第57話 深淵の裁きと勝利の凱歌
レキシントン提督の身体を、戦艦レトヴィザンの主砲から放たれた高火力の魔法弾が貫いた。白光が炸裂し、次の瞬間には肉体の輪郭すら残らず、海上から完全に消滅する。
――だが、それで終わる男ではない。何もないはずの空間に、微細な光の粒子が浮かび上がる。それは散らばるのではなく、吸い寄せられるように集まり、恐ろしい速度で「形」を取り戻していった。
レキシントンは、不死を実現している。その『残機』の正体は言わずもがな――彼が永年に渡り屠ってきた、無数の人魚たちの魂であった。
ほぼ無の状態からの復活には、わずかだが確かな時間がかかる。その「完全復活」の直前、輪郭だけを取り戻した無防備な身体を、人魚族の戦士長ウンチョウが掴み取る。
そして一気に、海中へと引きずり込んだ。 ドボン! 水上歩行の魔法はすでに切れている。四肢を屈強な人魚たちに拘束されたレキシントンは、音も抵抗も許されぬまま、深淵へと沈められていく。
水の中では、音が急激に遠ざかる。心臓の鼓動すら、次第に自分のものかどうか分からなくなっていった。やがて、完全に修復された肉体とともに意識が戻る頃―― レキシントンは、水深五十メートルの海底にある「人魚族の海底神殿」にいた。
神殿の中央には、底の見えない巨大な穴が口を開けている。光を拒むその闇は、まるで海そのものが意思を持って開いた傷口のようだった。ウンチョウとヨクトクが、その穴の縁に立つ。 「間に合ったな」 「奴もこれで終わりだ」 無敵・不老・不死を誇った王国海軍の英雄が、ゆっくりと穴の中へと落とされていく。
その瞬間、レキシントンの目に光が戻った。クワッと目を見開き、即座に水魔法で防御と浮上を試みる。だが――魔法は発動しない。代わりに襲いかかってきたのは、凄まじい水圧と、容赦のない酸欠だった。
「ぐはぁ……ゴボゴボゴボッ!」 肺の中の空気が、泡となって零れ落ちる。常人なら即座に意識を失う苦しみだ。だが、強靭無比な肉体はまだ耐えてしまう。必死で手足を動かし、浮上しようとする。だが、落下は止まらない。
視界の下――そこには、白骨化した「人魚の手」が無数に蠢いていた。その一本一本が、かつて命を奪われた者たちの名残だ。手は絡みつき、掴み、逃げ場を奪い、さらに深くへと引きずり込んでいく。
――『海の裁き』。それは、私利私欲のために人魚を喰らい、不自然な不死を得た者を裁く霊界。この穴に落とされた者は、決して逃れられない。溺死と再生を繰り返し、残機がすべて尽きるその瞬間まで、終わりは訪れない。
レキシントンの目から、生命の光が消える。だが――終わらない。再び目を見開いた瞬間、今度は生身では耐えきれない水圧が、容赦なく身体を押し潰す。 「!? !!!!」 ・・・・・・・・グシャアーッ!! 無念の死を遂げた人魚たちの、永く、静かな復讐の抱擁が続いていく。
***
その頃、僕とトラ子は命からがら巡洋艦の甲板にたどり着いていた。膝から崩れ落ち、四つん這いになる。力が抜けて、指先が微かに震えているのが分かった。
「はぁはぁはぁ……えーん! 怖かったようー! よかったぁー死ななくてぇー!」
「えーん! トラ子も怖かったのー! レキシントン気持ち悪すぎだったのー!」
やがて二人そろって、大の字に寝転ぶ。空が、やけに広く見えた。そこへ、イリスが駆け寄ってくる。
「ご主人様〜よかったですぅー!レキシントンは海の裁きに間に合いましたよぅー」
涙で顔をくしゃくしゃにしながら抱きついてくるイリスに、思わず笑いがこぼれた。
「ははは、やってやったぞー! 僕らは勝った! みんなのおかげだよー!」
「アズマくんご苦労様でした。もうー二人ともカッコよかったわよ」
アシュレイが見下ろしながら、穏やかに声をかけてくれる。
「ホーッホッホッホ! 褒めてあげますわ良一郎様。私のパートナーとしてまあまあマシになってきましたわ。……魔法をいーっぱい使って頑張りましたの♡ ご褒美を要求しますわ!」
ユリシアが顔を紅潮させて言うと、イリスとトラ子が同時に飛びついてきた。
「ユリシアさんだけ抜け駆けはダメですぅー!」
「良ちゃんはトラ子のなんだからー! 誰にも渡さないんだからぁー!」
「まあまあ、みんな落ち着きなさい。まだ全部は終わってないから。さて、私たち……世界最強の海軍をぶっ潰しちゃったけど、どうしよう? これ?」
アシュレイの問いに、僕はゆっくりと身を起こす。胸の奥に、まだざらついた感覚が残っていた。
「まずは海上を漂っている海兵の皆さんを島に上陸させてください。可能な限り救助と治療もお願いします。降伏したからには、捕虜はきちんと扱わないといけませんから」
「わかったわ。ワスプくん、君を海軍の生き残り将校との連絡係に任命します。直ちにアズマくんの命令を実行するように」
「はっ! すぐに伝達いたします」 ワスプは魔導通信と発光信号で、海兵たちへと指示を飛ばす。
これが最善だ。そう信じるしかない――それでも、完全に後味が良いわけではなかった。
「多少やりすぎた感があるけど、人魚族を救い出して、レキシントンを倒すにはこれしかなかった。あとは犠牲を最小限にしてほしい。みんな、よろしくお願いします」
「ご主人様は本当にお優しいばかりです……でも、そこが大好きですぅ」
イリスの呟きに、甲板上から大きな笑い声が上がった。僕らはようやく、勝利の実感を静かに噛みしめていた。
***
その後、人魚諸島に上陸した海兵たちは武装解除され、人魚族の捕虜となった。翌日に出現した闇の女神ディスフィア様の「額に数字が浮き出る呪い」で全海兵は震え上がり、しばらくの間、人魚族の魔大陸脱出準備のための労働力として働くことになる。そして僕らアズマ一行は、その陣頭指揮を執るため人魚諸島へと上陸した。 (ふふっ・・・ここで暫くバカンスをしつつほとぼりを冷ますのだ)
更に暗躍を続け、アストラリア王国が徐々に鎮静化するよう、裏から手を回すつもりだ。この役目は、ワスプ大佐に任せることにした。ワスプにはレキシントンの悪事のすべてを証拠付きで王都へ報告させ、海軍のスキャンダルやら再建のための告発をしてもらう。アストラリア王国をいつの日か転覆させるとか・・そんな野望は僕には全くない。悪人を何とかしていけばやがていい国になるだろうと思っていた。
僕らの工作のすべてがうまくいくまでには、まだ時間がかかるだろう。だが、海軍を支配していた巨悪は消え、街に蔓延っていた横暴も確実に影を潜めていく。闇の世直しは順調だ。弱体化した海軍の目を盗んでこの国から脱出する準備も整えられる。僕らは万が一の逃走経路、魔大陸へ渡るための――確かな足がかりを、手に入れたのだった。
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