第68話 行くぞ!地獄の演習場
夜明け前――王都郊外にある野外演習場。 ここは諜報騎士団(イノカワ家)に国王から下賜された場所だ。広大な敷地には様々な地形が用意され、色々な想定で演習を行うことができる。その中心部の丘の上には十数本の磔台が立ち、そこにサラトガ伯爵やウル美メイド長ら獣人メイド達が縛り付けられていた。いつでも処刑できる……そんな脅しなのだろう。丘の上で揺れる人影は、夜明け前の薄青い空を背にして、やけに小さく見えた。だが距離のせいだけではない。“殺せる位置に置いてある”という事実そのものが、あの磔台を不気味に縮めている。
僕らは演習場の北の端から、遠目にその光景を見ていた。遠視の魔法アイテムで確認する。イノカワの姿と、奴の切り札はまだ姿を現さない。周囲には配下の諜報騎士団員が多数、警戒に当たっている。数は40人に満たないくらいか……確認して、ゆっくりその場所に向けて歩き出す。
静まり返った演習場に、僕らの足音だけが妙に大きく響く。この広さ、この配置、この“見せつけるような人質”。どう考えても、真正面から来いと言っている布陣だ。敷地を取り囲む柵を魔剣で斬り飛ばし、突入口を作る。
「じゃあ、行きましょうか」
鉄が断ち切られる甲高い音を合図に、空気が一段階張り詰めた。
「はい、ご主人様。今日のイリスは女神パワーも満タンですぅー」
その明るさが、逆にありがたい。少なくとも、立ち止まる理由は消えた。
「ホーッホッホッホッ!久々にあの大魔法が撃てる……あーん♡早く撃ちたいですー良一郎様~」
「飛竜の準備も出来てるわ。アズマくん、武運を祈ってる!」
それぞれの声が重なり、作戦が現実になる。もう“やる”以外の選択肢はなかった。
「はい! ユリシアさんとアシュレイさんには、手筈通りお願いします」
二人は森に隠してある飛竜に乗り込み、いつでも飛翔できるよう準備を整えている。上空という保険があるだけで、心臓の鼓動が少しだけ落ち着く。
「良ちゃん……イノカワをぶっ倒してね。トラ子はパパを助けてみせるから!」
「マスター!こちらも手筈通りに別方向から潜入して、伯爵たちを解放してきます。安全が確保されたらすぐに合流しますから、攪乱よろしくお願いします」
二人の目に迷いはない。それが、いちばん強くて、いちばん頼もしい。僕は深く頷きながら、二人を送り出す。
「無理しないようにね。必ず僕らで隙を作るから!」
トラ子とノワールが親指を立てて、軽やかに走り出す。そこへアシュレイの隠蔽魔法が飛ぶ。二人の姿が周囲の景色に溶け込み……やがて姿は分からなくなった。計画は、歯車としては完璧だ。だからこそ、歯車を噛み砕く“異物”が怖い。嫌な予感はまだ消えない。
僕は処刑騎士の鎧に身を包み、幽霊馬にイリスと一緒に跨る。かつて首なし騎士・デュラハンが跨っていた幽霊馬は、アンデッドの軍馬だ。一歩地面を踏むごとに、黒い瘴気を巻き起こしながら進む。その異様な姿は、どう見ても“正義の来訪”ではない。だが今日は、それでいい。
僕とイリスは、広々とした平原を朝日に照らされながら、イノカワがいるであろう磔台に向かって進む。その後には全身を覆うローブを身に纏った人物が三人。彼らは仲間と背格好が似たスケルトン(骸骨戦士)。アズマパーティーを偽装するために選抜した「元剣闘士」の凄腕アンデッドだ。敵から見れば、堂々とした正面突破。――だからこそ、罠も真正面から来るかもだ。
「ううっ……怖くない……怖くない」
「ご主人様?めっちゃビビってますね」
「そりゃそうだよー敵の罠の中に飛び込むんだぞー」
弱音を吐けるうちは、まだ大丈夫だ。本当に危ない時は、口が動かなくなる。
「イリスは怖くないの?」
「私にはご主人様とディスフィア様がいるから……全然平気ですぅー」
「ううっ……イリスのその豪胆さが羨ましいよ」
イリスは馬上で、キュッと僕の身体に抱きつく。鎧越しでも分かる温もりが、現実に引き戻してくれた。
「ご主人様の作戦なら大丈夫です。自信を持って行きましょう!」
イリスの励ましで、僕は少しずつ落ち着くのだった。
***
磔台の近く。 イノカワが屋外用の折り畳み椅子に座り、部下の淹れた紅茶を嗜んでいる。この黒髪のイケメン青年は、その逞しい身体を機能的な迷彩服に包んでいる。その姿は、最前線で戦う陸軍特殊部隊の将校のようだ。奴はこの場を“演習場”ではなく“処刑場”として扱っている。その態度が、何より腹立たしい。
遠目に幽霊馬に跨った僕や仲間が見え始めたころ、イノカワはスクッと立ち上がり歩を進め、やがて僕と対峙する。周囲には護衛として、諜報騎士団の精鋭40余人が完全武装で付き従っている。数も、装備も、配置も――完璧だ。イノカワと僕の距離が30mほどになったところで停止を命じられ、馬を下りる二人。
「貴様がアズマか?兜を脱いで顔を見せろ」 要求の仕方が、すでに勝者のそれだった。
僕は黙ってフルフェイスの兜を脱ぎ、顔を出した。
「そのとおり……僕が冒険者のアズマだ。そしてこの娘がパートナーのイリスだ」
「後ろの三人がユリシア・アシュレイ・トラ子か?」
「そうだ……よく調べたな」
「ふふっ、サラトガが全て喋ってくれたよ。それよりもだ……『わ』はどうした?」
胸の奥が、嫌な音を立てる。
「『わ』だって?ああ……あのバンパイア娘の事かな?」
「そうだ……俺の秘蔵っ子だったんだがな」
「僕が倒したよ。魔剣で心臓を貫いてな。灰は人魚諸島に撒いたぞ!二度と復活できないような」
わざと、感情を乗せた。この男には、遠慮はいらない。
「そうか……ならば仕方あるまい……諦めよう。また別の傀儡を探すまでだ」
「そんなことより、早くサラトガさんとメイド達を解放しろ」
「はぁ?俺に要求など出来る立場か?貴様にはここで死んでもらう。俺のお気に入りの人形を壊してくれたからには、念入りにな」
空気が、完全に敵意へと切り替わる。僕らはそれを聞いて身構える。魔剣を正眼に構え、イノカワの背後に控える騎士団員の動きを見張る。
その時だった。 「戦車!前へ!」 その一声で、世界が変わった。
イノカワの掛け声とともに、ディーゼルエンジンの咆哮が地の底から響き渡る。僕の目の前の地面が降下してスロープを作ったかと思えば、その中から長大な砲身を誇る分厚い鋼鉄の怪物が、ライトを輝かせながら飛び出すように現れた。土と石が弾け、地面が悲鳴を上げる。
「うっ!これは!?……戦車??」
「ハハハハハ。これが我が一族に伝わるチートアイテム……74式戦車だ!祖父がこの世界に持ち込み、親父が対魔法戦仕様に魔改造したのだ」
笑い声が、やけに楽しそうだ。
「えーん!なんなんだようー」
「アズマ……たとえ貴様が本物の魔王でも、こいつには勝てんぞ。踏み潰されるか、主砲弾でバラバラになるか。どちらにしても、ここが墓場だ」
「僕の外れ魔剣と、貰うアイテムが全然違うじゃんかー」
冗談めかして叫びながら、頭の中は必死に回転している。
「気の毒だが、運がなかったと諦めろ。行け!74式!アズマを踏み潰すんだっ」
74式戦車の主砲が、まっすぐ僕に狙いを定めて、重低音を響かせながら向かってくる。逃げるしかない。それが、今できる唯一の正解だ。
「ダメだぁー敵うわけないようぅー撤退……撤退だぁ~」
それを合図にアズマパーティーが、バラバラに駆け出す。僕は愛馬に跨り、イリスに手を出して後ろに乗せる。砲身が追ってくる。足元が震える。
広大な演習場で、地獄の鬼ごっこが始まった。
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