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第75話 銀行強盗は計画的に

 諜報騎士団を失い、アストラリア王国はその情報収集能力を鈍化させていた。権限の分割とは聞こえがいいが、一組織に重要な能力を集中させることの危うさが、徐々に露呈しているのだった。諜報騎士団長イノカワの独善的な組織は、彼を失うことで機能不全に陥ったのだ。強烈な個の力で無理やり回していた歯車は、中心軸を失った瞬間にばらばらと崩れ落ちる。


 騎士団の古参や現場代表のミランダが後を継ぎ、活動を再開したが捜査は難航。遂に王国は諜報騎士団の解体と、王国騎士団への吸収合併を決定した。コードネーム「あ」ことミランダ・ソリスは王国騎士団所属の諜報主任としてアイオワの片腕となる。しかし、成果は全く上がらない。机に広げた地図の上で、赤い印だけが虚しく増えていく。そんな時、アズマ一行の行方とは別に、違う噂も耳に入る。それは、王都の空気をわずかに濁らせる、不穏な金の匂いだった。


 王国騎士団の団長室。団長のアイオワにミランダが報告する。重厚な扉の向こう、陽光は差し込んでいるのに、室内の空気はどこか重い。


「アズマの行方については現在まだ捜査中です。恐らくは王都から脱出してイーストフォークに向かった可能性が一番かと思います。それより、教会と聖堂騎士団が凄い勢いで信者から寄付やお布施を集めているとか。ご存じですか?」


 アイオワは少し顔を曇らせながら返答する。その沈黙は、知らないからではなく、知っているからこその重さだった。


「ああ……あれな。もちろん知ってるさ。悪い噂も耳にしてる」


「教会が裏で高利貸しをしていて、かなり惨い取り立てをしています。表向きは別組織に見せかけてはいますが」


 ミランダの声には、諜報員としての冷静さと、騎士としての怒りが混じっていた。信仰を盾にするやり口は、彼女の矜持を刺激する。


「ここだけの話だがうちも資金集めには協力してるんだ。騎士団の金庫から『魔導金貨』を提供した」


「どういうことですか? 光の女神の使徒である教会が金の亡者になるなんて……しかも騎士団までも資金提供とは?」


 思わず一歩踏み出す。机を挟んだ距離が、急に遠く感じられた。


「先日の話だよ。勇者召喚……そのためだ」


「勇者召喚ってお金が掛かるんですか? でもなんでそこまで?」


 勇者という言葉は希望の象徴だ。だが同時に、国家の焦燥の裏返しでもある。


「正確には大量の『魔導光貨』が必要らしい。アレは通貨と言うより、戦略物資みたいなものだ。一つに大容量の魔素が圧縮されて詰め込まれている。あれを消費して無理やり異世界から、適格者をこの世界に引きずり込むらしい」


「そんな用途があったなんて」 ミランダは拳を握る。知らされていなかった事実が、胸の奥で鈍く軋む。


「俺も先日知ったんだ。教会はこの勇者召喚にすべてを賭けた。集めた資金で王国中や他国からも『魔導光貨』を買い集めている。勇者召喚ガチャは、何度もトライして『当たり』が出るまでやるか……天井と呼ばれる最大値まで突っ込んで『当たり』を確実に引くか……そのどちらかを選択するしかない」


「教会と王国は天井を選んだのですね。莫大なコストを覚悟したと」


「ああ。後戻りはできん」


 その一言は、勇者召喚だけでなく、今の王国そのものを指しているようにも聞こえた。


「そういうことだ。すまんが教会の方は目を瞑ってくれ。アズマの追跡に集中しろ」


「はっ!」 (しかし、民を犠牲にしてまでやる勇者召喚が本当に正しいのかな)


 返事はしたが、頭を抱えるミランダ。理想と現実の板挟み。その隙間から、闇が暗躍していることに、まだ気づいていない。


***


 その頃、僕とノワールは白昼堂々と王都を闊歩して、アストリア教会が経営する大手銀行「聖教会中央銀行」を下見に来ていた。石造りの壮麗な建物は、信仰と財力の象徴のようにそびえ立っている。というのも、たまたまだが僕は何度目かのショタ化の最中で、普段とは違う小学生くらいの少年の姿だったのだ。


 そしてノワールは本来の変化の能力を駆使して、30代後半くらいの妙齢の美女になっていた。真っ白な肌に艶やかな黒髪は変わらないが、その大人の色気はアシュレイを凌駕しているかもだった。僕の手を引き母親を演じている。見た目は上流階級の貴婦人とお坊ちゃまに見える。すれ違う人々の視線も自然で、疑う者はいない。


 僕らは銀行が遠目に見えるカフェの窓際に陣取り、お茶を飲みながらその目を走らせている。焼き菓子の甘い香りの向こうに、厳重な警備の気配が見え隠れする。


「堅牢で立派な建物だね。昼間は人の出入りも多いし、警備の騎士も常駐してる。普通に銀行強盗とかじゃ『大金庫』を破って根こそぎ奪うのは難しいよねぇ」


 無邪気な少年の声で言いながら、視線だけは冷静に巡回の間隔を数える。


「夜間も警備の目はありますけど、昼間ほどじゃないですね。そもそも聖教会の財貨に手を出そうとする者は皆無でしょうし」


 ノワールは優雅に紅茶を傾けながら、鋭い観察を続ける。その横顔は慈母そのものだが、瞳の奥には闇が揺れている。


「銀行の見取り図とかはあるかなぁ? ベタだけど近くの下水道から坑道を掘って地下金庫に侵入するのが一番目立ちそうにないけど」


「銀行関係者を一人、二人捉えて、吐かせましょう。その辺りはお任せを」


 さらりと言うが、その声には絶対の自信があった。


「魔法セキュリティのシステムも把握しておきたいな。早急に頼めますか?」


「承知いたしました。……それよりもいかがですか? 私のママバージョン♡」


 不意に距離が近づく。香水のほのかな香りに、心臓が跳ねた。


「えーと……少女だったときのノワールの本当のお母さんみたいだよ」


 僕は内心ドキドキしながら答える。少年の顔に似合わぬ動揺が、頬を熱くする。


「ふふっ……マスターはこっちの姿の方がお好きみたいですね。顔に書いてありますよ」


「ええぇ? そんなことないようー」


 周囲から見れば、微笑ましい親子の会話。だが実態は、王都最大級の銀行を狙う作戦会議だ。


「まあまあ。折角ですから親子デートをもう少し楽しみましょう。いいですね?」


「わかったようー。あくまで偽装だからね!」


 その後、夕方まで王都のあちこちを見て回った。賑わう市場、石畳を叩く馬車の音、遠くに響く鐘。全てが平穏に見える。だが僕らの胸中には、別の鼓動があった。ノワールは夕暮れと共に闇に姿を消す。恐らく不死の王として本来の力を発揮して、僕から与えられた課題を解決するための行動に入ったのだろう。残された僕は、沈む夕日を見上げながら、静かに息を吐いた。


***


 数日を経たずして、地下迷宮にある作戦室にノワールがもたらした情報が揃う。正確な地図と銀行内の見取り図。そして幾重にも張り巡らされている魔法セキュリティの数や能力。駆け付けるであろう騎士団の人数や実力。集まった情報で銀行の大金庫はほぼ丸裸になった。卓上に並ぶ資料は、もはや勝利の設計図に等しい。


「くっくっくっ……雲切仁左衛門で行くぜ!」 思わず笑みがこぼれる。緊張と高揚が混ざった感覚だ。


「ご主人様……それって?」 イリスが小首を傾げる。作戦室の燭台が揺れ、影が踊る。


「殺さず・犯さず・盗まれて困る者からは盗まない……これが盗人の掟3ヶ条だよ!」


 冗談めかして言いながらも、本気だ。奪うのは、革命のための燃料だけ。


「アズマくんの言う事はよくわからないけど、誰にも気づかれず静かに盗めればそれに越したことはないわね。土魔法を使わずコツコツ坑道を掘れば探知されずに行けるわ」


 アシュレイの理詰めの提案に、場の空気が引き締まる。


 翌日から王都地下の下水道のとある地点から、僕らは土魔法を使わず、スケルトン達とコツコツと音も立てずに穴を掘り進めていく。湿った土の匂い、遠くを流れる水音。地上では誰も知らないまま、王都の足元で小さな革命の穴が、少しずつ広がっていく。

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!

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