第76話 オンボロ長屋の奇跡
数日後の王都端っこ。貧しい民草が集う貧民街。その長屋の一室にある父娘が暮らしていた。石と木材を無理やり継ぎ足しただけの壁は隙間風だらけで、冬を越すたびに命を削るような場所だ。父親は腕のいい魔道具職人だったが、重い病を発症して今は寝たきりの生活。かつては王都の商人からも指名されるほどの腕前だったが、今は指先に力を込めることすら叶わない。
医者に診てもらうにも、聖教会で癒し手に治療をしてもらうにも、とにかくお金が掛かる。父の病が長引くにつれて蓄えは底をつき、働きに出ている娘の給与だけでは店舗兼住宅の家賃を払うのもままならなくなり・・遂に最下層ギリギリの長屋で暮らしているのだった。誇りも道具も売り払い、残ったのは互いを思う気持ちだけだった。
その夜、勤めを終えた娘が店の余り物の総菜と父親の魔法薬を買って帰宅してくる。長屋のドアを開けて部屋を見渡すと粗末なベッドに寝る父。娘は負担を掛けまいと声をかけず静かに部屋に滑り込む。不意に咳き込む父。目を覚まし半身を起こそうとする。
「ゴホゴホ……お帰り。今日も大変だったかい?」
「ごめんね。起こしちゃった? そのまま寝てていいよ。晩御飯用意するから」
娘は慣れた手つきで小さな竈に火を入れる。鍋から立ち上る湯気が、ささやかな生活の温もりを象徴していた。
「いつもすまないねぇ……」
「もうーお父さんたら……それは言わない約束でしょう?」
「ハハハ……そうだったなぁ。ゴホゴホ」
「魔法薬も買ってきたから、食事が終わったらちゃんと飲んでね」
父の目にきらりと涙が光る。 (俺が五体満足なら娘にこんな苦労は……) 拳を握ろうとしても、震えるだけだ。無力さが胸を締めつける。
その時だった。長屋の外から数人の男たちの野太い声が響く。静かな夜気を切り裂くような下卑た笑い声。
「おうおう……借金して利息も払わない奴の家はここか?」
バァーンと乱暴に蹴破られるドア。薄い板きれなど紙同然だった。人相の悪い男が借用書を持って娘に迫る。
「期限が来てるんだよ。耳をそろえて元金・利息を払ってもらおうか」
「ええ? 私がお金を借りてるのはアストリア教会から紹介されたお店です。利息はお支払いしてますし、元金の返済は父の病が治るまで待っていただける約束です!」
必死の訴え。だが男たちの頭に浮かぶのは同情ではなく、獲物を値踏みする計算だけだった。
「そうはいかねぇんだよ。この借用書だが、教会からうちが買い取ったんだ。そんな口約束は知らねぇなぁー」
「そんな……家にはお金はありません」
「それじゃあーあるもんだけ頂いていくぜ」
どかどかと無頼の男たちが部屋に押し入り、めぼしい家財を持ち出そうとする。鍋も椅子も、父の工具箱さえ乱暴に蹴飛ばされる。
「止めてください! それを失ったら明日から生きていけません!」
「へへへ……それじゃあ~あんたが働いて返すか? いい娼館を紹介してやるよ」
「止めろ! 娘に手を出すな。ゴホゴホ」
「うるせえ! 借金が払えないなら娘を売るまでだろうが! この死に損ないが」
男が父親の胸ぐらを掴んで殴ろうとしたその瞬間……窓の外から何かが飛んで来る。夜気を裂く鋭い風切り音。
グサァ!
男の手の甲に突き刺さるそれは、呉市の代表的工芸品「セーラー万年筆」だ。場違いなほど優美な筆軸が、血に染まる。(注:使い方を間違えています)
「痛てぇー! 何でペンが飛んで来る?誰だ? こんな真似をしてタダで済むと思っているのか!」
男たちがドヤドヤと部屋を飛び出し、そこで見たモノは……。幽霊馬・極流死に跨る暗黒騎士と、黒子の恰好をした謎の女だった。月明かりを背負ったその姿は、まるで貧民街に降り立った復讐の亡霊。僕は颯爽と極流死から飛び降りて男たちと対峙する。胸の奥で怒りが静かに燃えていた。
「弱い者いじめは止めろ! 教会から依頼されて債務者を回っているのは知ってるぞ」
「てめぇー何者だ? お前ら、やっちまえ!!」
男たちが腰に吊るしたショートソードやブロードソードを抜いて襲い掛かろうとする。僕は黒子から手渡された魔剣を構え迎え撃つ。刃に宿る禍々しい気配が、夜気を震わせた。
「貴様らに名乗る名はない!鞍馬天狗とでも呼んでもらおうか」(ちょっと気恥ずかしいが今は正義の味方だ!)
「鞍馬天狗!?……教会を敵に回すとはいい度胸だ!」
無頼漢たちが次々と襲い掛かって来る。しかし、【竜眼】を得た僕にはその動き全てがスローモーションに見える。振り下ろされる刃の軌道が、まるで親切な線画のように浮かび上がる。象が踏んでも壊れないキメラボディ改二は力もスピードも格段にアップしていた。男たちを魔剣の峰でバンバンとぶっ叩いていく。
「峰打ち! 峰打ち! 峰打ちだぁ!」
打たれた男たちは次々と僕の魔剣に生気を吸われ、気絶していく。恐怖に歪んだ顔が地面に転がる。僕は最後に倒したボス格の男から借用書を奪い、その魔法紙を魔剣でバラバラにして火を着ける。炎が夜に舞い、理不尽な契約を灰へと変えた。
ひらりと極流死に跨ると遠くから王国騎士団員が吹く呼子の音が聞こえる。ここの騒ぎを聞きつけて間もなく大勢の騎士が来るはずだ。時間はない。そこへ娘が駆け寄って来る。
「アズマさん! アズマさんでしょう?」
聞き覚えのある声だった。 (え? 冒険者ギルドの受付のお姉さん!?) この世界に来て、コミュ障の僕に最初からずっと優しくしてくれた人だ。まさか、こんな形で再会するなんて。
「いえ……違います! えーと……ただの通りすがりの素浪人ですぅー」
「嘘よ! その魔剣に見覚えがあるもの! 黒装束の子はイリスちゃんでしょ!」
「あのー……これで黙ってて下さい」
そう言って僕は懐から金貨のぎっしり詰まった財布を取り出し、お姉さんに手渡す。迷いはなかった。これは口止め料であり、治療費であり、未来への投資だ。するとイリスが長屋から出てきてお姉さんの肩をポンと叩いて極流死に飛び乗った。イリスがひらひらと手を振るなか、僕らは慌てて逃げ出す。夜風が闇の女神の聖印を描いたマントをはためかせる。
「もう……アズマさんったら」
「彼らは一体何者なんだ?」
病床から立ち上がってきた父の姿に言葉を失う。
「お、お父さん!? 立てるの?」
「ああ……あの黒装束の人がなんか見た目気持ち悪いけど治療してくれてな」
いつの間にか、黒子は室内で父の病を処置していたのだ。濁っていた呼吸が静まり、顔色がぐんと良くなっている。 (ありがとうアズマさん) 涙ながらに抱き合う親子だった。貧民街の片隅で、小さな奇跡が静かに灯る。
***
その頃……僕らの掘った坑道は、遂に聖教会中央銀行地下の大金庫室の壁に到達していた。壁の前にはアシュレイ達が最後の仕上げに掛かっていた。汗と土にまみれながらも、その目は獲物を前にした狩人のように鋭い。
そう、僕とイリスの立ち回りはすべて、この金庫破りの為の陽動だったのだ。王都のあちこちで起こる小さな騒ぎは、騎士団の目を分散させるための布石。いよいよ壁が崩されるその時が来る。静寂の中、最後の一撃が振り下ろされようとしていた。
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