第55話 海上の最終決戦へ
魔大洋の一角、通称「人魚諸島」。そこは今、アストラリア王国海軍主力艦隊の終焉の海と化していた。後続の巡洋艦群は、船底に穿たれた巨大な破壊孔を前に、なすすべもなかった。浸水は魔導バリアをもってしても止めきれず、応急修理は完全に追いついていない。傾いた甲板から海へと飛び込む海兵たちの姿が、あちこちで見える。総員退去の号令が虚しく響き、艦は一隻、また一隻と轟音を立てて海中へ沈んでいった。
先頭を進んでいた戦艦群だけは、まだ沈没を免れていた。巨大な船体と分厚い装甲、そして多数配置された優秀な魔導師士官たちが、魔法バリアによる必死の止水措置を施していたからだ。だが、それも「時間稼ぎ」に過ぎない。
旧帝国海軍の主力艦名をすべて暗唱できる、ありきたりな呉市民・吾妻良一郎は、その程度の粘り腰は最初から織り込み済みだった。だからこそ、戦艦には特に念入りに――三か所の致命点を狙って、正確に破壊孔を穿ってある。たとえアシュレイクラスの天才魔導師が乗っていたとしても、同時多発的に破壊された箇所を完全に処置することは不可能。現実に、各艦は沈下を遅らせるのが精一杯で、浮力を回復させる余地はなかった。艦首から静かに沈みゆく戦艦。片舷を大きく傾け、魔導灯を瞬かせながら耐えている戦艦。いずれも「もう助からない」ことを、乗員全員が理解していた。
そして――艦隊の誰もが、決定的な“詰み”を悟る瞬間が訪れる。沈没を免れようと右往左往する艦隊を、まるで見下ろすかのような位置。そこへ、海底から黒いバリアに包まれた拿捕巡洋艦が、ゆっくりと浮上してきたのだ。同時に。本来なら追われる側であるはずの戦艦レトヴィザンが、艦隊前方に立ち塞がり、全主砲をこちらへ向けた。
完全な挟撃。しかも、逃げ場はない。沈降と激しい傾斜により、レキシントン艦隊はすでに主砲の発射が不可能だった。無理に撃てば、照準は定まらず、砲弾は虚しく海を叩くだけだ。
浮上した巡洋艦から、容赦のない砲撃が始まる。着弾のたびに甲板が抉られ、兵士たちが宙を舞った。
魔法弾は戦艦を即座に沈めるほどではない。だが、必死に救命作業を続ける海兵たちの心を折るには、あまりにも十分だった。やがて、巡洋艦から魔導通信と発光信号が届く。――無条件降伏勧告。
「元帥閣下……敵より入電。降伏勧告です」
「おのれ! 降伏など我が海軍にありえん選択だ。艦首をヤツに向けろ。各艦突撃せよ!」
「閣下、それでは艦隊が全滅するばかりか、我が軍の将兵が……」
次の瞬間。進言した艦長は、聖サーベルの一閃で文字通り断ち切られた。
「バカ者が……わしの部下に弱卒はいらん。突撃せよ。わしが先頭で斬り込んでやる」
「ははっ……!」副長の返事は、ほとんど悲鳴に近い震えを含んでいた。
レキシントンは艦橋を離れ、旗艦ツェザレウィッチの前甲板へと向かう。戦闘部隊を集めるよう命じようとした、その瞬間――高出力の魔法徹甲弾が、艦橋を正面から貫いた。
ズドドドォーン!!!
爆炎と轟音。艦橋は粉砕され、司令部ごと消し飛ぶ。高級士官、参謀、腹心たち――誰一人として残らなかった。指揮を失った旗艦を見て、艦隊の統制は完全に崩壊する。二番艦が即座に指揮権を引き継ぎ、迷いなく「降伏」を選択した。
それでもレキシントンの闘志は、微塵も折れていなかった。命令伝達が不可能になったことを理解しながらも、彼は確信していた。巡洋艦一隻と戦艦一隻――この程度なら、自分一人で覆せる。従兵に聖剣を持ってこさせ、鞘から引き抜く。それは東方の大太刀を思わせる、異様に長く重い刃だった。剣を肩に担ぎ、レキシントンは――躊躇なく、海へ飛び降りた。
***
僕らは巡洋艦の艦橋から、その光景を見ていた。戦艦レトヴィザンにはノワールが乗り込み、僕の指示通り旗艦の指揮能力を奪っている。早期降伏による犠牲最小化――それが、ここまで順調に進んでいた。 沈みゆく艦々に降伏旗が掲げられ、乗組員たちは次々と救命ボートへ移っていく。
――勝った。誰もが、そう思った。だが、その「確信」が、妙に長く続かないことに、僕は気づいた。 静かすぎる。何かが、決定的におかしい。
そして――信じられないものが、視界に飛び込んできた。三千メートルは前方。沈没しつつある旗艦から、一人の男が、光り輝く長剣を携え――海面を砕きながら、こちらへ向かって走ってくる。足元では波が爆ぜ、魔力が蒸気となって噴き上がる。まるで自然そのものが、男の存在を拒んでいるかのようだった。
「え? えーと……アレは何だろう?」
「アズマ様……あれがレキシントン提督です。かなりブチ切れてます」
アンデッド化したワスプ大佐の声は、異様なほど冷静だった。
「えー!? 海の上を走ってくるなんて聞いてないけど!」(いやだー。そんなの想定外だよう)
「良一郎様はご存じないでしょうけど、水魔法を極めれば『水上歩行』は可能ですわ」ユリシアが淡々と言う。
アシュレイさんが、僕の背中を軽く叩いた。「よかったわねーアズマくん。いよいよ見せ場だよ〜」
「えええええええー! 斬り合いがしたくなくてこんな雷撃戦を仕掛けたのに! 主砲だぁー、主砲発射! レキシントンを撃ってぇー!」
主砲が火を吹く。だが、男は波を蹴り、砲弾をひらりと躱した。
「あんな小さな的では『マーキング』しないと無理ですわ。しかもあんなに速くては魔法が追いつきませんわね」
「僕が奴の動きを止めたら行けますか?」
「魔法抵抗を減少させて下さればなんとか」
「どちらにしてもアズマくん、一度は倒さないと無理だと思うわ。ここは行くしかない」
「いやだぁー! 死にたくないようぅー! ここまで頑張って白兵戦を避けようとしてきたのにー!」
叫びは、空と海に吸い込まれた。遠くの空で、作者がサムズアップしている幻が見えた気がする。――ちくしょうめぇ。
トラ子が、膝から崩れ落ちた僕を力強く抱き上げる。
「良ちゃん勇気出して! トラ子も一緒に殴りにいくから!」
涙目のイリスが、静かに首を振った。
「ディスフィア様の力は、今日はもう闇のバリアでほぼ終わりです。ご主人様の万一の蘇生の為にも、私は残りますぅ。」
「イリス……やるよ。僕がやらなきゃ誰がやる?」
腹をくくった。甲板に立つと、アシュレイの全力補助魔法が全身を包み込む。
「アズマ兄貴!水上歩行魔法はあっしらの十八番だ。歌と同時に行きやすぜ」
海面下から、ウンチョウたち人魚族の歌声が響き渡った。
「「「斬ると思えば~どこまで斬るさ♪ それが戦士の~矜持じゃないか♪」」」
「「「誓いすたれば~世界は地獄だ♪ なまじ止めるな~その覚悟♪」」」
歌声が魔力と共鳴し、補助魔法が一段階引き上げられる。海そのものが、背中を押してくる感覚。僕とトラ子は、歌を背に海上へ降り立った。水上を走り、魔剣を抜く。遮るもののない、穏やかな海原。そこで――僕らとレキシントンは、真正面から対峙した。
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