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第63話 それぞれの新たなる門出

 コードネーム「あ」ことミランダ一行が人魚諸島に潜入を果たす、ちょうど前日のこと。 朝焼けの海は不思議なほど静かで、あれほど激しかった戦いの痕跡が嘘のようだった。「吾一号作戦」を完遂した僕らと人魚族は、それぞれの目的地に向けて人魚諸島を後にしていた。勝利の余韻よりも、次の一手に向かう緊張の方が、胸の奥で重く居座っている。


 収容所島から脱出した三千余りの人魚族は、アストラリア王国から奪取した艦隊に分乗して魔大陸を目指す。それは僕らにとっても、彼らにとっても「新たな門出」だった。僕らがいる「アストリア大陸」と対をなす「ディスフィア大陸」は、通称「魔大陸」と呼ばれる。様々な種族が住み、たぶん人間より遥かに亜人・獣人が多い場所らしい。魔獣の数も多く自然も厳しいという。彼らにも断片的な情報しかない未知の大陸。それでも人魚族は、迷いなくそこを目指した。


 彼らはアストラリア王国と完全に袂を分かったことで、この地に見切りをつけたのだった。また僕らとて、いつ何時「敗走」の憂き目にあうかはわからない。魔大洋の制海権を確保し、魔大陸に確固とした拠点を築くのは、生存戦略上の必然だった。(僕のひみつの作戦ノートにある「逃げ道の確保」なのだ)


 別れの朝。人魚諸島の港には、戦艦六隻、巡洋艦六隻という壮観な威容があった。艦隊は収容所島で待機する人魚族の老人や子供・女性たちを拾い魔大洋を横断するのだ。艦上には人魚族の筋肉塊で溢れかえり、軍艦に乗れない者たちは木製の運搬船に乗り込んでいる。多数の運搬船が人と物資を満載し、巨大な軍艦に曳航されていく。笑顔もあれば、不安そうに振り返る者もいる。だが、誰一人として残る者はいない。皆が前に進む覚悟を持っているように見えた。


 出発の前、人魚族の新たなリーダーになったウンチョウが、義弟のヨクトクと一緒に僕のところへ挨拶に来てくれた。二人とも、昨日よりほんの少しだけ立派に見える。


「アズマ兄貴……色々とお世話になりやした。この礼はわしらの命にかけても必ず報いますぜ」


「まったくでさぁー! ほんの数か月前まで、人魚族が全員解放されるなんて思ってもみなかった。全て兄貴とディスフィア様のおかげですぜ」


 真正面から向けられる感謝の言葉に、胸の奥がじんわり熱くなる。


「僕の方こそ礼を言うよ。人魚族のみんなの助けが無かったら、巨悪レキシントンは倒せなかったと思う。本当にありがとう」


 僕は素直に、深々と頭を下げる。計算も打算もない、ただの感情だった。


「兄貴〜! 頭を上げてくだせぇ。やっぱりアズマ兄貴は可愛い男だ。そうやって素直に感謝できるのは、なかなか難しいもんですぜ」


「世間の奴らがヘタレとかコミュ障とか姑息とか銭に細かいとか負け犬根性とか足が臭いとか……色々言ってますが、俺は兄貴をやるときはやるおとこと思ってやす!」


「ちょっとー!? 姑息くらいまでなら自覚あるけど、その先はデマだからー! 僕の足は臭くないぞー!」


 別れ際だというのに、いつもの調子で軽口が飛ぶ。だからこそ、この関係は続いていくのだと感じられた。


「まあまあ。しばしお別れですが……足の臭いには気を付けて! では魔大陸でひと暴れしてきやす!」


 二人は抗議する僕を尻目に、颯爽と戦艦レトヴィザンへ乗り込んでいく。


「ちょっとー!? 訂正しろよぅー!」


 僕の叫びも空しく、力強い汽笛が響き渡った。艦隊の各艦から魔導動力炉が唸りをあげる。艦隊は一隻、また一隻とゆっくり港を離れていく。僕らに向かって、ちぎれんばかりの勢いで手を振る人魚族の人たち。僕も手を振る……いつまでも。人は自由を得るだけが終わりじゃない。その自由を守る戦いもまた必要なのだ。魔大洋と呼ばれる暗黒の海を乗り越え、新天地で生きる場所を確保する……それは並大抵のことじゃないだろう。だが彼らならきっとやり遂げる。そんな希望に満ちた船出だった。


「「漁船に五色の~魔除け立て〜♪ (ハッ! ハッ!) 人魚の尾びれが~波を切る〜♪ (ソレ! ソレ!) 祭りだ 祭りだ 祭りだ 出漁祭り〜!!」」


 艦隊から漢たちの勇ましい歌が流れてくる。その勢いに胸が熱くなる。ウンチョウが魔声で叫ぶ。


「向こうに着いたら、でっけぇディスフィア神殿を作りますぜ! 神託通信を待ってやす! いつでも兄貴の下に飛んできますぜ!」


 その声は、もう遠くなりつつあった。僕も負けじと、ドラゴンボイスで声を返す。


「ああー! ウンチョウ……みんな! 頼んだよ! また会おう!」


「また会いましょうぜぇぇぇえ!」


 イリスがそっと僕の横に立つ。さっきまでのやり取りを思い出したのか、少し笑いながら僕の顔を見る。


「ご主人様……行っちゃいましたね」


「うん、寂しくなるなぁ」


「あぁ〜、ホントに騒がしいばかりの連中でしたわ。清々しました」


「とかなんとか言って……ユリシア寂しそうなの」


「何言ってますのトラ子! もうー、キャンプ生活は限界ですわ。早くふかふかのベッドで寝たいですわ」


 軽口の裏で、全員が同じことを考えている。ここから新たな戦いが始まる。


「みんな、見送りお疲れ様。私たちも出発しましょう。大陸本土の様子が気になるしね」


「ディスフィア様のご神託では『要注意』とのことです。気を付けていきましょう」


「マスター、さすがに諜報騎士団も動いてるかもですね」


「僕の悪い噂がどこまで広がってるのか心配だようー」


「まあまあアズマくん、とりあえず行ってみましょうよ」


***


 それから三日後。 僕らはこっそりとイーストフォークへ舞い戻っていた。アシュレイさんがテイムした飛竜によって、島伝いに大陸本土に飛んできたのだ。人目につかない場所に飛竜たちを隠して街に潜入する。警備は驚くほど緩くなっていた。嵐の前の静けさ。そんな言葉が、これほど似合う街もない。


 僕らが呑気に冒険者ギルド指定の宿屋に逗留しようとした矢先、先行して街の様子を探っていたノワールが血相を変えて戻って来た。


「マスター! 大変なことになってました!」


「えーと……やっぱり?」


「強制催眠で操っていた支部長が解任されてました。あと……これを見てください!」


 ノワールが一枚の紙を懐から取り出して僕に手渡す。


「ふむふむ……なんですとぉー!?」


 僕が手にした紙は「手配書」だった。 『冒険者アズマ一行……生死を問わず』 そこには、ありえないほど高額な賞金額が記載されていた。紙切れ一枚で、世界の立場がひっくり返る。


「まだ世間一般には回覧されてませんが、諜報騎士団が率先して政府機関や冒険者ギルドとかに手を回してるみたいです」


「マズイわね・・王都の様子も気になるわ。早く戻りましょう」


「次は諜報騎士団と一戦交える流れか・・・えーん!怖いよう~相手はスパイとか暗殺のプロなんだろう!?」


「しっかりしなさいリーダー!そんなだから足が臭いなんて言われるのよ!」


 冗談めかしていても、空気は明らかに変わった。僕らの前に、いよいよ王国の中枢が立ちふさがる。彼らの目を掻い潜って、この国の体制を変えるような世直しが出来るのか……。ここからが、本当の正念場だ。

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!

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