! 大聖堂はどうなった?」


 急いで駆け出すミランダ。大聖堂に到着した彼女が目にしたものは、わんわん王国だった。


「ええぇー!? 大聖堂の中には犬しかいないんだけど?」


 荘厳だったはずの聖堂は、今や犬の鳴き声で満ちている。祭壇の前に整列していたはずの精鋭たちは、毛並みの違いでしか区別がつかない。高位司祭らしき大型犬が、困惑した目でこちらを見上げていた。


「ワンワンワン?(くっそーどうなってるんだ)」


「ワンワンワン!(ぶっ殺す!アズマめぇー)」 


「ワンワンワン~(なんか散歩に行きたいなぁ~)」


 本音と本能がごちゃ混ぜだ。理性が残っている者と、尻尾に支配されかけている者。その混沌を前に、ミランダは唇を噛む。怒りよりも先に浮かんだのは、冷静な判断だった。この事態が只事でないと悟った彼女はすぐさま「魔導光貨」を回収し王宮を飛び出した。そして、事態を見極めるために王都の市井に潜伏を開始する。諜報騎士ミランダの闘志は失われていなかった。


***


 闇の呪印が発動する少し前。どんな呪いにするか邪神会議はグダグダ続いていた。発言する度に「人体爆破」か「都市殲滅爆破」を提案する、頭のネジがぶち壊れてるユリシア。一見は理性派だがかつて王国に裏切られ静かに復讐の情念を燃やすアシュレイは「男女逆転」や「全国民マゾ化」など際どい意見で攻めてくる。生死を超えた不死の王ノワールは大体が「アンデッド化」とか「自我を奪うような強制」とか全く無慈悲な提案ばかりだ。


 机を叩き、椅子を軋ませ、妙に活き活きとした顔で物騒な案が飛び交う。ここが王国の命運を決める場だとは、誰が信じるだろうか。そんな中で末席にいたトラ子がおずおずと手を上げて発言を申請する。


「うん? いいよートラ子さんも意見があったらどうぞ」


 視線が一斉に集まり、彼女の尻尾がぴくりと揺れる。けれどその瞳は、いつになく真剣だった。


「えーと……私はあんまり難しい事を考えるのは苦手なんだけど……昔からずっと思ってた。みんな獣人になっちゃえばいいのにって」


「ん? んん? それ……いいかも」


 場の空気が変わる。過激でも残酷でもない。ただ、立場をひっくり返すだけの提案。


「そうかな? あのね良ちゃん……みんなが獣人になったら、トラ子は大手を振って表を歩けるかもって、いつも思ってたんだよ」


 その一言に、笑い声は消えた。差別の痛みは、冗談ではない。


「なるほどなぁ。今まで獣人やイリスを差別してきた国民に一度獣人の気持ちを味わっていただく……いいかもだよ!」


「ご主人様……それだけでは足りませんですぅ。ご主人様や私たちに『明確に殺意を抱く』者を排除する呪いも入れましょう!」


 イリスの声は甘いが、その瞳は冷えている。守るための線引き。それは必要だと、誰もが理解していた。


「そうだよなぁー。王国騎士団が獣人化してパワーアップしたんじゃ意味ないし……いっそそんな奴は本物のわんこにするとかどうかな?」


「いいですね! それならイリスも安心ですぅー」


 冗談のようで、本気の設計。アシュレイがやれやれといった風情で締めくくる。


「まあそんな所でしょうね。いいじゃない……全員を獣人化したら『全国民の身分差別・種族差別はなし』なんて布告を出しても、否応なくみんな受け入れるしかない。トラ子もイリスも『大手を振って街を歩ける』んじゃない?」


「うんうん。これで行きましょう!直ちに ディスフィア様に報告してきます!」


 そしてその夜……闇の女神の呪印が発動したのだった。

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!

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