第79話 世にも奇妙な呪い会議
地下迷宮基地の某所から急いでディスフィア神殿へ向かう僕とサラトガ伯爵。途中で着替えながら走るので、ズボンに足を引っかけてスッ転びながら走っていく。石造りの床は容赦なく硬い。派手に転んでは立ち上がり、また走る。自分でも何をやっているのか分からないが、とにかく急がねばならない。
途中で、我が組織(?)の構成員となった人々(大半が虐げられてきた弱き人々だ)にクスクス笑われながらも、勢いよくドアを開けて転がり込む。革命を目指す組織のトップがこれでいいのかという疑問は、今は置いておく。
「すいませんでしたー! 遅れましたぁ!」
「ぜぇぜぇぜぇ……(声にならない)」
肺が焼けるように痛い。伯爵は壁に手をつき、必死に呼吸を整えている。闇の女神がじーっと僕らを観察する。視線が痛い。完全に親に叱られる子供の気分だ。
《おぬしら何をしておったのじゃ? こんな大事な時にのう》
神殿内の空気がぴりりと張り詰める。巫女たちも興味津々だ。
「えーと……奪った金貨を精査しておりましたっ!」
反射的にそれっぽい言い訳が口をつく。
「そうそう……今後の活動資金として大事な金貨です。私も心を込めて数えておりましたっ!」
伯爵も必死に乗っかる。だが目は泳いでいる。
《トラ子よ……本当のところはどうなんじゃ?》 女神の声は甘いが、逃げ場はない。
「小部屋に金貨を敷き詰めて、海パン一丁で遊んでました!」
「「ああぁー! そんな本当のことを!」」 あっさり売られた。神殿内に微妙な沈黙が落ちる。
闇の女神がじろりと睨みつける。その瞬間、嫌な予感しかしなかった。
《お仕置きじゃ! てぇい!》
女神の指先から闇の波動が放たれる。黒い光が走った次の瞬間――
「アウッ!」「グォオゥー!」
その瞬間、僕とサラトガ伯爵は股間を押さえて床を転げまわる。「金的」だった。見えない誰かに蹴り上げられたような感触。男の子のあの部分は剥き出しの内臓なのだ。その痛みは時に命に関わる。視界が白く弾け、魂が抜けそうになる。イリス・ユリシア・トラ子・ノワールが、のたうち回る僕らを冷ややかに見下ろす中で、アシュレイだけは戦慄していた。(なんて恐ろしい処罰なの!? 気をつけよう―っと)
***
暫くして、僕と伯爵が青い顔をしながらも会話可能になって、邪神会議は本題に入った。まだ歩き方が若干ぎこちないのは秘密だ。
《皆の者……魔導光貨の奪取はご苦労じゃった。ノワールよ……その後の首尾は?》
ノワールは今日もママさんモードだ。エプロン姿が優しそうなお母さんオーラを放っているが、その奥に潜む狂気を僕は知っている。
「ディスフィア様の仰せに従い、この地下迷宮要塞の各階層にセット済でございます」
淡々とした報告。しかし内容はとんでもない。
《ということはいつでも呪印の発動は可能ということだな?》
「ははっ! アシュレイとユリシアにも手伝って頂いたので準備は万全かと」
アシュレイが誇らしげに胸を張り、ユリシアは優雅に扇子を広げる。物騒な面子である。
《呪印の効果と発動期間はどうじゃ?》
アシュレイが立ち上がる。真面目な表情に切り替わるのが早い。
「私から説明いたします。効果範囲はアストラリア王国の全域、発動期間は現在保有の魔導光貨の総エネルギー量なら百年以上可能かと」
百年。ほぼ世代を跨ぐ呪いだ。軽く言っているが国家規模である。
《ふふふふふ……よかろう……すぐにでも発動させようぞ。光の女神アストリアの泣き顔が見えるようじゃ》
その時、イリスが手を上げて発言する。普段ふわっとしている彼女だが、こういう時は意外と鋭い。
「ディスフィア様! その前に一応決めておかねばならないことがありますぅー」
《何じゃイリス? まだ何かあったかのう?》
「肝心の事が決まっておりません。呪印とは『呪い』ですぅ。どんな呪いにするか決めておかないと、発動はもちろんその後の支配にも影響がありますぅー」
確かにその通りだ。内容次第で敵にも味方にもなり得る。
《わしらに逆らいそうな奴は全員抹殺でええじゃろ?》
さらっととんでもないことを言う女神。僕はそれを聞いて恐怖に青ざめる。胃がきゅっと縮む。
「ディスフィア様! それは絶対アカンやつです! 線引きが曖昧な上に、問答無用で抹殺なんてしたら、誰も僕らに付いてこなくなりますようー」
革命は恐怖だけでは続かない。支持がいるのだ。
《そうなん? めんどくさいのうー。良一郎とイリスで決めてまいれ。それまでわしは巫女たちと、のど自慢大会でもしとるから》
やる気があるのかないのか分からない。僕はビシッと立ち上がり深々と頭を下げる。責任の重さが肩にのしかかる。
「はい! もうしばらくお待ちくださいませ」
女神は議長席からふっと消え去り、会議室にはいつもの面子のみが残る。急に現実的な空気になる。呪印発動のための条件を決めなくては……。
***
ここに世にも珍しい「呪いを何にするか会議」が開催される。ディスフィア様の呪いの力は本物だ。かつて海兵たちを寿命で縛り、無理やり降伏させたりもしている。下手に死だの疫病だのを投下しては、それは地球で核兵器を使うに等しい行為と僕は思ったのだ。
僕の根っこは「平和を愛する広島県民」なのだ。戦前からの広島県民ならば家族親戚親類縁者などで、大なり小なり誰かが原子爆弾の被害に遭っている。あんな悲劇はされる方もする方も嫌なのだ。だからこそ、力があるからといって乱用する気にはなれない。
「というわけで、極力穏便にしたいと思います! ご意見をお願いします」
爆弾令嬢ユリシアが自信満々で発言する。待ってましたと言わんばかりだ。
「ホーッホッホッホッ! 即死でなければいいのですわ。全国民にプチ爆弾を仕掛けて、逆らった瞬間に爆死というのは如何でしょう?」
目が本気である。怖い。
「却下です!」 即答。迷いなし。
「ええぇ?」
次にアシュレイが立ち上がり発言する。妙に楽しそうだ。
「性転換なんてどうかしら? 全員男女逆転よん。強い男性騎士はか弱い女性に……女の子はそのハートのまま男にしちゃえばヨワヨワじゃない?」
倫理的にも社会的にも爆弾案件だ。
「その辺りは性自認とか微妙なんで却下です」
「そんなぁー」
次いで、ノワールママの目が妖しく光る。エプロン姿なのに物騒だ。
「全員アンデッドにしたら……」
さらっと世界の終わりを提案する。
「絶対却下です!」
「ちっ!」
(優しそうなママの顔で舌打ちするんじゃない!)
基本が邪悪な僕らパーティーだ。大体が過激な意見で、会議は紛糾するのだった。穏便とは何だったのか。革命前夜の会議は、なぜか一番カオスだった。
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