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桜狼伝  作者: 水鳥川 陸
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境内までの石段を、特に言葉を交わすでも無く、二人は黙々と登り始めた。

急勾配の石段は100段近くあるそうで、南は早々に息を切らしたが、先を行く結城は振り返る様子もなく、軽々と登って行く。 

しばらく食らいつく努力はしたものの、途中であきらめ、足を止めた。

たった5,6年程度の歳の差なのに、結城の若さが羨ましい。

息を整えるため、何気なく振り返り驚く。

村が見渡せるほど高い、なかなかの絶景だった。


「この一番上から落ちたら、さすがに助かりませんよ」

「さすがにそうかもね」

すると先を行く結城がようやく足を止めた。

「え、何か言いました?」

「いや、確かに結城君の言う通り。ここから落ちたら下手したら死んじゃうよねって」

結城が眉を顰める。

「・・・俺、何も言ってませんけど」

「え?・・・いや、確かに今」

言いかけて、ふと南は言葉を飲み込んだ。

「・・・あ、いや、聞き間違いかなぁ。やっぱ年取って無理すると、幻聴とか聞こえるもんなのかな」

あははと笑って、立ち止まってくれた結城に何とか追いつく。

「言うほど変わらないですよね、年」

「結城君。20代に入ったら、人は刻一刻と衰えていくものなんだよ」

「そんなもんですかねぇ」

「そんなもんなんです。分かったら、もうちょっと気を使ってくれよ」 

呆れた様子の結城の背を叩いて、共に残りの石段を一緒にゆっくりと登った。


聞き間違いのはずがない。

聞こえたのは間違いなく結城の声だった。

そしてその後、口を開きかけた自分に、どこからか声が聞こえた。

聞いたことのない知らない男の声。

-彼に悟られてはいけないー


神社の神主、つまり千香の親は、娘と違い二人を丁寧に出迎えてくれた。こちらも村長である本田が話を通してくれていたようだ。

神社は、樹齢百年以上はあろうと思われる木立に囲まれており、小さいながら、何か神聖な感じのする空気に包まれていた。

戦略次第では、パワースポット的な人気が出そうな雰囲気ともいえる。

最も当の神主は、そんな商売っけなど全く感じられない素朴な佇まいであるが。

お堂の裏手にある書庫に南と結城を案内する道すがら、神主である滝本正雄が申し訳なさそうに頭を下げた。

「すまないなぁ、尚ちゃん。千香のやつ、随分憎たらしい態度取ってんだろ」

今まであんなこと無かったんだけどなぁ。

そう言って頭を掻く。

「気にしないでください。年頃の女の子なんだし、あのくらい用心深くないと。ね、南さん」

唐突に話を振られ、全く違うことを考えていた南は慌てて頷いた。

「ここと、あと気になるんならお堂の中も、開けておいたから入ってもらって構わないよ。千香には、尚ちゃん達が来ることは言ってないから、しばらくいてもらって大丈夫だから」

そういうと正雄はは自宅に戻っていった。

近く村で行われる祭事の準備があり、随分と忙しそうだった。


書庫の中は、几帳面そうな正雄の影響なのか、きちんと書類関係がまとめられている。ざっと見たところ、やはり神事に関する記録が多いようだった。

かなりの量の書類に、うんざりした様子で結城が手をつけ始める。

南もそれに倣ってしばし書類をめくっていたが、タイミングを見て切り出した。

「お堂の方はどうなんだろう。何かあるのかな」

頬杖をついて書類に目を通していた結城は、顔を上げると首を軽く振った。

「どうかな。そんな広いところじゃないし、書類をしまっとくような場所なんて無かったはずですけど」

「・・・このあと蔵も見に行かなくちゃいけないし、一応そっちも確認しておきたいな。何もなければすぐ戻るから、ちょっとここ、頼める?」

結城は、少し考える様子を見せたが、了解してくれた。


逸る気持ちを抑えながら、南はできる限り平然として書庫を出る。

頭の中に響いたあの声は誰のものだったのだろうか。

決して結城ではない、男性の声。

今しがた聞いた正雄の声とも明らかに異なる声。

そして、それより気になること。

自分は、この場所を知っている気がした。

このお堂を見た時からずっと感じていた既視感。


南は正面ではなく、本堂の裏手の扉を迷いなく開け、中に入った。

そちらも鍵はかかっていなかったが、普通ならば正面から入るものだろう。

何も知らずにやってきた人間ならば。

「やっぱり・・・」

記憶にある通り光景が、そこにある。

記憶、といってももちろん南自身のもののはずがない。

もう自分でも認めざるを得なかった。

何者かは知らないが、自分に何かを伝えようとしている。

室内を見回すが、あるのは御本尊と隅に置かれた写生机。

しかし結城が言った通り、書物の類は目につく限り存在しない。


「・・・あ」

ふと疑問が生じる。

さっきの結城の言い方からすると、彼もまたこの中を知っているようだった。

一体、結城はいつ、どうやってここに入ったのだろうか?

正雄は言っていたはずだ、お堂は「開けておいた」と。

ここは普段は部外者は入れない場所なのではないのだろうか。

もし仮に勝手に入ったとしたならば、彼は一体何を探していたのだろう。


もう一度、辺りをゆっくりと見まわした南の視線が一点で止まった。

一見すると何もない板の壁だが、その一枚の縁に手をかけ、ためらわず一気に引いた。

その板はあっけなく外れ、その奥には小さな空間がある。

確かに何かが入りそうな空間なのに。

「・・・何もない?」


その時、正面の引き戸が勢いよく開かれた。

「何やってるんですか」

「!!」

驚きすぎて、自分が今外した板を取り落としてしまった。

振り返ると、こちらを厳しい目で見つめる千香ちゃんが立っていた。

「え、千香ちゃん?・・・学校は?」

「具合が悪かったんで早退したんです!」

これはまずい、完璧に怒っている。

千香はまっすぐ南の目の前にやってくると、膝をついて、南と視線を合わせた。

中学生とは思えない迫力に完全に押されてしまう。

「答えてください。ここで何をしていたんですか」

「さ・・・桜狼に関するものがここにかるかもって。もちろんっ、お父さんの許可はちゃんと取ってます」

思わず敬語になってしまう。

「どうしてその壁を?」

はっとして板を拾い上げる。

「あ、いやこれは何か、こう思いつきというかなんというか・・・すみません」

器物損壊で訴えられるだろうか。

狼狽る南を、千香はさらに問い詰める。

「あなた一人ですか。結城さんはどこです」

一応、きちんと敬称をつけているあたり、もともと礼儀正しい子ではあるのだろう。 

彼は奥の書庫にいると正直に答えると、一瞬考えるような素振りを見せた後、指を一本口元にあてた。

「・・・?」

喋るな、ということなのか。

戸惑う南をよそにゆっくりと立ちあがり、彼の脇を通り過ぎる。

いや、通り過ぎようとしたその瞬間、南の耳元で囁いた。

「あとで、一人で来てください。夜になっても構いません」

必ず一人で、と。

そして何事もなかったかのようにつかつかと裏手に歩み寄り、その外開きの扉を勢いよく開けた。

派手にゴンと音が響き、続いて、痛てっ、という悲鳴。

「こそこそと盗み聞きですか?」

そこには前頭部を抑えて苦笑いする結城の姿があった。

「相変わらず手厳しいね、千香ちゃん。具合はもういいの?」


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