第74話 地下迷宮のひみつ
王国側が手探りでもがいているころ――当の僕らは、まさにその足元にいた。 地下に張り巡らされた秘密の通路。地中深く掘り進められる迷宮。闇の女神ディスフィアのプロデュースによって、その規模はますます巨大になっていた。湿った土の匂いと、灯された魔導ランプの青白い光。無機質なはずの地下空間は、いつの間にか一つの都市のような熱を帯びている。掘削に従事するスケルトンたちの規則正しい足音が、遠くで反響していた。
その地下神殿では、今まさに「闇の御前会議」が開催されようとしていた。地中にさらに拡大された神殿……そこには奈良の大仏並みの巨大なディスフィア座像が造営され、広大な神殿広場では今日も闇の使徒たちによる祈りの儀式が捧げられている。
荘厳なはずの空間に、今日もなぜかポップな前奏が流れ出す。フリフリのアイドル衣装を着たイリスがマイクを手に使徒たちをリードしている。どこからともなく流れてくる楽曲。それに合わせて約50人にも増えた闇の巫女たちが身構える。
「いきますよー。1.2.3・・はい! 勇者のことが好きなのに♪ 私はまるで能力値ない♪ 何度目かのパーティー除名の準備♪」
「「「イエィ!イエィ!イエィ!」」」
重厚な石壁に反響する合いの手。闇の神殿とは思えない明るさだ。ユリシアがそれに続く。
「酒場を見れば大勢の♪ 高ランクのコたちがいるんだもん♪ 地味な回復役には気づいてくれない♪」
「「「イエィ!イエィ!イエィ!」」」
アシュレイ、ノワール、トラ子と続くその楽曲は、どこかで聞いたことのあるアイドルグループのメガヒット曲だ。
歌い踊る彼女たちはうちのメンバーに加えて、サラトガ家の美人獣人メイドたち。さらに王都で保護した様々な種族の亜人の女の子や、劣悪な孤児院から保護した少女たちもいる。この地下施設で自由と手厚い保護、休息を得て、再び目に希望の灯を取り戻したのだ。最初は怯えていた子たちも、今では笑いながらステップを踏んでいる。闇の神殿は、皮肉にも彼女たちにとっていちばん安全な場所になっていた。
ノリノリの楽曲が続くと、神殿の上座に影が現れる。闇の女神ディスフィアが、強い闇の信仰心によって具現化する。
《カモン カモン カモン カモン 女神 占ってよ♪ …呼んだ?》
「「いらっしゃいませー。お待ちしておりました!」」
女神が現れた瞬間、空気がわずかに震える。けれど誰も恐れない。むしろ推しが登場したライブ会場の熱気だ。
《ホホホホホ。苦しゅうない。皆の者……歌を続けよ》
「「恋する駆け出し冒険者~ 明日はそんな悪くないよ~ ヘイ!ヘイ!ヘイ!」」
盛り上がる巫女たち。闇の女神も一緒になって踊り歌い始める。巨大な座像と、全力でサビを踊る本体。そのギャップに、未だに慣れない。僕はその光景を少し離れた議長席から見ていた。
(うーん……何度見ても楽しそうだ)
世界征服を目論む邪教教団の会議前とは思えない光景だが、士気は異様に高い。結果オーライなのがまた困る。女神を中心とした闇の儀式は数曲続いて終わる。闇の女神の祝福なのか、巫女たちの顔に疲労の色はない。女神に一礼して皆が晴れやかな顔をして退出していく。神殿には僕とイリス、サラトガ伯爵、アズマ一行が残るのだった。
《さて……まずはイノカワの成敗。皆よくやったぞ》
「もうー大変でしたようー。あっさり殺されちゃったし」
僕は頬を膨らませるが、その声色はまだどこか軽い。
《うーん……あれは何とも言えんのう。単に運が悪かった。いつもの事ゆえドンマイ!》
「ドンマイじゃないですよー」
「まあまあご主人様。ディスフィア様の加護で蘇生できましたしー」
イリスがさらっと言う。蘇生前提の会話ってどうなんだ。
《そうじゃぞー良一郎。もっと感謝せい》
「くぅー……ありがとうございましたー」
(毎回女神の指示で死地に追いやられて絶命してるのに、なんか納得いかないのだが)
心の中でだけ抗議する。表情は完璧な従順モードだ。
《良一郎……何か言った?》
「いえ! 何にも言ってません!」 ぎくり、と背筋が冷える。
《まあよかろう。それよりも今後の事じゃが、お前たち『革命軍』を名乗るがよいぞ》
軽い調子だが、内容は物騒だ。
「ええー? これだけ大暴れしたら『徹底マーク』されてみんな殺されちゃいますようー。魔大陸へ逃げるんじゃなかったんですか?」
僕の声は情けなく反響する。地下だから余計に響く。
《うるさいぞ良一郎! この臆病者めっ。わしの加護があるのだ。もっと堂々としろ》
堂々とできるなら苦労しない。アシュレイが手を上げて発言する。
「ディスフィア様。革命軍を名乗るという事は、当初の目標どおりアストラリア王国を乗っ取るという事でよろしいですか?」
その瞳は真剣だ。冗談ではなく、本気で王国の未来を計算している目。
《うむ。確実に流れはわしに来ておる。そして、王国転覆の切り札も完成した。任せておけ》
女神の声には妙な確信があった。根拠があるのか、ノリなのか判断がつかないのが怖い。
ポジティブお嬢様ユリシアには、それが何か分かったみたいだった。
「ホーッホッホッホッ。流石はディスフィア様ですわ。私にはわかりました。この地下迷宮を『闇の呪印』とするとは……正に大胆不敵……壮大な仕掛け」
高笑いの奥に、冷静な知性が光る。
「え? そうなの? 意味が分からないんだけど」 正直な疑問が口から漏れる。
「ご説明しますわ。この王都は光の女神の加護をより高めるため、街の区画自体が『光の聖印』をモチーフにしているのです」
そう言われてみれば、上空から見た王都は幾何学的な形をしていた。偶然じゃなかったのか。
「そうなんだー。なんとなく変わった街の形だなーと思っていた」
僕の認識、だいぶ浅かったらしい。 アシュレイがそれに続く。
「私も先日気づいたの。この地下迷宮……各階層ごとは何も意味は為さない。けれど……全ての階層のマップを重ね合わせたら……そこにディスフィア様の闇の呪印が浮かび上がる」
彼女の指が空中に軌跡を描く。点と点が線で繋がる瞬間の、あのぞくりとする感覚。
ノワールが何かにひらめいた感じで続く。
「闇の呪印はこの王都の聖印を阻害して弱め、反対に闇の加護を高めるのです。今はまだ発動していませんが、全階層に魔力の源になる高純度・大容量の『魔法結晶』を配置すれば……」
地下深くに眠る巨大な魔法陣。考えただけで背筋が寒くなるスケールだ。
イリスがわくわくした顔で結論を導き出す。
「この国全体を闇の加護で覆いつくし、逆らうものはみんなドブネズミに変える……なんてことも可能になりますぅー」
物騒な内容を、まるで新曲発表みたいなテンションで言うな。
「恐ろしいー。いつの間にそんなことやってたんですか!?」 僕のツッコミはもはや儀式だ。
《お前らがイーストフォークに旅立つ頃に思いついてのうー。スケルトン達を使ってずっと掘り進めてたんじゃ》
さらっととんでもない長期計画を告白する女神。暇なのか有能なのか判断に困る。
僕らの会議を端っこで聞いていたサラトガ伯爵が発言する。
「その闇の呪印が発動すればこの国は変わりますね。いっそアズマくんを国王にして、今まで体制側の不正で閑職に甘んじていた良識派の官僚を掌握すれば……」
伯爵の目は本気だった。冗談の色は一切ない。
「僕にそんな重圧……無理ですようー」 王冠なんて被ったら、即座に胃に穴が空く自信がある。
《うるさい! 良一郎……次のオーダーじゃ。『聖教会中央銀行』の大金庫を破って来い! そこにある『魔導光貨』を根こそぎ奪ってくるのじゃ!》
魔導光貨……聞いたことがある。魔素が凝縮されたダイヤモンドのような物で、並の金貨の数百倍の価値があるとか。
「それって呪印起動用ですか?」
ここを踏み出したらいよいよ戻れない。僕はイリスの手をぎゅっと握るのだった。
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