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桜狼伝  作者: 水鳥川 陸
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【4日目-壱】


「っっっ!!」

飛び起きて辺りを見回し、夢であることを確認する。

心臓の鼓動が激しく呼吸が荒い。

混乱する頭を振り、そしてはっとして自分の布団の中を見る。

千香から借りた巻物、それがきちんとそこにあることを確認して安堵する。

用心のため、昨夜は抱え込んで布団に入ったのだ。

「よかった、とりあえず」

小さく漏れたつぶやきが、突如障子戸を揺らす風の戸でかき消される。

立ち上がって障子を開けると、その瞬間突風が部屋に入り込み、一瞬目を開けていられない。風が収まり、再び顔をあげた時、目の前に彼が立っていた。

乱れた黒髪が、彼の顔の動きに合わせて揺れる。

「おはよう、南さん」

「・・・おはよう、結城君」


いや、すごい風だなあ、と縁側に立った幸三が感心したように言った。

念のためと雨戸を閉めつつ、言葉を続ける。

「今日一日で大分散ってしまいそうだな、桜も」

その言葉に、前に座る結城をそっと見やるが、取り立てて特別な感情は窺えない。

代わりに、ふと、視線に気づいたかのように南に顔を向けた。

「今日の予定はどうなってるんです?」

「・・・ああ、えーと」

神社に行くことは決めていた。

千香に巻物を返さなくてはならない。

だが、それを結城に告げるのはためらわれた。

「俺、ちょっと野暮用がありますので、とりあえず日中は別行動にしましょうか」

「え?あ・・・うん、分かった」

思いがけない結城からの提案に、面食らう。

「何だ、尚。野暮用って。こんな日に」

幸三が不思議そうに尋ねる。

「こんな日だから、なんですよ」

にこりと笑って答え、朝食を終えるとすぐに出て行ってしまった。


事前に神社に電話したところ、千香ちゃんは体調不良も治まり、今日はきちんと学校に行ったという。

下校までの間、南はもう一度村を回ることにしようか。

そう考えていて、南はふと思いついた。

「あの、本田さん。ご存知でしたら教えていただきたいんですが・・・」


何度か顔を合わせるうち、それなりに親しくなれた人も多い。

ゆっくりと車を走らせていると、路肩の畑や家から何かと声をかけられる。

中にはお茶を勧めて手招きしてくれる人もいて、南は感謝しながら村を回った。

たった数日の滞在なのに、名残惜しさすら感じる。

しばらくして車を停め休憩していた南の所に、1人の中年女性が近づいてきた。

蔵を持っていたうちの人だ。確かー。

「三浦、さん?」

「この間は役に立てなくってごめんなさいね。実はね、うちの婆ちゃんが、桜狼の事で思い出したことがあるっていうもんだから。あんたのこと探してたのよ」

すぐ近くなので来てほしいという三浦の言葉に、二つ返事で頷いた。


三浦登美子は、齢97だという。

このところは寝込むことも多く、先日南が訪れた際も奥の部屋で休んでいたそうだ。

そういえば結城が、心配そうに「ばあちゃん大丈夫?」と尋ねていた気がする。

物忘れも多く、家族もあまり当てにもならないだろうと思っていたそうだが。

南の目の前で長椅子に座る登美子は、皴の刻まれた顔をくしゃくしゃにして笑った。

そして、懐かしいねぇ、と何度も繰り返す。

「小さい時、あたしはあの歌が怖くって。狼なんて恐ろしいって夜も寝られんくらいだったです。そしたら、ある日ばあさんが、そんなもん何にもおっかなくねえ、自分はあの狼に助けられたことがあるって」

「助けられた・・・桜狼に?」

そうさ、と頷く。


「ばあちゃんが子供ん時、春に大層な嵐が来たそうで。村のもんはみんな雨戸閉めて嵐が多りすぎるのを待ってたそうです。けど、しばらくして、ばあちゃんは庭に大事な手毬を忘れたことに気が付いて、こっそり家を抜け出したそうでね」

手毬は幸い垣根の間に引っかかっていた。

だが、そこに駆け寄ろうとした小さな体は、吹きすさぶ風に軽々と巻き上がり飛ばされた。

行く手にみえたのは、庭の大木。

ぶつかると覚悟した時、ふわりと体が逆方向に引っ張られ、そのまま地面に尻餅をつくように落下した。

痛みは全くなかったが、耳のすぐ傍でぐるぐるという低い音が聞こえる。

驚いて首を傾けると、銀色の美しい毛並みをした狼が、彼女の襟首を咥えていたという。


「全然怖くなかったと言ってました。優しい目をしていたと。桜狼はそのまま山の方に消えたそうです」

結局その後、登美子の祖母は両親から大目玉を食った。

桜狼の話は大人たちには信じてもらえず、いつしか彼女も口にするのを止めた。

だが、自分の孫が必要以上に恐れるのを見かねて再び口を開いたのだ。

ばあちゃんの大切な秘密だよ、と。

懐かしい思い出を話し終えた登美子は、少し疲れたようで、目を閉じた。

南が謝意を述べて辞去しようとすると、そのままの穏やかな表情で登美子が言った。

「あんた、南さんでしたかね。もしも桜狼のことを書き物にするんなら、どうか悪く書かんでやってくださいね。ばあちゃんの命の恩人なんでね」


三浦家を出て車に乗り込む。と、折よくスマホが着信音を立てた。

着信相手は先輩だった。

「はい、南です」

「おう。頼まれた件だけど」

昨日先輩に電話で頼んだのは『この村に少し前に滞在していた青年の経歴』。

村の皆が再会したがっているが、手掛かり北海道のK大だということしかわからない。

その青年に連絡を取りたいので、本社から大学に照会をかけてもらいたい、という内容だ。

先輩には悪いが、半分は嘘だ。

はいと答え、南は続く言葉を心のどこかで確信していた。

「K大に結城尚っていう奴は在籍してないってさ。経歴詐称の謎の好青年なんて、お前の調べてるネタより、話にしやすいんじゃないのか?」

「・・・そうですね。いよいよになったら考えます」

苦笑いをして電話を切った。

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