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正午のサイレンの音を聞き、南は一度村長宅に戻った。
結城はまだ戻っていないという。
「こんな風の強い日に、本当に何やってるんだかねぇ」
佳代子がぼやきながらも用意してくれた昼食を食べる。
そして食べながら、結城の昨夜の言葉を思い返す。
-明日は最後の夜ですね。前に話した夜桜の綺麗な俺の秘密の場所。行きましょう、絶対に-
「あの、佳代子さん。俺、今日は帰りが遅くなるかもしれません」
「え、南くんまで?・・・どうしたの、二人で何かするの?」
「夜の山に連れて行ってくれるって約束したんですよね、彼と。午後から村で落ち合えたら、そのまま山に行ってみようと思うんです」
佳代子はいったん呆れ、そして笑った。
「何もこんな日にとも思うけど、南君には今日しかないんだもんね。・・・あ、ちょっと待ってて」
そうして、おにぎりや防寒具、懐中電灯等リュックいっぱいに詰め込んでくれた。
自分と結城の二人分。
「二人とも風邪ひかないように。尚のこと頼むわね」
ありがたく受け取ったリュックを車の後部座席に置くと、南は神社に向かった。
今日は午前授業で、昼食を取った後すぐに下校だと聞いていた。
昨日二往復した石段は、今日も相変わらず慣れずにキツイ。
実をいうと若干筋肉痛でもあったが、我慢して登る。
-吉嗣さんが、命を懸けて桜狼を守った場所だからな-
吉嗣の記憶の中にあるのは、七之助への慈しみと同情。
そして彼を救えない悔しさだった。
境内まで登り切って、振り返る。
宗次郎の、うたの、吉嗣の記憶。
それらは自分に何をさせようとしているのだろう。
自分に、彼が救えるとでもいうのだろうか。
家の呼び鈴を押すと、正雄が出迎えてくれた。
「やあ、昨日はどうも。娘が失礼しました。帰ってきてますよ。千香」
二階に向かって呼びかけると、はぁいという返事に続いて、千香が降りてきた。
随分すっきりした顔をしているように見えた。
自分に打ち明けて安心できたのだろうか。
そんなことを考えていると、南より先に千香が口を開いた。
「こんにちは、南さん。私に用事って何ですか?」
南は目を見張り、自分の耳を疑った。
「・・・え?」
「貸してたものがあるって父に聞きましたけど。そんなものありました?」
完全に言葉を失ってしまう。
千香の顔には、例えば横に立つ父に気付かれないような配慮の類は微塵も窺えない。
「・・・結城、か」
思わず呟いた言葉が聞こえたらしく、千香は苦笑いして頭を掻いた。
「何か昨日すごい結城さんに怒ってたっていうんですけど、あんまりよく覚えて無くって。やっぱり具合悪かったからかなぁ」
謝っておいてもらえますか、と。
その言葉に全く嘘は無いようだった。
「昨日だけじゃないだろう。どうして尚君に冷たくしてたんだ」
横から話に入った父親の言葉にも首をひねる。
「自分でもよくわからないの、本当に。変ですよね。いい人なのに」
結局、返しそびれた巻物を鞄に潜めたまま、南は神社を後にした。
乗り込んだ車のハンドルを握る手が震える。
昨日の晩、結城の帰りは自分よりも遅かった。
自分が神社を離れた後、結城が千香に何かをしたことは間違いないだろう。
しかし、記憶の操作などできるものだろうか。
「できるのかもしれないよな。・・・人間じゃないんだったら」
だとしたら、自分が夢にみたこれまでの記憶すら、彼に仕組まれているのではないか。
すべてに疑心暗鬼になりそうな自分を叱咤し、南は次の目的地へと車を走らせた。
その場所は、見渡す限り畑と変わっていた。
時折吹きつける突風に目を細めながら、南は畔道を歩いた。
今日のこの風では、近くで畑作業をする村人もいない。
歩いた先に、朝幸三に聞いた通り、小さな地蔵尊があった。
古くから、長く歴代の地主が居宅を構えていたと語り継がれている場所だ。
南はしゃがみこんで目を閉じ、地蔵尊に手を合わせた。
―どうか俺に、真実を教えてください―
どのくらい、そうしていただろうのか。ふと、辺りの風の音が消えた。
いや、風だけでなく、すべての音が。
恐る恐る目を開ける。
一気に光と音が戻り、そして、いくつもの記憶の断片が見えた。




