第65話 イノカワの執念
王都では諜報騎士団団長ヒデオ・イノカワが焦っていた。この黒髪のイケメン青年は、彫りの深い精悍な顔立ちと、筋トレで鍛え上げた肉体美に圧倒的な眼力を持つ強面だが、かつてないほどの焦燥感から暗い顔をしていた。重厚な執務机の上には、未処理の報告書が幾重にも積み上がっている。それらはすべて、彼の思惑とは異なる方向へ事態が転がり始めている証拠だった。御前会議の後、王国騎士団や聖堂騎士団、さらには法務省までもが独自に動き出した。早急に結果を出さなければ、イノカワにとって不都合な案件までもが明るみに出かねなかった。
イノカワの出自は転生者だ。約五十年前、彼の祖父がある事故によってこの世界に転生してきた。祖父が持ち込んだチートアイテムの威力は凄まじく、その驚異的な武功で王国内に確固とした地位を築いた。それは英雄譚として語られ、やがて「正しさ」の象徴として神話化されていく。
その息子は初代の残したチートをさらにこの世界の魔法文化にも適応させ、王国内に新たな組織を立ち上げる。それが、諜報活動に特化した諜報騎士団だった。地球の感覚で言えば、CIAとFBIが一緒になったような組織だろうか。
時は流れ……孫であるヒデオが祖父の遺産を受け継ぐに際して、流れゆく時間は様々な問題を引き起こしていた。技術は風化し、チートは老朽化する。だがイノカワ一族の力の根源である「チートアイテム」を封印する、あるいは捨て去るという選択肢はあり得なかった。その不具合を穴埋めするために近づいたのが、レキシントン提督だった。提督から提供される「ある禁忌の物質」が必要だったのである。
イノカワには自らの正義があった。祖父の代から受け継いできた王国の安寧を陰で支えるという自負と責任感。多少手段を選ばないことやレキシントンを見逃すことも、総合的に見て「必然」と判断してきた。しかし今、その関係が足元を崩しかねない事態になりつつある。
「部下『さ』よ。『あ』以下からの報告はまだか?」 苛立ちを隠さない声が、静まり返った執務室に響く。
「イーストフォーク支部の支部長更迭の後からは、『人魚諸島に潜入成功』との連絡を最後に報告はありません」
「遅い! 『あ』は何をやっている? 早くアズマを始末せねば……王都に何か手がかりはないのか?」
机を指で叩く音が、秒針のように規則正しく鳴る。
「冒険者ギルドを始め、アズマが関係していた人物を洗っております」
「それで? どうなっている?」
「いやぁー、アズマという男……本当にコミュ障らしく、ギルドでも深く付き合っている者がほとんどいないのです。友人とハッキリ認定できる人物が……おりません」
イノカワは頭を抱えてデスクに埋まっていく。想定していた“人脈からの包囲”が、成立しない。
「……なんか、可哀想だな。それはそうと、どうにかならんのか?」
「それでですね団長。アズマの購入した一軒家なんですが、その近くに設置した魔法防犯カメラから驚きの映像が発見されました」
「なんだ? 手がかりになるのか?」
「法務省の現役官僚が、アズマ邸に入っていく場面が映っていました」
イノカワの目が鋭く細まる。
「誰だ? 極めて交友のない、ぼっちのアズマに誰が近づいたんだ?」
「本人の特定がやっと出来ました。コウジ・サラトガ伯爵です」
「サラトガだと? そうか! 奴も転生者らしいな。事情聴取してみるか」
「任意同行を打診しましょうか?」
「温いぞ『さ』よ。精鋭部隊を使う! 今日中に屋敷を囲んで全員拘束するんだ」
そこに、躊躇は一切なかった。
「王国の大法務官ですが……よろしいので?」
「必ず何か出る! 出なければでっち上げてでも罪を着せるさ。部隊を招集しろ!」
「はっ! 今夜にも踏み込めます」
***
その夜。 法務省から帰宅したサラトガ伯爵は、屋敷の一室に安置したディスフィア像に祈りを捧げていた。闇の女神ディスフィアに話しかけることで神託通信ができると信じ、アズマ一行に「要注意」の意思を発信していたのだ。国家に仕えながら、国家から追われる側に立つ。その矛盾を、彼はすでに受け入れていた。娘の無事を祈りながら、今日も女神像に語りかける。そこへ、背後からメイド長の美女狼獣人・ウル美が声をかけた。
「ご主人様! お喜び下さい! アズマさんと『魔導通信』が繋がりました!」
「おおっ! よかった! まだ無事みたいだな」
「はいっ! アズマさんが王都の様子を教えてほしいとのことです。すぐに通信室へ行きましょう」
「ああ、よかったよー。トラ子も元気かな?」
「お嬢様もお元気みたいです。よかったです……」
涙ぐむウル美の肩をそっと抱き、屋敷の最上階にある通信室へ足早に歩くサラトガ伯爵。この時間が、どれほど危うい奇跡の上に成り立っているかを、彼はまだ知らない。
その時、アズマ一行はイーストフォークを離れていた。飛竜三匹に分乗し、人目につかない山野を選んで旅をしていた。イリスが収納魔法で持ち運んでいる「魔導通信機」は送受信に限界がある。王都までもう一日か二日で到着するという地点で、ようやく通信が繋がったのだった。
「もしもしー、サラトガ伯爵ですか?」
「おおっー、アズマくん! よかったよー、無事だったんだな」
「みんなのおかげでどうにか。トラ子さんにも助けられました」
「うんうん。やったな……レキシントンを討ったんだな」
「ええ。人魚族のおかげでなんとか」
「そのことで王都は大騒ぎだぞ。レキシントンの悪事は暴かれつつある。だが……それ以上に君らが『王国の脅威』として認定された。ここに戻っちゃいかん!」
「ええぇー!? やっぱりやりすぎちゃいましたか」
「いやいや……よくやったよ。俺には出来ないことさ。日本人として君が誇らしい」
「山本先輩!ありがとうございます!」
「こっちはこっちで上手く王都を脱出するから、イーストフォークで落ち合おう。魔大陸へみんなで逃げるんだ――」
その時だった。 バァーン!! ドタバタ! 男たちの怒号に女性の悲鳴。
通信越しに、僕らの耳にサラトガ邸で何か異変が起きた音が響いた。諜報騎士団精鋭による襲撃だった。音もなく忍び寄った諜報員が屋敷の使用人や獣人メイドたちを次々と拘束。通信室へイノカワが踏み込む。サラトガ伯爵を部下に拘束させると、彼は通信機に被り寄った。
「丁度よかったぞ。アズマか?」
「誰だ!? 伯爵はどうした?」
「奴の身柄は、我々諜報騎士団が確保したぞ」
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