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第61話 魔王降臨?? 王都の暗雲

 その頃、アストラリア王国の王城にて、国王臨席の御前会議が開催された。白亜の壁に囲まれた円形の会議室は、王都でも最も重厚で、そして最も多くの秘密を飲み込んできた場所だ。豪奢な円卓を囲むのは、宰相や各省の代表者……そして軍部から王国騎士団団長(陸軍)ショージ・アイオワ、諜報騎士団長ヒデオ・イノカワ。さらには国教会から大司祭と聖堂騎士団長セリア・エンタープライズなどの錚々たる顔ぶれだ。


 誰一人として無駄な私語を交わさず、空気は張り詰め、まるでこの場そのものが一つの生き物のように息を潜めていた。その沈黙を破るように、宰相が重々しく口を開き、会議の幕が上がった。


「重要案件につき、私が司会を務める。まずは陛下に一同礼を!」 一斉に椅子が軋み、深々と頭が下げられる。


「よい。それより今回の海軍の案件を精査して、対策などを早急に決めたい」


 国王の沈痛な面持ちは、この問題が単なる不祥事では済まされないことを雄弁に物語っていた。その声に、一同の背筋が自然と伸びる。


「では現時点で入手した情報を報告してくれ」


 宰相の促しに応じ、出席した海軍大臣が立ち上がる。手にした書類は微かに震えており、それを抑え込むように深呼吸してから、淡々と読み上げた。


「つまりだ。レキシントン元帥は数々の不正を行い、それを長年隠蔽してきたと。そして今回は人魚族の反乱によって艦隊ごと討たれたということで間違いないか?」


「はっ! 事件の流れとしてはそうなります。艦隊の出動も元帥の私怨であったと艦隊司令部も認めております」


 報告は簡潔だったが、その一言一言が王国の威信を削り取っていく。


「かかる不正を長年続け、隠蔽してきたことにも驚きだが、海軍の英雄……王国最強の騎士とまで言われた男が討たれたのも驚きだ」


 宰相の言葉に、室内には重苦しい沈黙が流れた。かつて英雄と称えられた男の末路が、王国の中枢でこうして冷静に分析されているという事実が、皮肉だった。


「人魚族ですが、接触を試みましたが拒否されました。今後の動向は不明です」


「海軍の手に余るなら王国騎士団が潰そうか?」


 王国騎士団長アイオワが、退屈を紛らわせるかのような好戦的な笑みを浮かべて言い放つ。血の匂いを嗅ぎ取った猛獣のような目だった。


「それは難しいかと。まず諸島に渡る艦船がありません」


「艦隊の喪失で現在の艦船の保有数は常時の三分の一です。しかも敗北の原因も不明ですので非常に危険です」


「ちっ! つまらんな」


 アイオワが不機嫌そうに舌打ちを鳴らす。戦えない戦争ほど、彼にとって価値のないものはなかった。


「控えろアイオワ。諜報騎士団長から報告がある。聞こうじゃないか」


 宰相の視線が、影を背負ったような男、イノカワへと向けられた。その男は、静かに一歩前へ出る。


「この事件に対してですが『転生者アズマ』と『邪神の下僕イリス』の関与が疑われます。イリスはダークエルフで闇の女神ディスフィアの加護を持つ存在。今まで我が部下が監視しておりましたが、この事件の直前にイーストフォークへ赴いており、人魚族と結託した可能性があります」


 室内の温度が、確実に一段下がった。


「イノカワ団長……それは初耳です。ダークエルフなどという危険な存在はさっさと始末しないとなりません。なぜ我が聖堂騎士団へ通報されなかったのですか?」


 セリアが冷徹な視線で詰め寄る。宗教的正義を背負う者特有の、刃物のような圧だった。


「セリア女史の手を煩わすのも如何かと思い、始末は我が部下に命じております。ご安心を」


「つまらない手柄争いをしている場合ではないでしょう? レキシントン元帥の敗北・失踪が闇の女神の仕業だとすれば、最終的な狙いは王国ではないでしょうか?」


「それが……このアズマという男、冒険者ギルドでも評判のヘタレでして。人畜無害を具現化したような少年なのです。そんな大それた事が出来るはずがないかと」


 小馬鹿にしたようなイノカワの言葉に、アイオワが身を乗り出した。


「やつらの偽装の可能性もある。もしかしてこのアズマ……二百年ぶりに現れた『魔王』なんじゃないか?」


 冗談とも本気とも取れない言葉が、しかし確実に空気を切り裂いた。


「人魚諸島から脱走した海兵から首謀者と思われる一行の姿の報告があります。まず魔剣を持つ鎧姿の首領……そしてダークエルフの神官……さらに攻撃魔法の使い手に獰猛な獣人戦士に数多の骸骨戦士を従えた死霊術師、それらを軍師格の魔獣使いが完璧な管理をしているとのこと」


「そらみろ……どうみても魔王軍だぞ」


 アイオワの断定に、会議の参加者が一様に動揺し、ざわざわと言うどよめきやざわつきが止まらない。


「魔王に邪神の神官……さらに四天王か。魔導師軍団長・獣人亜人軍団長・死霊軍団長・魔獣軍団長……正に二百年前の魔王軍に一致する。陛下! 魔王降臨が事実なら由々しき事態ですぞ」


 宰相の叫びにも似た進言に、場は混乱の極みに達した。


***


 実は会議の末席に、ちゃっかり「法務省の次官」としてサラトガ伯爵も座っていたのだが、その存在は空気のようなものだった。


(この会議……レキシントン元帥の不正や悪事の件がだんだん棚上げになっている。アズマくん達の活躍も大したもんだが、このまま魔王認定されたらその討伐で王国は動き出すぞ。トラ子も危ない。どうしたものか?)


 焦りを感じた伯爵は、法務大臣に耳打ちし、発言を促した。


「お待ちください。不確実な魔王うんぬんよりも、先にレキシントン元帥の不正の全貌を明らかにして、海軍の綱紀粛正を優先するべきです。さらに、元帥の人魚ビジネスに関する詳しい証拠が配下のワスプという男から提供されております。捜査は進行中であり、王国内の要職にある方の名前も多数出ております」


 その発言に、参加者の幾人かが気まずそうに目を伏せた。イノカワもその一人だ。


「その案件は我が諜報騎士団も調査中です。現在、部下をイーストフォークにも派遣中です。すべて我々にお任せを!」


「イノカワ! 貴様に魔王を始末できるのか? 俺たちも動くからな。ふふっ、腕が鳴るぜ」


「邪神絡みというなら我が聖堂騎士団も協力は惜しまん。必要とあらばいつでも精鋭を派遣しよう」


 セリアの申し出に、イノカワは内心で舌打ちした。(ちっ! 厄介なことに。私がレキシントンからアレを供給されていた事実は隠蔽せねば)


「陛下! レキシントン元帥の不正もアズマ一行の始末も、まずは我が諜報騎士団にお任せを」


「陛下……如何なさいますか?」


「長年のイノカワ一族の王国への貢献は計り知れん。頼りにしておるぞ。よい報告をな」


「ははっ! 情報こそ我々の力。必ずや真実を暴き出し、完璧に対処いたします」


「では各省庁は海軍の再建に動け。法務省は引き続き捜査を。諜報騎士団とも連携するように」


「はっ! お任せを」


「イノカワには捜査への協力と、アズマとやらの処分を早急にな。これにて会議は終了する。次回招集には吉報があるだろう」


「「ははっ!」」


 解散する面々の中、会議室の片隅でサラトガ伯爵は顔を青くしていた。


(ひえぇー、えらいことになったぞアズマくん。やりすぎちゃダメだって言ったのに。取り急ぎ連絡しないと……いやいや、どうやって?)


 自宅に帰り、頭を抱える伯爵の夜は長くなりそうだった。

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