第105話 吾妻良一郎・・魔王の計略
光と闇の勇者が互いのプライドを賭けた全力の一撃が今まさに振り下ろされた。魔剣は空気を切り裂き、聖バットは大気を震わす。両者がぶつかり合うその瞬間……阪神甲子園球場のマウンド……そこでは何も起きなかった。
乾いた風だけが、二人の間をすり抜けていく。観客席の残骸がカラカラと音を立て、まるで世界そのものが「次の展開」を待っているかのように静まり返っていた。魔王・吾妻良一郎と勇者・大平翔太はぶつかり合う寸前でお互いの歩を止めて、武器を降ろし向かい合う。
互いの額には汗が滲み、呼吸は荒い。だがその目には、先ほどまでの殺気ではなく――どこか通じ合うものが宿っていた。
「フハハハハハ……よく来たな勇者・大平よ。これまでの健闘を称えて世界の半分をお前にやろう。どうだ?」
わざとらしく肩を揺らし、いかにも“魔王らしい”芝居がかった声音で言い放つ僕。その裏で心臓はバクバクと鳴り響いていた。これは賭けだ。失敗すれば、全てが終わる。
「魔王アズマ……貴様がこれ以上、光の大陸を好き勝手にしないなら提案を受け入れる! どうだ?」
大平さんもまた、芝居に付き合うように声を張る。その口調の奥に、確かな理解と覚悟が感じられた。
「よかろう! 僕はイリスや仲間と魔大陸へ去る。あっちは僕が貰うからこっちの聖大陸はお前のモノだ!」
「承諾ありがとう! 他に何か要求はあるか?」
「平和憲法順守でお願いします!」
「心得た! 全世界平和で自由で平等な国にしよう」
言葉にするとあまりにも軽い。だが、その軽さこそがこの場をひっくり返す鍵だった。
歩み寄りがっちりと握手する僕と大平さん。ここに魔王と勇者の和平の盟約は成就するのだった。だが、その光景を見て凍り付く二柱の女神。空気が一瞬で変わる。今まで支配していた盤上の主導権が、音を立てて崩れていくのが分かったのだろう。
《は? はぁー?? 何やってるのよ大平くん。そんな決着じゃ困るのよ》
《な……なんじゃと? 世界の半分を呉れてやるだと? 良一郎! そんな話はわしは聞いてないぞ!》
普段の余裕はどこへやら、二柱は完全に取り乱していた。神でありながら、人間の思惑に置き去りにされた顔だ。ディアリーとイリスが互いに美しい顔を歪めながら喚き散らす。だが僕と大平さんはどこ吹く風だ。
「つーん……聞こえませんねぇ」
わざとらしく耳をほじる仕草をする僕。内心は冷や汗ものだが、ここで崩れたら終わりだ。
「つーん……もういいじゃないですか。仕事終わったんで早く帰してください」
大平さんも肩をすくめる。二人で完全に“サボりモード”を決め込むその姿に、女神たちの怒りは頂点に達した。僕ら二人の態度に激高するアストリアとディスフィア。
***
その時だった、三塁側ベンチの上で観戦していたユリシアが両手を合わせ思念を送る。ボロボロの身体。それでもその瞳には、揺るがぬ意志が宿っていた。彼女もまた、この作戦の一端を担う覚悟を決めていたのだ。
『イリスさん! ディアリー! 二人ともお聞きなさい! 良一郎様はこの場が二柱の女神様が和解する最後のチャンスとおっしゃいました。だから……信じて! 私の全魔力を二人に送ります。女神を身体から追い出して、自分に戻るのです』
――カッ!
ユリシアの身体が淡く光る。爆弾令嬢と呼ばれるまで鍛え上げた桁外れな量のマナが溢れ出す。その力はイリスとディアリーに注がれていく。その光は優しく、しかし強引だった。まるで『返しなさい』と言わんばかりに、宿主の身体を取り戻す後押しだ。
ディスフィアが憑いていたイリスの目が静かに閉じられる。
《お? おおおお? イリスよ……何をしておるのじゃ?》
再びイリスの目が見開かれた時……その身体にディスフィアはいなかった。女神は霊体となってグラウンドに放り出される。
《なんじゃと? わしが弾き出された……じゃと?》
地に足がつかない感覚。神でありながら“寄る辺”を失った不安が、その声に滲む。
もう一方のアストリアも同じ目に遭っていた。聖女ディアリーの目がゆっくり閉じられ、再び見開かれた時……アストリアの霊体も弾き出されるのだった。
《いやぁーなんなのよー。何が起こってるの??》
完全にパニックだ。支配していたはずの盤が、いつの間にかひっくり返されている。
女神たちは相当に力を失い、またこの世界に留まるための身体から追い出され、パニックになるのだった。その状態は言うなら……海の上に漂うボートから放り出され、海面に浮かんでいるようなモノだった。
***
その状態を確認した僕と大平さん。時は来た……お互いの武器を交換する。ここが最大の危険地帯だ。間違えれば自分たちが消し飛ぶ。だが、それでもやるしかない。
闇属性の僕は光の武器を持てばその魔力で身体を焼かれる。だが、持てるすべての力を注いで聖バットを持つ。厚い工業用手袋をして、灼熱の鉄棒を持つようだ。掌が焼けるように痛む。だが、離さない。ここで手放したら意味がない。
大平も闇属性の魔剣を手にすると、その精神的なショックに耐えがたい苦痛を感じる。だが、手にするだけで心がズタズタになるようなざわめきを、超人的な精神力で抑え込む。彼の額に浮かぶ汗は、克服する証そのものだった。辛くとも一歩も引かない。
僕らは互いに霊体になった女神に向かう。
《おい! 大平……なんだその魔剣は!? 私になにをするんだ? 近づくんじゃないー》
《良一郎? なんじゃその目は? 今までわしに何度も助けられたじゃろ? やめるんじゃー!》
懇願。威圧。どちらも通じないと悟った時、二柱の声は明らかに震えていた。だが僕らは聞く耳を持たなかった。
――パァーン! パァーン! パァーン!
僕と大平さんは霊体になった女神のお尻を聖バットと魔剣でぶっ叩く。乾いた音が球場に響く。その光景はどこか間抜けで――しかし確実に“神に届いていた”。
「ディスフィア様……お仕置きです!」
「これに懲りたら人間を弄ぶのをやめてください!」
《痛いー痛いわ。止めよ! 痛いんじゃあー。しくしくしく》
《ああぁ! 痛いのよ。あうっ! 止めなさい! ああぁぁー》
プライドも威厳も吹き飛んだ悲鳴。だがそれこそが、この戦いの終着点だった。女神の身体は霊体と言えど並みのタフさじゃなかった。僕の計略でそのパワーを注ぎ込んだ弱点属性の神器で叩くことで、やっと感じる耐えがたい痛み。
僕は心の中で呟く。――これが、僕のやり方だ。誰も殺さないで終わらせる方法。
僕らは女神が《もう許して》《これからは人間を弄ぶのは止めます!》と宣言するまでお尻ぺんぺんを止めなかった。
《くっそー良一郎めが……よくもやってくれたのう》
《えーん……まさか女神の私が人間ごときに屈するなんてぇー》
僕は神器を振りかざして女神たちに最後の命令をする。
「これで手打ちです。握手して仲直りして下さい」
《握手じゃと? 絶対に嫌じゃ!》
《私もこいつとなんて嫌だわ!》
最後の意地。だが、その強がりも長くは続かなかった。拒否する二柱にイリスとディアリーが涙目で懇願する。
「ディスフィア様~わたしとご主人様のお願いですぅー仲直りしてくださいー」
「そうですよ。私たちは実質負けました。和平で許して頂けるならいいのではないでしょうか?」
その言葉には、主を想う純粋な願いが込められていた。巫女たちの懇願にしぶしぶ同意する。闇と光の姉妹神がよろよろと歩み寄り握手したその瞬間……世界はまた大きく揺らぎだす。
空間が歪み、光と闇が混ざり合う。まるで世界そのものが再構築されるかのような奔流。その核融合のようなエネルギーに、僕たちは為すすべもなかった。
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