第72話 戦いの後、そして新たなる姿へ
諜報騎士団所有の野外演習場。 日の出とともに始まった戦いは、一時間程度で決着がついた。闇の勇者アズマ一行は、主人公の無駄死にはあったが、例によって蘇生できたので結果オーライみたいな感じで勝利を収めていた。焦げた土の匂いがまだ鼻を刺す。爆風で抉れた地面が、つい先ほどまでの死闘を無言で物語っていた。
諜報騎士団のエージェントたちは大半が逃走し、生き残った者も傷つき拘束されている。この時、王都を護る王国騎士団や光の女神信者を保護する聖堂騎士団は動いていない。すべてはイノカワの独断だったのだろう。絶対的な勝利を確信していた彼は、手柄を独り占めしようと目論んでいたらしい。その慢心が、彼の最期を決定づけた。だが勝者である僕の胸にも、妙な重さが残っている。敵とはいえ、同じ国からやってきた、日本人転生者の時代が終わったのだ。
派手な爆発音や爆風を響かせながらの戦いだったが、今はただ重苦しい静寂が訪れていた。生き返った僕は、直ちに全員に撤収を命じる。この場に長くとどまることは、新たなる強敵を呼び寄せることに他ならない。勝利に酔う暇はない。ここは王都中枢とは目と鼻の先だ。動けば必ず気付かれる。
「みんな! 撤収しよう。ここにいたら危ない」
自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。
「アズマくんの言う通りだ。王都にはまだ無傷の騎士団がいる。彼らと戦うなら準備もいるだろう」
それを聞いて、アシュレイがテキパキと指示を出していく。逃走の準備も完璧みたいだ。誰も迷わない。これが今の僕らの強みだ。傷ついた伯爵をトラ子がおんぶして駆け出す。ウル美メイド長がそれに付き添う。
「パパ~馬車に着いたらしっかり治療してもらうから。死なないでぇー」
必死な声だが、どこかいつもの調子も混じっている。
「うぎゃあぁぁ。トラ子~揺らさないでぇー。痛い痛い痛い~」
緊迫した場面のはずなのに、にぎやかな親子コントに少しだけ空気が緩む。
僕にはイリスとノワールが付き添ってくれる。僕は極流死に乗り、二人に支えられながら、演習場の場外に用意してある逃走用馬車を目指す。
「ノワール……イノカワを退治してくれたんだ。お疲れ様でした」
僕の言葉には、労いと同時に、わずかな不安も混じっていた。彼女にとってはかつての主だ。
「マスター……ありがとうございます。仮初とはいえ一時は主人と仰いだ人を殺めるのは心が痛い……なんてことはありませんでした。長年の恨み……やっと晴らすことが出来て、今は感無量です」
ノワールが晴れやかな顔で僕に報告してくれた。そこに迷いはなかった。
「そ…そうなんだ…まあ…よかったよ」
少しだけ拍子抜けする。だがそれでいい。彼女の過去が一つ清算されたのだ。
「くっくっくっ。これで私もロリータ形態から変化できます。マスターのお好みの姿になって差し上げますよ」
戦場帰りとは思えない軽さだ。
「ノワール先輩! イノカワの呪縛が解けて良かったですぅー」
イリスの無邪気な笑顔が、重たい空気をさらに和らげる。
「そうか……諜報騎士団に寝返りを悟られないため、ずっと外見をJSにしてたんだっけ?」
「ふふっ……マスターは幾つくらいの姿がいいです?」
意味深な視線が向けられる。
「ちょっとタイム。今はもうヘロヘロで何も考えられない」
正直、本音だ。
「では当面はこのままでいますけど、生前の私の姿もいずれお見せしますので期待しててくださいね」
「うん。楽しみにしてるよ」
「私も楽しみですぅー」
ひとつの戦いの終わりと、新しい何かの始まりだった。僕らは地下迷宮から出張してきたスケルトンが警護している数台の馬車に乗り込むのだった。
***
僕らは全員で演習場から逃走していた。馬車の中で、イノカワの銃撃で重傷を負った伯爵をイリスが治療している。車輪の振動がわずかに身体を揺らす。急いでいるが、追跡を警戒して速度は抑え気味だ。イリスの手から黒い靄が放たれ、伯爵の身体を包むと、謎の回復虫が皮膚の下を蠢く。見慣れてきたはずなのに、やっぱり慣れない光景だ。
「ひいぃー。グロいよこれ。ちゃんと治療してるの?」
伯爵の顔は青ざめているが、意識ははっきりしている。
「ご安心くださいー。この程度の傷ならすぐに治せますからー」
イリスの声はいつも通り柔らかい。
「ううぅー頼むよ」
「ん? ご主人様……身体の中にある『鉛』の塊や破片はどうします?」
「そうかー銃弾だからなぁ。全部身体の外へ出せる??」
「やってみますぅー」
イリスの気合で、傷口からどす黒い血と共に鉛玉がコロンと飛び出てくる。血の中には鉛の破片も含まれているみたいだった。金属音が小さく床を打つ。
「ぐはぁー。痛い痛い痛い。これイノカワの拷問よりキツイよ」
「死んでたら全然痛みは無いんですけどねぇ」
「俺は君みたいに死に慣れてないからなぁ」
一同、爆笑。笑い声が狭い馬車の中に満ちる。
「えーん……僕だって死にたくて死んでるわけじゃないのにー」 半分本気だ。
そうこうするうちにイリスが治療を終える。闇の治療魔法の見た目のグロさは別として、イリスの聖女としての実力は本物だ。サラトガ伯爵の銃創は「なにもなかった」レベルで回復していた。皮膚には傷跡すら残っていない。
トラ子が試しに傷のあった場所を叩いてみる。 「えいっ! コークスクリューなブロー!!」
ボスッ!
「うがぁー……娘よ……必殺拳で叩いちゃいかん……ガクッ」
「ああぁーご主人ー」 涙目で縋り付くウル美。
「てへ、パパごめんちゃい」 トラ子は時に力加減を知らないのだった。
親子コントに思わず笑みが浮かぶ。まあ笑えるということは、生き延びた証だ。
***
暫くして僕の元へアシュレイとユリシアが興味津々の顔でやってきた。
「さて次はアズマくんのステータスチェックよ」
嫌な予感しかしない。
「今回は飛竜の血肉が混じった良一郎様がどうなったのか……期待ですわ~」
ユリシアの瞳がきらきらしている。
「えーと……やっぱり今回もなにか人体に影響がある感じですかね?」
毎回蘇生と言う名の人体実験みたいなものになってない?
「ステータスオープン!!」
アシュレイの掛け声で僕は自分のステータス画面を表示してみる。淡い光が視界に広がる。
ユリシアが僕のスキルをチェックすると……。
「ホーッホッホッホッ。やはり全体的に能力アップしてますわ。【キメラボディ改】が【キメラボディ改二】になってます」
(僕は某ゲームの艦○かよっ!) 進化の仕方が雑すぎるぅ。
「強靭さが『象が踏んでも壊れない』んですって!」
(例えが昭和の筆箱かよっ!) もうこのツッコミは平成生まれの諸氏には通じないだろう・・・。(遠い目)
「能力はどうなのかしら? 【竜眼】っていうのが新たについてるわね」
「飛竜が持つとされる探知系スキルですわ。遠くの敵を発見したりできる遠視や、高速で動く敵を捕捉する動体視力が爆上がりするのです」
偵察だけでなく、戦闘にも役立つ能力みたいだ。
「やったー。こっちはなんか役に立ちそうなスキルだー」
「やりましたね! ご主人様!」
喜ぶ仲間たちの顔を見て、少しだけ肩の力が抜ける。魔改造されるたびに不安も増えるが、それでも前に進むしかない。僕の【竜眼】で世界の行く末を見極めるまでは。
馬車は魔法探知やレンジャーからの追跡を逃れるよう痕跡を消しながら進み、隠し通路から地下迷宮へ避難していく。これからの行動をどうするのか……悩みは尽きないが、今はただ休みたい僕だった。
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