第59話 珊瑚のバカンス・つかの間の幸せ
僕らのやったレキシントン討伐の影響がじわじわと波紋を広げていき、遂に諜報騎士団を本気にさせたことも知らず、アズマ一行は呑気に人魚諸島でバカンスを楽しんでいた。世界の裏側で歯車が軋み始めていることなど、今の僕らには知る由もない。あの決着の日から一か月が過ぎ、季節は真夏。昼間の作業は負荷が高くなったため、人魚族の長老たちの配慮で一時的な休息期間が設けられたのだ。戦いの後に訪れた、あまりにも穏やかな時間だった。
捕虜の海兵たちは、作業が終わった者や反抗しそうな骨のある者から、どんどん収容所島へ送って行った。現在はほとんどの捕虜が移送され、諸島の緊張感は和らいでいる。血と怒号に満ちていた空気は、少しずつ潮風に洗われていった。復元可能な艦船はほぼ航行可能となり、人魚族の若者たちが習熟訓練に励む声が海面に響く。船底の穴はアシュレイさんの高度な復元魔法で塞がれ、航行には支障はない。あと少ししたら、人魚族は魔大陸へ渡る。向こうでの拠点づくりと航路の安定確保が見えてきたことで、人魚諸島には喜びの声が満ち溢れていた。復興とは、こうして静かに進んでいくものなのだと、僕は初めて実感していた。
人魚諸島・本島の珊瑚ビーチでは、人魚族の民が多く休養をしている。真っ白な星砂が横に長く広がる砂浜に、燦々と照り付ける太陽。ビーチの奥には、潮風に揺れる青々とした木々が生い繁る。ここは陸からは来れない人魚族だけの秘密の砂浜なのだ。戦場だった海が、今はただ美しい。
僕は人魚形態のウンチョウの背中に掴まり、波を蹴立ててこのビーチに到着した。イリスや皆も、人魚のお姉さんたちの背中に掴まり、はしゃぎながらやってくる。歓声と水しぶきが混じり合い、まるで子どもの頃に見た夢の延長のようだった。僕らは例によって日本から取り寄せた水着を着ている。人魚族の美女・美少女達にも色鮮やかな水着が配られ、その華やかさはまるでオールスター大水泳大会のようだ。僕はよく知らないけど……たぶん、作者の趣味なんだろう。
砂浜にはいくつもビーチパラソルやテントが建てられ、あちこちで人魚族の料理人がケータリングサービスをしてくれる。僕らは終日、海水浴やビーチバレーなどをして楽しむのだった。身体を動かし、笑い、何も考えない時間が流れる。夜はキャンプファイヤーを囲みながら、魔獣のバーベキューに舌鼓を打ち、海軍の戦艦から奪った高級酒やラムネを飲む。正に異世界グランピングだった。戦利品すら、今夜だけは平和の象徴だ。
***
このバカンスはコミュ障で日々生きることに必死だった僕が、この世界に来てから初めて得た心からの娯楽……癒しだった。だが、楽しいはずの空間に長くいればいるほど、胸の奥がざわつき始める。仲間たちのみならず、多くの人魚族の人たちで盛り上がるビーチ。その中で僕はふと息苦しさを感じて、人の輪からそっと離れた。賑やかさの空間から引いていく足取りは、どこか頼りない。
「ああ……僕はやっぱり大勢の人が苦手だなぁ」
自分に言い聞かせるような独り言だった。とぼとぼとビーチの端っこを目指して歩く。そこへ息を切らせながら走って追いかけて来る影がひとつ――イリスだった。
「ご主人様……どうなされたのですか?」
心配そうな声に、胸が少しだけ軽くなる。
「イリス……ははは……僕はやっぱり、大勢の知らない人に囲まれるのが苦手なんだ」
僕は俯きながら絞り出すように答える。
「ご主人様……帰りませんか? みんな待ってますよ」
彼女なりの気遣いだと分かるからこそ、申し訳なくなる。
「いや……いいよ。イリスもみんなと楽しんで来て。僕はその辺りで独りで星でも眺めてるから」
「そんな寂しい事を言わないでください。私もご一緒していいですか?」
予想外の返事に、心臓が跳ねた。
「えーと、、ええぇー?」
二人きりだと余計にドキドキする。僕の顔は真っ赤になっていた。幸い、夜の闇がその火照りを隠してくれている。イリスが僕の手を取り、優しく引き寄せた。その仕草は驚くほど自然だった。
「ご主人様はみんなのヒーローなんですから……落ち着くまで一緒にいてあげます」
ヒーロー。その言葉が、胸の奥でうまく噛み砕けない。
「僕がヒーローだって? そうなのかなぁ。日本じゃ全く目立たないモブ高校生だったんだけど」
「ヒーローですよぅ。あの日、私を助けてくれた時からずっと……。でも、翌朝にクーリングオフしようとしたのは一生忘れませんから」
「ドキッ!! ごめんようー! あの時はパニックになってたんだー!」 思い出しただけで胃が痛い。
「イリスを一生側に置いて下さるなら許します」 冗談のようで、冗談じゃない。
「うんうん、それは約束するから許してー!」
「わかりました。約束ですよ。ふふっ」 その笑顔に、言葉以上の重みを感じてしまう。
暫くして、キャンプファイアーの輪から、ユリシア、トラ子、ノワール、アシュレイが僕を探し始める声が聞こえてきた。闇の向こうから、賑やかさが押し寄せてくる。
「くんくん……良ちゃんの匂い……あっ! あんなところで二人きりでいるよ!」
さすが獣人、逃げ場はない。4人がダッシュして僕らを迎えに来てくれた。
「もうー良一郎様ったら、またコミュ障が発症しましたの?」
「マスター! みんなまだまだ話し足りないみたいですよ!」
「ごめんねー二人ラブラブのところを。でも今日は一緒に楽しみましょう。ウンチョウさんたちが、もっとおもてなししたいんだって」
からかいと優しさが、いつもの距離感で投げられる。
「わかりましたようー。イリス……行こうか?」
「はい……どこでもお供いたします」
その一言で、胸の中の不安が溶けていく。僕は幸せだった。イリスや仲間たちの優しさが、心に沁みる。つかの間のバカンスの夜が、静かに更けていった。
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