第73話 御前会議ふたたび
王都郊外の演習場に、王国騎士団の精鋭が駆け付けた際には、既にすべてが終わっていた。朝靄の残る広大な演習場には、焦げた土の匂いと鉄の焼ける臭気が立ち込めている。空を舞う鴉の影が、まるで戦場の終焉を告げる弔鐘のように地面へと落ちていた。静まり返ったその光景は、つい先ほどまで激戦があったことを雄弁に物語っている。
王国騎士団長アイオワの目の前には、見たことも無い謎の兵器の残骸と、戦いに敗れて傷つき倒れているイノカワの部下たち、そして刺殺され横たわるイノカワの遺体があるのみだった。巨大な鉄塊はひしゃげ、黒煙を上げながら無残に転がっている。常識では到底考えられない破壊の跡に、駆け付けた騎士たちは言葉を失った。これほどの兵器を打ち砕く存在がいるという現実が、彼らの胸に重くのしかかる。
引き連れた部下と共に下馬して付近を探るアイオワだったが、そこには敵の気配はなかった。乾いた風が砂塵を巻き上げるばかりで、魔力の残滓すら感じられない。まるで最初から何もいなかったかのような静寂だ。
「くそっ! イノカワめ……俺たちに一言もなくアズマと戦ったのか」
苛立ちと悔しさが入り混じった声が、虚しく響く。
「団長……そのようです。諜報騎士団の団員から事情聴取してますが、敵は闇の勇者アズマで間違いないかと」
報告する副官の顔にも、隠しきれない動揺が浮かんでいた。
「やはりか。派手にやって派手に散ったわけか」
アイオワは視線を落とし、倒れ伏すイノカワの遺体を見つめる。生前の自信満々な姿が脳裏をよぎり、やるせない思いが胸を締め付けた。
「イノカワ一族のチートアイテムをもってしてもアズマは倒せなかった……この事実は重いかと」
副官が74式戦車の残骸を見ながら、絞り出すように声を繋ぐ。鉄の装甲は無残に裂け、内部構造が露出していた。
「これがあいつの切り札だったアイテムか。こんな頑強な兵器をアズマは破壊したと?」
「俄かには信じられませんが、他にも使途不明の兵器の残骸もありました」
未知の文明の産物のような破片が、地面に散乱している。その異様さが、謎の敵の底知れなさを際立たせていた。
「お前はアズマの後を追え。俺は陛下にご報告してくる」
そう言って愛馬に跨ろうとしたアイオワの目に、遠く演習場の彼方から砂塵を上げて向かってくる数騎の騎士の姿が映った。
「あれは?」 「なんでしょう?」
やがて近づくそれが、諜報騎士団員であることがわかった。彼らはコードネーム「あ」ことミランダと、「か」たち。アズマ一行を追って人魚諸島に潜入していた別動隊だった。飛竜でいち早く王都へ舞い戻ったアズマらと行き違っていたのだが、数々の苦労を経て命からがら人魚諸島を脱出。とりあえず早馬によって王都に帰還したのだった。 ミランダはアイオワの姿を見て駆け寄ると、転げ落ちるように馬から飛び降りる。
「アイオワ団長、お久しぶりです! 諜報騎士団のミランダです」
「遅かったな。残念だった」 その一言に、空気が凍る。
「え? どういう?」
アイオワはそっと視線を白い布で覆われた遺体へ向ける。重苦しい沈黙が流れた。
「……まさか!? そんな!」
ミランダと「か」達が遺体と対面する。布の下からは、無残に破壊された団長イノカワの姿があるのだった。血の跡が乾き、冷え切った現実だけがそこに横たわっている。
「団長~! あああぁぁー」
遺体を取り囲み涙にくれるミランダたち。悲しみと戸惑いが入り混じり、声は震える。
「すまん……我々がここに来た時は既に……残念だが蘇生も不能だ。魂が喰われている」
アイオワの声にも悔恨が滲む。
「こんな変わり果てた姿になるなんて。 これもアズマの仕業なんですか?」
「そうだ! あいつの仇は俺たちが取る!」
拳を握る騎士たち。しかし次の瞬間。
「ううぅー是非お願いします! それよりイノカワ団長~!! 今月の給与はちゃんと支払われるんですかぁ!」
「そうですよー。俺たちの出張旅費は!?」
「俺の有給休暇の消化はどうなるんだぁー!!」
悲しみの中に突如差し込まれる現実的な叫び。アイオワは思わず目を瞬かせる。
「えーと、団長の死については悲しくないのかな?」
「それはそれ、これはこれです! 私たちも生活がありますから! というか絶対負けないって言っときながら、こんなにあっさりと死ぬなんて。諜報騎士団はもう終わりですー」
「給与も賞与もぶっ飛んで、いきなり失業だよー」(号泣)
涙と不安と生活苦が入り混じる、何とも締まらない嘆き。
「うーん……よかったらうちで面倒を見よう。 君らの任務の話も聞きたい。」
呆れ半分、同情半分の提案だった。
「本当ですか! よかったー。あれだけ苦労したのに、いきなり失業するかと」
「「お世話になりますー」」 安堵の声が広がる。
(イノカワ……人望ないなぁ) アイオワは空を仰ぎ、小さくため息をついた。
***
翌日、アイオワの報告により再び御前会議が開かれる。重厚な円卓を囲む王国首脳たち。その表情には緊張が走り、室内の空気は重苦しい。会議の冒頭でイノカワの死と諜報騎士団の崩壊が報告される。国王以下、アストラリア王国首脳に深い悲しみと絶望感が走る。国家の柱が、また一つ崩れ落ちたのだ。
また、ミランダから人魚族の動向なども報告された。法務省からは調査の結果として、レキシントン元帥とイノカワ団長の禁忌ビジネスなども明らかになった。会議は混迷し、解決の糸口が見えない。誰もが、目に見えぬ闇に追い詰められている感覚を抱いていた。
「魔王アズマは既に我が国の2大勢力を叩きつぶした。王国海軍に諜報騎士団……どちらもその戦力はこの国になくてはならないものだった。しかし、あっけなく敗れている」
低く響く声に、円卓の上の燭台の炎が揺れる。
「アイオワ……王国騎士団でヤツを倒せるか?」
「敵の実像がわからないままでは何とも言えない」
正直な答えだった。無謀な勇ましさよりも、現実を見据える冷静さが求められている。
聖堂騎士団長のエンタープライズが手を上げて発言する。
「異端者は全て処理すべし。光の王国に闇は不要です。光の加護を受けし者を護るためなら、我らは命を捨てても戦う覚悟」
その瞳は狂信にも似た輝きを帯びている。
「気持ちは分かるが下手には動けんぞ。俺はイノカワの切り札を見た。あれを破壊するとは……奴は並みじゃない」
アイオワの脳裏に、粉砕された兵器の残骸が蘇る。あれを正面から打ち砕く存在――常識の外側にいる怪物。会議の末席にいたミランダも発言する。小柄な体を震わせながらも、声ははっきりしていた。
「恐れながら申し上げます。アズマの手引きで王国海軍の主力艦16隻が撃沈したとのこと。奴は敵が手強ければ手強いほど強大な力を振るってくると推測いたします」
室内がざわめく。強敵に比例して増す力――それが事実ならば、迂闊な総力戦は自滅に等しい。
「どうすればいい? 相打ち覚悟で全騎士団を動かすか?」 宰相の焦燥がにじむ声が飛ぶ。
その時、円卓の上座にいた国王が重々しく口を開いた。王冠の宝石が、静かに光を反射する。
「皆静まれ……魔王には古来より対抗する方法がある。今こそその方法を試すとき」
ざわめきが止まり、全員の視線が集まる。
光の教団を率いる教皇が立ち上がり、会場を見渡しながら目を輝かせる。
「国王陛下のおっしゃる通り、やはりアレしかないでしょうな」
「もしや勇者召喚……ですか」
半信半疑の声が漏れる。だがそれは、古文書にのみ残る禁断の秘術。
「そうだ。魔王に匹敵する者をこの世界に呼び出し、勇者パーティーを結成して魔王討伐をする。大軍を動かし下手に犠牲を増やすより、勇者を中心に強者を集め、魔王とその配下を屠るのだ」
王の声には、決断の重みがあった。もはや後戻りはできない。
「なるほど。ではそのパーティーには俺も参加させてもらうぜ」 アイオワの胸に、闘志が灯る。
「よかろう……聖騎士として私も同道しよう」 セリアの信仰と剣が交差する。
「勇者召喚は200年以上ぶりですな。我が教団が総力を挙げてお手伝いいたしますぞ」
古文書に記された儀式が、今まさに現実のものとなろうとしていた。それが新たな希望となるのか、さらなる混沌の始まりとなるのか――誰にもまだ分からない。
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