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村の学校は、小学校と中学校が一緒になった建物だった。
通う子供たちは、小学生が17人、中学生が8人の皆で25人だという。
過疎化の村では生徒数が一桁のところも多いと聞く。
そう考えると、決して少ない方ではない。
ところが高校に進学となると、バスで2時間かかる町まで出る必要がある。
それを機に村を出る決断をする世帯も多いそうだ。
この子達が卒業する頃、この村は岐路に立たされるのかもしれない。
南達がそんな学校に着いたのは、ちょうど子供たちが下校し始める時間帯だった。
車から降りると、見知った子供たちが集まってくる。
事件解決した?容疑者捕まった?と、完全に南を刑事扱いである。
そんな子供たちに囲まれながら、ふと顔を上げると、輪の後ろをすっと通り抜けていく女の子の姿が見えた。
セーラー服だから中学生なのだろう。
「こんにちは。中学生も今帰り?」
結城に声をかけられた女子中学生2人組。
1人がこちらを向いて頷き頭を下げたが、もう1人は明らかにこちらの存在を無視して歩いて行く。
頭を下げた子は慌てたように、その子を追いかけて行った。
結城が耳元で囁くより早く、南にも充分見当がついた。
「あれが千香ちゃんです。中学3年生。難しい年頃ですよね」
果たしてそんな理由だろうか。
嫌われているというより、何か怯えているような。
そんな気がして、南は不思議に思った。
子供達と別れ向かった図書室は、学校自体もそうだ予想以上に立派な施設だった。
まあ、実際地方の村の方が公共施設の整備が進んでいるのはよくあることだ。
とにかくここには文学書から学術書まで一通りの種類がそろっており、さながら小さな文学館といっても差し支えないような充実ぶりだった。
司書だという年配の女性は、加藤百合と名乗った。
佳代子から聞いている、と温かく迎え入れ、さらにコーヒーも淹れてくれた。
「郷土史はこのあたりよ。佳代ちゃんから連絡もらって、私もさっきまで見てたんだけど、何も見つけられなかったのよね」
昭和初期から中期ににまとめられた何冊かの資料を結城と二人で交互に調べてみたが、確かに桜狼の単語すら出てこない。
「あの、こういう、記録を後で製本したものじゃなくって、例えば古文書みたいなものは、ここにはないんでしょうか」
南がそう尋ねると、百合は困ったように笑った。それなんだけどね、と。
「全部なくなっちゃったのよ。5年くらい前にね」
「無くなった?・・・全部ですか?」
俄かには信じがたい話だ。首を傾げて、結城も尋ねる。
「全部盗まれたの?」
「それも分からないのよ」
確かにもともと資料はあったはずなのに、いつのまにか消えていた。
一応警察にも相談したものの、その他無くなったものは特になく、結局うやむやになってしまったという。
ただ一つのその後の変化といえば、それを契機に、それまで置いてなかった司書をおくこととし、彼女が働き始めたということくらいだそうだ。
「そういえば、そんなこともあったなぁ」
夕食の席で、幸三は思い出したようにそう言った。
佳代子も横でうなずいている。
「警察なんか来てびっくりしちゃったよね」
「いや、そりゃ事件だから、完全に。忘れちゃダメでしょ」
結城が呆れたように声を上げる。
「でもなぁ、当時はだれでもいつでも出入りできるとこだったし。誰か持ってったんでもそのうち返しに来るんかなかって皆思ってたんだわ」
「暢気すぎでしょ・・・」
「ははは。まあ、盗まれて困るようなもんなんて、この村には特に何もないからな」
そんなものだろうか。
目の前の皆のやりとりを聞きながら、南は、この取材の大変さを改めて感じていた。
夕食後、風呂を出て部屋に戻ると、部屋の前で結城が外を眺めていた。
庭に面した渡り廊下は雨戸が開けられ、澄んだ空気が部屋に入ってくる。
足音で気づいていたのだろう。
縁側に足を投げ出し、星を見上げたまま、結城が話しかけてきた。
「部屋で明日の予定でも話し合おうかなって思ったんですけど、こっちのほうが気持ちいいから。・・・今夜はここで作戦会議といきましょうよ」
促されて南も隣に腰を下ろす。
結城に習って見上げれば、大きな月と、たくさんの星。
息を飲むほど壮大な夜景がそこにあった。
「きれいだなぁ」
口を開けばずいぶん陳腐な言葉しか出てこないけれど。
記者だというのに恥ずかしい。
しかしそれ程に、この光景は言葉を凌駕していた。
夜風に吹かれ、結城の黒髪が微かに揺れている。
「明後日は満月なので、もっと月が大きく見えますよ。本当はね、山の上からだと更にきれいに見えるんです。今の時期だと桜も満開だし。良かったら明後日ご案内しましょうか?・・・最後の夜ですしね」
「いいの?是非頼むよ」
もしも何も収穫がなければ、そんな写真も話のネタになるかもしれない。
そう考えて、ふと思い至る。
「にしても、結城君って本当にこの村のことに詳しいね。確か大学は・・・」
「ああ・・・北海道のK大です。北海道育ちでこちらには縁も所縁もありません。でも、この村の雰囲気があってるみたいで。・・・本当はずっといられたらいいけど。まあ、でもいつまでも休学って訳にもいきませんし、千香ちゃんみたいによそ者をよく思わない人もいますから、現実は難しいですけどね」
それより俺も聞きたいんですが、と続ける。
「南さんはどうして桜狼を記事にしようと思ったんですか」
聞かれて当然ではあるのだが、何となく言葉に詰まる。
「・・・うーん、なんと言ったらいいのか」
初めはたまたま目に留まった古い新聞記事。
その内容も素っ気無いといえばその通りで、追加情報も見つからなかった。
取材ネタとしては明らかに不向きだと思う。
「でも・・・何となく気になった。他の記事を調べてても、ついついここに意識が戻っちゃうというか。惹かれたっていったらいいのかな」
結城は黙って南の話を聞いている。
「だって、不思議じゃないか?もしも本当に桜狼っていうのがいるなら、どうしてそんな風に村を襲うのか。その名前通り、決まって桜の時期だけに」
「狼が冬眠から覚めただけって可能性もありませんか?・・・それか、この辺りは盆地で春に突風が吹くことが多いですから、気をつけるようにっていう、子供への教訓だったりとか」
確かにそう言ってしまえばそれまでなのだ。
先輩にもガセネタだろうと思われている。
「手伝ってもらっててあれなんだけど、本当か嘘かなんて、実はどうでもよかったりするんだよね」
「・・・そうなんですか?」
「俺が、信じてみたかっただけなんだ。どうしようもなく譲れない理由が、人と同じように桜狼にもあったんじゃないかなって」
動く理由、強い意志。
人ではない、人から恐れられる獣でさえも、そんなものに突き動かされている。
そう思うことができれば自分も何か変われるんじゃないか、そんな気がしていた。
ふと、そこまで話して我に帰り、猛烈に気恥ずかしくなる。
「・・・なんてな。ちょうど自分自身が彼女のこととか自分の将来に行き詰まってたもんだから、なおさら得体のしれない話に惹かれただけかもしれないんだけどさ」
照れ隠しもあり、うつむき気味に話していたため、南は気づかなかった。
南の言葉に、一瞬顔を曇らせたように見えた結城。
それは折りよく月にかかった薄雲のせいだったのだろうか。




