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桜狼伝  作者: 水鳥川 陸
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再び車で神社に向かい、石段を駆け上がる。

早く-。

その一心で、先ほどは根をあげた急勾配の石段も、さして気にならなかった。

千香はすぐに気が付いたようだが、結城はいつからあそこにいたのだろう。

彼女の囁きは、本当に結城の耳に入らなかったのだろうか。


さすがに息を切らして本堂にたどり着いたものの、そこではたと我に返る。

千香に自分の存在を伝えるにはどうしたらよいのか。

午前中のやり取りの後、また正雄に事情を話すのも何やら気が引けた。

そうして迷っていると、頭上から何かが飛んできて、自分のすぐそばに落ちた。

拾い上げたそれは、よく見慣れたもの。

「消しゴム?」

見上げた自宅部分の2階。

自室なのだろう、開いた窓から千香が顔を出している。

そして、待っててくれというように両手が振られ、窓が閉められた。


数分もたたずに降りてきた千香に案内されたのは、お堂だった。

鍵を開け正面から入ると、再度中から鍵をかける。

古い錠前タイプのものだ。

千香は裏口の扉の鍵も確認すると、座布団を二つお堂の中央に引き、南に勧めた。

「父にはお堂で一人で考え事をしたいと言ってあります。しばらくは来ません。よくあることなので」

「俺が来るの、ずっと待っててくれたの?具合が悪いのに、ごめんね」

謝罪をして、腰を下ろす。

「南さんは約束を守る人だと思いました。学校でもみんな、真面目そうな人だって言っていたから」

「ああ・・・そうなんだ。ありがとう」

中学生にそのように真正面から褒められると、何だか照れ臭い。

それに、ちゃんと自分の名前も憶えていてくれていたようだ。

「あと、具合は大丈夫です。風邪のひきかけみたいだから、早く寝れば治ります」


それよりも、と。

「ちゃんと結城さんを撒いて来られるかどうかはちょっと心配でした」

撒く、という言葉に、先ほどの子供達の刑事ごっこを思い出す。

しかし確かに自分でも、これ以上ないタイミングだったと思う。

南は、川原での出来事を聞かせた。

「じゃあ、あんまり時間もありませんね。遅くなると怪しまれますから」

千香は頭の回転の速い子だと思う。

記者に向いていそうだ、とつい余計なことを考えてしまう南を、千香の言葉が引き戻す。

「さっきも聞きましたけど、南さんはどうしてあの壁をはがしたんですか」

「え?・・・いや、その」

考えて、極力気持ち悪がられないような答え方を探す。

流石に中学生に引かれるのは辛い。

つい今し方、折角自分を褒めてくれた中学生ならなおさらだ。

「えーとね、うまく言えないんだけど、あそこに何かがある気がしたんだな。何となく、予感がしたというか・・・いや、違うな」

言葉に詰まる。どうにももどかしい。

分かっている、嘘をついているからだ。


ため息を一つつくと、諦めて正直に答えた。

「俺じゃない。何かに導かれるような感じがした。お堂の中も、俺は来たことがないのに懐かしい感じがした。・・・信じられないだろうけど」

 千香は変わらずまっすぐに南を見つめて、即答した。

「信じます」

「・・・本当に?どうして?」

「だって、私、南さんが探しているものを持ってますから」

そして、傍らに置いていた鞄から何かを取り出した。

随分古い、巻物のようだった。

「あの壁にはもともとこれが入っていたんです」

「・・・!!」


千香は小さいころから、お堂で過ごすのが大好きな娘だった。

特にいたずらをするわけではなく、考え事をいたり、勉強したり、本を読んだり。

もちろん、友達と遊ぶ時にはお堂には入らず境内で、という分別も持ち合わせた子であり、もともと娘に甘い父親は彼女の行動を禁ずることも無かったそうだ。


そんな日が続いた、3年前。

千香が6年生の時だった。

いつものようにお堂の隅の写生机で読書をし、ふと顔をあげた時、すぐ横の壁の木目の歪みに気付いた。

近くでよく目を凝らさないと気づかないような微かな歪みだった。

そっと触れてみると、あまり大きくない千香の指がかろうじて通る位の隙間がある。

傷んでいるのかと、軽い気持ちで板を引いた。

するとそれは子供の力でも簡単に外れ、その向こうの空間に収まっていた巻物が転がり落ちてきたという。

慌てた千香はとりあえず板を元に戻し、咄嗟に巻物を部屋に持ち帰った。

家業の影響で小さい時から古文書には多少免疫のあった千香にも、さすがに読めない部分が殆どだったが、目を引いた言葉が-桜狼。

千香はあの童歌を祖母から聞いたことがあった。


「それから1年かけて、自分で調べました。全部わかった訳じゃないけど」

「・・・どうしてお父さんに言わなかったの?」

「南さんと同じです。何となく、大事なもののような気がしたから。一応、父にはそれとなく、こういう書類があるのか聞いたことがあるんですが、全く知らないようでした。だから、秘密にしたんです」

「・・・僕が見ても?」

勿論です、と差し出された巻物を開く。

実は南は大学で史学科に在籍していた。

仕事が忙しく、最近は古文書には触れていないが、ある程度のものなら今でも読み込める自信はある。

恐る恐る開いていくとそれは誰かの日記のようだった。

解読しやすいきれいな字だ。

初めの数行に目を通し、南は目を大きく見開いた。

反対側から覗き込んでいた千香が、黙って南を見上げた。

そこには、次のような内容の文が綴られていた。


-いつの日か、またあの若者は素知らぬ顔をしてこの村に入り込むであろう。彼すなわち桜狼じは人殺しにあらず。だが、この事実を知ることを彼に悟られてはならない。彼は真実を守るためならば、迷いなくその者を殺めるだろう。悟られるな。そしてどうか哀れな桜狼を救ってほしい-。



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