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桜狼伝  作者: 水鳥川 陸
9/20

ちょっとした修羅場と化しつつあったその場を、声を聞きつけてやってきた正雄に取りなされ、南と結城は神社を退散した。

まあ、しかし神主といえどもも娘には弱いらしく、実際には、とりなしたというより自分たちの代わりに娘に怒られてくれているような感じだった。

「いやいや。流石に身の危険を感じましたよ、俺は」

おでこをさすりながら車に避難すると、ようやく安心したように結城が愚痴をこぼした。

「ていうか、本当になんであんなに冷たくされてるんだよ?・・・あれ、最早、結城君の気配感じ取ってるよね。アンテナでもあるんじゃないのか?」

おかげで俺まで怒られたし、と南は笑って見せた。

少なくとも自分は結城があの扉の向こう側にいることに全く気が付かなかった。

なかなか南が戻ってこないので、何となく様子を見に来たところ、偶然千香の声が聞こえたため、身を隠しつつ様子を窺っていたという。

結城は、うーんとわざとらしく唸り声を上げ、そして、はっと目を見開いた。

「やっぱり、恋かも。好きな人についついキツくあたってしまうという、伝説のアレではないでしょうか」

「・・・前向きだわ、それは。尊敬する」


結城に調子を合わせて笑う南の頭の中は、しかし千香の言葉でいっぱいだった。

あの子は一体何を伝えたいんだろうか。

結城には知られたくないこと、そうとしか考えられない。

夢のみならず現実の人間まで、寄ってたかって自分に何かを求めている。

正直に言って手に負えないぞと思うが、とりあえず千香との約束は果たしたい。

もちろん千香の言う通り、結城には知られずにである。

だがこれだけ長く行動を共にしていて、彼抜きであそこに戻ることなどできるだろうか。

ずっと一緒にいるのに。

そう考えて、新たな疑問が浮かんできた。

そもそもどうして結城は毎日自分にくっついているんだろう。

興味本位と言っていたが、本当にそれだけだといえるのだろうか。


一度本田邸に戻り昼食を済ませた後、午後は蔵のある家々を回った。

どの家の蔵も埃だらけで、結城と二人、口を手拭で覆い、意を決して中に突入する。

もうこれは資料探しじゃなくてただの大掃除ですよ、と結城は文句たらたらである。

そしてその努力もむなしく、成果は無し。

何となく覚悟はしていたが、流石に切ない。

ただし、気になることが一つ。

すべてではないが、何軒かの家の人間が同様に口にしていた言葉。

それは本人たちにとっては特に気にするほどのものではなく、ふと思いついた感想のようであったけれど。

「もうちょっと、あったような気がするけど。気のせいだったかなぁ・・・」


結城と初めて会った河原の傍で車を停め、川岸で腰を下した。

日はだいぶ傾きかけ、周りの景色に微かな橙色をつけ始めていた。

蔵回りで埃まみれとなった体を、川辺で叩いて払う。

と同時に、肺や喉に、水分を含んだ川辺の空気が入り込み、心地よかった。

「さすがにここまで何もないとはなぁ」

自然とため息が漏れる。

横で完全に寝転んでいる結城が、視線をこちらに向けた。

「これでも何か記事にできそうですか」

最早、苦笑いしか出てこない。

「この村のただの観光案内、とかになっちゃうかもなぁ」

取材中に取った写真はそれなりにあった。

そもそもこの村の自然も人々も、古き良き日本という感じでとても感じがいい。

記事が載る予定の生活面には、桜狼より余程ふさわしいかもしれない。


「俺はあんまり、この村のこと出てほしくないですけどね」

「え、そう?」

「俺みたいな人間が面白がって集まってきたら嫌ですもん。村の人たちは、みんな優しいからどんどん受け入れちゃうでしょ。そしたら本当に俺の食い扶持が減っちゃいますから。そもそも南さん一人だけで、本田家での俺の待遇、何段階も下がってるんですからね」

そう冗談めかして笑った。それに、と続ける。

「これ以上、あちこちかき回されるのも勘弁してほしいんですよね」


言葉の意味がどういう意味か、図り損ねて尋ねようとした時、上から子供の声がした。

橋の上で子供たちが何人が二人を見下ろしている。

結城が片手を振って声をかける。

「おう、今帰り?今日は遅いんだな」

春祭りの踊りの練習があったのだという。

彼らは我先にと結城の方に駆けてきた。

「たまには俺たちとも遊んでよ。南さん来てから、ずっと捜査ばっかじゃんか」

相変わらず、取材を捜査と呼ぶ子供たちに、南は苦笑した。

「あのなぁ、何回も言ってるだろ。俺たちは大事な・・・」

反論しかけた結城を遮る。

いいじゃないか、と。

「ごめんな、毎日結城君独占しちゃって」

言って南は立ち上がり、もう一度服の埃を払う。

「南さんも一緒に遊ぼうよ」

誘ってくれる子供たちを微笑えましく思う。

就職して、独身の自分が日常生活でこんな風に子供と触れ合う機会はそうそう無い。

もともと子供好きな南もできればそうしたい位だが、こんな機会は多分、二度とない。

「俺、実はこれまでの捜査結果をボスに報告しないといけないんだ」

大真面目に子供たちの世界観に話を合わせると、かっこいいという声があがった。

「ちょっとちょっと、南さーん」

「悪い、結城君。実際先輩に状況報告なんかもしないといけないから、先行くわ」

「・・・はーい。了解です」

渋々、といった感じで結城が頷いた。

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