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第67話 地下迷宮(ひみつ基地)への帰還

 諜報騎士団の執務室。 分厚い石壁に囲まれたその空間は、外界から切り離されたかのように静まり返っていた。重苦しい沈黙の中心で、団長のイノカワは机に肘をつき、指を組んだまま動かない。彼の視線は、机上に並べられた地図と書類ではなく、扉の向こうに向けられていた。アズマ一行の情報。それが届くのを、今か今かと待ちわびていたのだ。そこへ、部下「さ」が血相を変えて飛び込んでくる。


「団長! サラトガが屈しました。アズマ一行の情報を取り急ぎ取りまとめました!」


 息を切らせた報告に、イノカワの口元がわずかに歪む。待ち望んだ言葉だった。


「でかした! 直ちに分析して必勝の構えを取るのだ」 


 声には高揚と確信が混じっていた。


「はっ! 直ちに取り掛かります」


 部下は反射的に背筋を伸ばす。敬礼して部屋を出て行こうとする「さ」を、イノカワが呼び止める。


「そうだ。部下『さ』よ。『わ』の行方はどうなっている?」


 その名を口にした瞬間、部屋の空気がわずかに張り詰めた。


「はい……『わ』ですか? アズマ一行の監視役として潜入しているという女エージェントですよね?」


「そうだ。彼女はある意味『切り札』のひとつだ。今もパーティに潜入し続けているのか?」


 問いは淡々としていたが、その裏には焦りが滲んでいた。


「サラトガの話では、イーストフォークに出発する時にはいたようです。現時点では確認は取れません」


「そうか。既に始末されているのかもな」 冷たい言葉だった。


「団長の呼びかけにも応答はありませんか?」


「残念だが音信不通だ。『あ』からの報告も無い」


「殉職ですか……私も残念です」 本心かどうかは、誰にもわからない。


「仕方あるまい。行け『さ』よ。アズマをおびき出すのは王都郊外の野外演習場だ。久々に『アレ』を動かす」


 イノカワの目に、獲物を狩る者の光が宿る。彼にとってこれは戦争ではない。勲章を増やすための、狩りだった。


「了解しました! いつでも出撃可能なように、メンテナンスは万全を期しております」


「今夜、俺が運び込む。奴らを呼び出すのはその後だ」


「『アレ』の前には魔王と言えど敵わないでしょう。団長の武勲にまた新たな栄光が刻まれますね」


「ハハハハこれで俺の王国への功績は揺るぎないものになる……おい!無駄口は叩くな。早く行け!」


「はっ! 失礼いたします」


 扉が閉まり、再び執務室には静寂が戻った。


***


 その頃。僕らは王都郊外のある場所に来ていた。 王都の賑やかな街並みを越え、さらに城壁の外にある森の中。昼間でも人影の少ないこの一帯は、夜になると完全に世界から切り離される。近くに街道もなく、人目にもつかない寂れた場所だ。だが、ここの山の斜面には秘密があった。


 深夜。冷たい空気の中で、アシュレイさんが静かに呪文を唱える。すると、ただの土壁だった場所にぽっかりと洞窟が現れる。その先は、まっすぐ王都に向かって伸びる地下通路。そう、ここは僕らの住む一軒家の地下に建設した大迷宮へと続く「秘密の抜け穴」なのだ。


 二十四時間フル稼働で働いてくれるスケルトン軍団の皆さん。無言で働き続ける彼らの姿を思い浮かべ、内心で感謝する。万が一の脱出用にと掘り進めておいた横穴が、この土壇場で僕らを王都へと導いてくれた。地上の僕の家は、既に諜報騎士団によって接収され監視の目も厳しいだろう。しかし、ここの存在はバレていないらしく、僕らは易々と本拠地へ帰還することができた。


「ふぅー、やっと帰ってたぞー。お風呂沸かすぞー!日本人は湯船に浸からないと疲れが取れないんだようー」


 その一言に、張り詰めていた空気が少しだけ緩む。


「お疲れさまでした、ご主人様。ふふっ、直ぐにご用意します♡」


「もうー、落ち着いてる場合じゃありませんわよ。『アレ』の対策をどうなさるんですか?」


「そうそう! イノカワを倒さないとパパを助けるのも難しいと思うし」


「イノカワのチートアイテム……最終兵器。あんなのどうやって倒すのよ? 私の知識じゃどうあっても無理っぽいんだけど」


「マスターの姑息な作戦が頼りです。どうなんですか?」


 次々と向けられる視線。かつて最上位の吸血鬼だったノワールをねじ伏せた、圧倒的な武力。共有された記憶の恐怖が、みんなの顔を曇らせる。


「ああ、アレね。大丈夫だよ、弱点はわかってるから。攻めるポイントがあるんだ」


 僕はできるだけ軽く言った。みんなに勇気を持ってもらうためだ。


「さすがご主人様です! 今度はどんな姑息な手段を使うんですか?」


「あんまり姑息って言うなよぉー。なんかこう……知略に溢れるとか、軍略に秀でるとか。そんな感じでお願いできないかなぁ?」


「はいはい。じゃあ今度の作戦を大まかに考えるわよ」


「ふふっ、お任せください。僕とイリスが囮になりますから。『アレ』はユリシアさんとアシュレイさんで必ずやっつけられます。その間にノワールとトラ子さんは、サラトガ伯爵とメイドさんたちの救出を!」


 役割が定まるにつれ、場の空気も少しずつ締まっていく。


「トラ子、別動隊でいいの? ノワールちゃんも一緒じゃ戦力が……」


「わかりました。ヤツを油断させるため“私は人魚諸島で死んだこと”にしてください。あとマスターがイノカワを引き付けていれば、解放は容易いですよ」


 その言葉に、一瞬、誰も言葉を継げなかった。


「ホーッホッホッホッ! お二人とも心配無用ですわ。私の爆弾魔法の神髄をお見せいたしますわ!」


「呼び出しされる前にここへ帰れてよかったわね。ここからならスケルトン軍団も出撃できるし、何といっても『魔素結晶』がガッツリ補給出来たからね」


 魔法は強力だが、人体に宿る魔力には限界がある。それを補う「魔素結晶」は、いわば魔力の予備タンクだ。旅立つ前に詰め込んでいたストックは枯渇していたが、本拠地の在庫を補充したことで戦力は万全になった。これで勝てる。そう確信した瞬間、魔導通信機の呼び出し音が鳴り響いた。


「もしもし、アズマか?」 間違いない、イノカワだ。


「ああそうだ。サラトガ伯爵は無事なのか?」


「生きてはいる。毎日の拷問にかなりヤラれているがな」


「酷いことをするな! サラトガさんは悪い人じゃないぞ」


「ああ、わかってる。だが貴様の仲間だからな」


 胸の奥に、怒りと恐怖が同時に湧き上がる。


「……用件は何だ?」


「明日の朝、夜明けとともに、王都郊外にある諜報騎士団の野外演習場へ来い。そこで決着をつける。逃げたり抵抗すればサラトガを殺す」


「僕はヘタレだぞ……今も怖くて逃げたいんだが」


「言っただろう? お前が来るまでサラトガを拷問すると」


「くっ……待ってろ! 必ずお前を倒す!」


「ハハハハハ……やってみろ。やれるものならな」


 通信は切られた。もう後には引けない。逃げ場のない対決を前に、僕らは決意を固めるしかなかった。

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!

少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。


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